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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
2章
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第14話 釉と愉快な先輩方

 ブーたれ牧山の小言は避けられた。


 これといったトラブルも起こらず日が傾いた。ちょっと前なら放送部の部活動に参加していたところだけど、退部届はすでに提出した。俺の所属は帰宅部だ。


 帰宅部にはとにかく時間がある。


 大抵の生徒はソーシャルゲームや勉強、読書に時間を費やすだろう。中にはバイトで汗水を流して着飾りや遊ぶためのお金を稼ぐ人もいる。


 俺にはこれと言った趣味がない。授業から解放された後は勉強や読書に時間を費やす。


 アルバイトも一度は考えたけど、母方の祖父からの仕送りがあるからお金には困っていない。何よりバイト先で請希高校の生徒に出くわす可能性がある。


 俺は悪名高い。奇抜な髪は染めれば済むけど、放送室に籠城した事件のことは広く知られている。その生徒に悪いし、バイト先に知られると冗談抜きで首が飛ぶ。そう考えると応募する気にはなれなかった。

 

 校舎内に居ても同じだ。事件の余波は消えていない。俺が図書室で勉強すると他の生徒が利用し辛くなる。


 そんな状態で居座れるほど俺の神経は図太くない。早々に校舎を去るに限る。


「市ヶ谷、今日何か予定ある?」


 俺が腰を上げかけた時、芳樹が俺の視界に飛び込んできた。


「予定はないよ。今から帰るところだ」

「だったらバスケ部覗いていかね?」

「そりゃまたどうして?」


 芳樹は結局バスケ部に入部した。持ち前のフレンドリー気質も相まって、すでに部に溶け込んでいると聞く。


 俺を勧誘した辺り、よほど部は居心地が良いと見える。


 でも俺が帰宅部になってからかなりの期間が空いている。このタイミングで俺を誘った理由は何だ?


「お前と話したがってる奴がいるんだよ。暇なら見学してみないかと思ってな。体動かすと気持ちいいぜ?」

「ああ、それならやめておくよ」


 バスケットボールは団体競技だ。芳樹の知り合いがよくても他の部員が委縮する。


 俺と話したいなら教室に来ればいい。俺が体育館に足を運ぶ択は無しだ。


「そっか。じゃあ気が向いたら言ってくれ」

「そうさせてもらうよ」


 その時は一生来ないけど。言葉を呑み込んで廊下の床を踏む。


 気のせいか、歩を進めるたびに道が拓ける気がする。同級生が俺を見るなり廊下の隅に寄る。


 目の当たりにするのも不快で視線を窓の外に向ける。


「よっ、モーゼ君」


 前方から呼びかけの声が上がった。視線を振ると二人の少女が立っている。


 手を振る陽気な雰囲気も懐かしい。持ち前の明るさで、今も放送部を賑わせているのだろうか。


 関わっちゃ駄目だ、


 かつての知り合いと擦れ違った。俺は口元を引き結んで胸に巣くう寂寥感をこらえる。


 俺はもう放送部の部員じゃない。先輩方との繋がりはとっくに切れた。俺が関わると二人の立場を悪くしかねない。


 両肩に重みが乗った。


「無視すんなよぉぉぉぅゥェッヘェイッ!」

「おわぁぁぁぁぁっ⁉」


 視界がぶれる。ぐいぐいっと引っ張られては押される。


 バッと振り返った先で既知きちの幼い顔立ちと目が合った。


「私達を無視するなんて、いい度胸じゃないかボーイ」


 波杉先輩がニヤッと笑む。相変わらずの子供体型だ。隣では男子の膝をなぞる系悪女が笑顔を浮かべている。


「こ、こんにちは」


 気まずさから言葉がたどたどしくなった。


 二人の笑顔は放送部の部室で見たものと遜色そんしょくない。

 

 その事実が、傷口に塩を塗りたくられたように染みる。


「市ヶ谷さんさ、何で部活辞めちゃったの?」

「俺がいると迷惑が掛かるので」

「そんなこと誰も気にしないのに」


 失笑が俺の口を突いた。


「誰も気にしてないは嘘でしょう?」


 俺は覚えている。退部届を出すべく部室に顔を出した時、殺到した視線には微かながらも懐疑かいぎや怯えが見て取れた。


 眼前の二人はともかく、部員全員が気にしていないというのは嘘だ。


「そうだね、誰もってのは言い過ぎた。でも見る目を変えてない人がいるのも事実だよ」

「そうそう。私達としては、せめて一言欲しかったなーなんて思ってしまうわけですよ」 


 菅田先輩が腕を組んでうんうんと同調する。


 報告、連絡、相談。


 社会人必須のマナーと言われるけど、生徒にとっても重要な三要素だ。俺と先輩方は初対面じゃないし世話にもなった。非は俺にある。


「すみませんでした」

「うむ」

「次からは気を付けたまえよ少年」


 言葉に込めた真剣さは一割も返ってこなかった。


 意図せず可笑しさが口を突いた。


「先輩方は相変わらず楽しそうですね」

「あ、また後輩がわたしらを侮辱した! 無礼にも!」

「そうだそうだー! 無礼だぞご奉仕プリン!」

「わたしらにもご奉仕しろーっ。てか食わせろー」

「そのプリンはボランティアの味しかしませんよ?」


 正確には血と肉に労働の汗をかけた味。生臭くて塩辛い。さすがの先輩方でも一口で音を上げるに違いない。カニバリズムなんて止めるべきだ。


「ところで愛故に」

「せめて呼び方を統一しませんか?」

「ご奉仕プリンの由来になったその髪、染め直さないの?」


 黒い瞳が俺の頭部を捉える。


 菅田先輩が何を言いたいのか完全に理解した。


「ええ。あれは戦化粧いくさげしょうだったので、もう要らないんです」

いくさねぇ。勝敗はどうなったの?」

「試合にすらなりませんでしたよ。勝ち負け以前の問題でした」


 情けなさで視線が床に落ちる。


 奈霧は復讐すべき相手ではなかった。年月を費やして準備した復讐劇は、最初から何もかも間違っていた。


 復讐劇を試合と称するなら、俺は試合会場を間違えて不戦敗と言ったところだ。


「そっか。そんで、次はどうすんの?」

「え?」


 予想外の言葉を受けて反射的に顔を上げる。


 お茶らけた印象の菅田先輩が真面目な表情を浮かべていた。


「まさか負けて終わりじゃないよね? 何の勝負かは知らないけどさ、二度目以降がない勝負なんて滅多にないよ?」


 次。


 そんな機会があれば、それはどれだけ幸せなことだろう。


 俺達に複雑なアプローチは必要なかった。ただ奈霧と顔を合わせて、久しぶりと声を掛ければそれで良かった。


 二度目のチャンスがあれば俺はそうする。


 だから二度目なんてあっちゃいけない。そんな機会が訪れたら、俺は自分を罰することができなくなる。


 波杉先輩が目を見開いた。


「うそ……あの真樹が、凄くまともなこと言ってるっ!」

「なぁにーっ⁉ 知的なクールビューティーなこの私に何てこと言うんだ!」

「はて、誰のことじゃいな」

「きーっ! 双葉のくせに生意気な! こうしてくれるわ!」

「ぬわぁぁぁぁぁっ⁉」


 わし掴みにされた小さな頭がぐわんぐわんと円を描く。


 俺は強烈な疎外感を覚えながら黙して眺めた。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  あっこの先輩コンビ好き。  こういう、「作った」空気感ではなく本当に素のやり取りで場の空気を和らげられる人尊敬するなー。  少なくとも主人公、自意識過剰気味の悲壮感を出していたからちょっ…
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