第140話 チャット越しの告白
後日白鷺さんにチャットを送った。
白鷺さんは部活に所属している。霞さんの世話をするためについてきたと思っていたけど、主従関係はひとまずリセットされているようだ。日本において白鷺さんは普通の女子高生として過ごしている。
それは喜ばしいことだと思うけど今はタイミングが悪い。
事態は刻一刻を争うのに。俺は逸る気持ちを押さえつけて、放課後に待ち合わせの約束を取り付けた。
人には聞かせられない話題だ。自宅に招いて誤解されても困る。一足先に図書室の床を踏みしめて奧の席を確保した。
そわそわしながら待っていると、室内と廊下を隔てるドアが壁に吸い込まれた。数人分の視線を突っ切って白い脚が床を踏み鳴らす。
白鷺さんが腰を下ろしたのを機に、テーブルを挟んで言葉を交わした。
白い美貌はどこかぎこちなかった。
心当たりはある。奈霧と霞さんが初めて顔を合わせた時、白鷺さんは意味有り気なことを告げていた。霞さんの気持ちを前もって知っていたのだろう。
俺と奈霧が特別何かをしたわけじゃない。責めるべき相手がいないから胸のもやもやを消化し切れないと言ったところか。
一通り事情を説明したところでピンク色のくちびるが開いた。
「話は分かりました。ですが」
「やっぱり難しいか」
「はい。市ヶ谷さんも屋敷で見たでしょう? 私と霞は才覇さんによく思われていません。頼み込んでも首を縦に振るとは思えませんし、こちらから連絡する際は必ず仲介が入ります。私から連絡しても弾かれて終わりです」
「父さんの名前を出しても駄目か?」
「それなら声を聞くくらいはできるでしょうね。用件を切り出した途端に切られるかもしれませんけど」
「それはあるかもな」
屋敷での様子を見た限りでは、才覇さんも父の権力を警戒している節があった。でも才覇さんが取り合わずに通話を切っただけで、父は当主権限を振るうだろうか。
絶対ない。せいぜい苦言を呈するくらいで済ませる。俺ですらそう思うんだ。才覇さんも似たことを考えるに違いない。むしろやってみろと受けて立つ可能性だってある。下手につつくのは得策じゃない。
打開策が浮かばないまま解散した。自宅の玄関で靴を脱ぎ、熱々のシャワーで思考をリセットする。
祖母や父への連絡は最終手段。白鷺さんを介した連絡は望み薄。井ノ原さんに依頼は済ませたし生徒の身でやれることはやった。
後は事後処理の準備だ。
霞さんには顔を合わせるたびに逃げられる。その一方でチャットには既読が付く。言葉を交わすだけなら難しくない。
指をぎゅっと丸めて、胸の奥で湧き上がった罪悪感を握り潰す。
今回の件と奈霧のハンドメイドは関係ない。霞さんを騙す形になっても低評価爆撃だけは止める。
奈霧を苛むSNSの声が霞さんに逆流するかもしれないけど、実績のある霞さんが素人のデザインを盗んだと考える人は少ないはずだ。SNSに仲良しアピールを投稿すれば被害は最小限に抑えられる。
パジャマに身をくるんでスマートフォンを握った。液晶画面に親指の先端を叩き付けて文章を綴る。
分と立たず通知が来た。
連ねられたのは電子的な文字。歓喜をにじませる文面が並んでいた。