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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
131/184

第131話 初対面の男の子


 わたしの出生は望まれてなかった。

 

 認められるために頑張ったつもりだった。お勉強、ピアノ、バイオリン。彫刻から油絵まで、父と母はわたしにあらゆる習い事をさせた。あらゆる物事において優秀な成績を収めるのは義務。そんなことを毎日のように聞かされて育った。


 でもわたしは凡庸ぼんようだった。父は早々に私を見限った。


 わたしを疎むのは父だけじゃなかった。叔父に会えば目を細められたし、男子にいじわるされてもわたしを助けてくれる人はいなかった。男性は怖い存在。そんな考えが時間とともに身に沁み込んだ。


 ある日、お爺様のお屋敷で集会が開かれた。


 父は用事を盾にして家を空けた。わたしは母と車に乗り込んでしぶしぶお屋敷に向かった。

 

 車に揺られる間は、ずっとくちびるを引き結んでいた。


 みんなわたしにいじわるだ。見たことのない家族もいじわるに決まってる。里帰りかなんだか知らないけど歓迎する気にはなれなかった。


 屋敷に着くなり客室をのぞき込んだ。


 きれいな部屋の中に従兄妹の姿はなかった。わたしは内心ほっと胸をなで下ろして、階段の手すりの陰に隠れた。来訪者は客室に通される。子供ながらに分かっていたから、出くわさないようにする。そのことしか頭になかった。


 十分ほどして玄関の扉が開いた。


 現れたのは三つの人影。さらっとした髪を垂らした女性と、父よりも接しやすそうな細身の男性。二人の間には、わたしと年の近そうな男の子が立っている。


 見つからないように細心の注意を払っていたのに、男の子と目が合った。


 わたしはとっさに隠れた。手すりに背中を押し付けて背筋を丸める。


 またいやなことをされる。確信してまぶたをぎゅっと閉じた。


「何やってるの?」


 背筋がぴくっとふるえた。顔を上げると男の子が見下ろしていた。

 

 叩かれない。小ばかにもされない。男の子は大きな目をぱちくりさせるだけ。わたしは隠れていたことを正直に告げた。


「何で隠れたの?」 

「みんな私をいじめるから」

「ひどいやつがいるね。ぼくはいじめないから安心してよ」

「ほんとう?」

 

 男の子は本当と告げた。


 わたしは信じられなくて何度も何度も問い掛けた。正直うっとうしかったと思う。でもその男の子は呆れることなく、繰り返し約束してくれた。

 

 私は男の子の手首を握り締めて引っ張った。子供部屋のドアを開けて、男の子を部屋に招き入れる。いじわるな人に邪魔されないように、きっちりとドアを閉めた。


 早速遊ぼうと思って、何をすればいいか分からないことに気付いた。自宅は肩身が狭いし、プリスクールにもわたしの居場所はない。何をすればいいのか遊びになるのか分からない。


 男の子が小首をかしげて、胸の奥から焦りの情が泉のごとくわき上がる。頭の中が真っ白になって、言葉を告げることもままならない。


「あれ何?」


 男の子が短い指を伸ばした。指し示された先を視線で追うと、ビーズで作ったアクセサリーがあった。

 

 わたしがこっそり作った品。父に見つかればくだらないと捨てられる代物。


 わたしは蚊の鳴くような声でハンドメイドと告げた。そまつな出来なのは自覚していたけど、男の子にばかにされるのが怖かった。


「すごくきれいだね」


 予想と反した言葉を耳にして、わたしは目を見開いた。触って良いか問われて、思わず頷いてしまった。


 次に、ブレスレットを壊される未来が頭をもたげた。わたしが知ってる男の子は乱暴だ。あり得ない話じゃない。


 新たな未来図も外れた。男の子がブレスレットを頭上にかざして、様々な角度で観察する。


 そこまで興味を持ってもらえたのが嬉しくて、他の作品も見せた。本当に出来の悪い品には突っ込みを入れられたけど、誰かに評価もらうのは恥ずかしくて、うれしかった。

 

 ドアが開かれてバッと振り返る。


 廊下に私の母と男の子の両親が立っている。後方ですっくと腰を浮かせる気配がした。


「もう帰るの?」

「うん。パパとママ来たし」


 わたしは肩を落とす。本当に行ってしまうと察して、視線が重力に引かれたように落ちる。


「どうしてそんな顔をするの?」

「だって、もう会えなくなるから」


 わたしをいじめない男の子。一緒に遊んでくれた同年代。


 わたしのハンドメイドを褒めてくれたお友達。アメリカからいなくなってしまうんだと思ったら、どうしようもなく目頭が熱くなった。


「また会えるよ」

「うそ。にほんって国に行くんでしょ? すごく遠いよ?」

「確かに遠いけど、ぼくはここにいるじゃん」

「どういうこと?」

「今日ここに来たってことは、またここに来れるってことでしょ?」


 言われてみて確かにと思った。


 よく分からないけど、ひこーきに乗ればにほんとアメリカを行き来できるらしい。一日に何本もお空を泳ぐって聞くし、また会える日はいつか必ずやってくる。


 気分が羽毛のごとく軽くなった。


「じゃあ次。次はいつ来てくれる?」

「それは分からないよ」

「じゃあ次来た時はおよめさんになってあげるね!」

「およめさんって何?」


 言われてみたら何だろう。同い年の女の子が将来の夢で口にしていたし、幸せなものという印象しかない。


 うーん……。


「ずっと一緒にいるってこと、かな」

「それならいいよ。今日は楽しかったし」

「ほんと⁉ 約束! ぜったいだからね!」


 両親に呼びかけられて、男の子が廊下へと踏み出す。


 わたしは小さな背中へ向けて声を張り上げる。


「わたし伏倉かすみ! あなたのお名前教えて!」


 男の子が足を止めて振り向く。


「ゆう。伏倉ゆうだよ」

「ユウ! また会おうね! ぜったいだからね!」


 去り行く背中に念を押して、わたしも床から腰を浮かせる。帰宅すると思うと気分が重くなる。

 

 でも明日以降の日々が待ち遠しい。ユウが来るまでに、アクセサリー上手に作れるようになろう。きれいになったわたしを見せて、ユウをびっくりさせてやるんだ。


 廊下に踏み出す足が軽い。口角を上げて子供部屋を後にした。


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