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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
133/184

第133話 批判と皮肉


 五月下旬に設けられた中間考査を終えて、俺はポーチを身に付ける。


 ペンや紙のいらないフィールドワーク。ついお出かけ気分になるけど、その目的は見識を深めることにある。知見を深めるも友人と駄弁だべるも自己責任だ。


 校舎を後にして、事前に構成された班のメンバーと下町風情の道を踏み鳴らす。


 東京と言えばお洒落な建物を想像しがちだけど、視野を広げるとレトロな景観も残っている。ビル群と比べれば派手さに欠けるものの、視界に収めていると言いようのない情緒が湧く。


 華美な物ばかりがお洒落じゃない。街並みを手がけた匠達が、古風な建築物を通して訴えかけているみたいだ。


 神社や寺、商店街を遊び歩いて上野公園の地面を踏む。浅田先生の号令を受けて整列し、噴水を眺めながら自分の番号を告げる。


 満を持して赤茶の建物に靴先を向ける。入り口に踏み入るなり、美術館特有のツンとした匂いに鼻腔をくすぐられる。


 企画展の案内板に従って美術館の床を踏み鳴らす。油絵の画廊や彫刻など、これぞ美術品と言わんばかりの代物を片っ端から視線でなぞる。


 後日待ち受けるレポート提出に備えて、メモ帳にペン先を走らせる。


 先日ネットでリサーチしたからある程度の知識はある。企画展の内容はゴッホ。向日葵で有名な印象派の画家だ。


 印象派と言えばゴッホやモネが有名だけど、印象派の概念を広めた立役者は他にいる。


 著名なのはルイ・ルロワだ。印象派を批判したことで知られるものの、その発言がきっかけで印象派の概念が広く認知された。


 百の肯定よりも一の否定。ルイ・ルロワは印象派を批判したはずが、逆に印象派の立場確立に貢献した。物理学で有名なシュレディンガーの猫も、元来は皮肉から生まれた概念だと聞く。批判は物事を根付かせるために欠かせない。それを歴史が証明した訳だ。


 皮肉としか言えないのがまた皮肉だけど批評は批評。悪く言われて気分が良くなる人は希少種だ。印象派の画家はさぞ不快な思いをしたことだろう。


 薬と毒。


 批判が持ち得る二面性について思考を巡らせていると、芍薬のごとき立ち姿が映った。靴裏を浮かせて距離を詰める。


「奈霧」


 呼びかけても応答はない。考え事でもしているのか、小さなため息が静寂をかき乱す。


「大丈夫か?」


 間近で問いかけたのを機に、栗色の瞳が俺を捉えた。


「あ、釉くん。何が?」

「元気がないように見えたからさ。気のせいならいいんだけど」


 多分気のせいじゃない。奈霧は誕生日会をしてから元気を失った。


 原因は十中八九霞さんの発言にある。奈霧はハンドメイドに熱を入れていた。通信講座を通して学ぶくらいに意欲がある。売れ行きも良いと聞くし、一種の自信すら覚えていたに違いない。


 そんな奈霧のハンドメイドは、他ならぬ霞さんによって全否定された。


 霞さんはただの高億生じゃない。海外のコンクールで賞を取ったデザイナーの卵だ。デザイナーと目利きはイコールじゃない一方で、その発言には少なからず力がこもる。気にするなと言う方が難しい。


 どうにかして慰めてあげたいけど、素人の俺が何を言っても焼け石に水だ。奈霧にも言いたくないことはあるだろうし、適当に話題を振って逃げ道を用意するか。


「ちょっとね、自信なくしちゃって」


 思わず目を見張った。


 奈霧が弱音を口にするとは思わなかったから意表を突かれた。


「自信って、ハンドメイドのことだよな?」

「うん。心のどこかで、霞さんは褒めてくれると思ってたんだ。通販での売れ行きが良いから調子に乗ってたのかなって」


 奈霧の技術が発展途上なのは俺でも分かる。

 

 だとしても霞さんが冷静に鑑定できたかどうかは怪しい。服飾のことは分からないけど、霞さんが平静さを欠く要素には心当たりがある。


 それを俺の口から伝えるのはためらわれる。別の言葉で元気付けるには何が良いだろう。


「……調子に乗って何が悪いんだ?」

「え?」

 

 奈霧の視線が床から離れる。


 俺は意図して口角を上げた。


「ハンドメイドはそこそこ売れたんだろう? 数億使って広告を打ったわけじゃあるまいし、評価を数十得ただけでも凄いことじゃないか」

「でも、霞さんは粗末って」

「目利きでもない人に粗末って言われたから何なんだ? 俺は奈霧の作品好きだよ。クリスマスプレゼントに貰ったマフラーは今年も使う。製作者が粗末だと思ってたら、それを身に付けて歩く俺が馬鹿みたいじゃないか」


 誰かがマフラーを褒めた時に、隣から粗末な物ですよと言われたら口をつぐむしかない。お世辞で好きと言ったわけじゃないんだ。粗品と断言されるのは悲しい。


「そう、だよね。自分の作品に自信がなかったら、買ってくれた人に立つ瀬がないもんね」


 端正な顔に微笑が浮かぶ。


 いつも通りの笑みを前にして、意図せず俺の口元も緩んだ。


お読みいただきありがとうございます。


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