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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
130/185

第130話 侮蔑


 体育祭は赤組の勝利で終わった。迎えた振り替え休日で体を休めて、インドアな時間を満喫した。


 祭の後には祝い事が待っている。俺は昨年と同じくぶらりと玄関を後にした。ショッピングモール内の床を踏み鳴らして、来たるべき日に備えて紙幣を手放した。


 その日がやってきた。奈霧の誕生日だ。


 集合場所は俺の自宅。昨年のことを思い出して気が引きしまる。一年生の時は俺のエゴで泣かせてしまったし、今年はきちんと喜んでほしい。


 早起きで浮かせた時間を活かす。毎朝のルーティンを済ませて掃除に励み、事前に用意しておいた道具で室内を飾り付ける。


 スマートフォンがバイブレーションを鳴らした。液晶画面に視線を落とすと一件の通知が入っていた。電子の文字は、いつものグループが来れなくなった旨をつづっている。大方俺と奈霧に気を遣ったのだろう。

 

 その心遣いに感謝はする。


 だけど今回に限っては余計なお世話だ。今日自宅に招いたのは彼らだけじゃない。愉快な友人達には緩衝材としての役割を期待していたのに。


 ならばと思って先輩方に電話してみたものの、二人は彼女らのクラスメイトとお出掛けしていた。


 楽しい時間を祈って通話を切った数分後。電子的な音がリビングを駆け巡る。


 俺は覚悟を決めて玄関に足を運んだ。霞さんと白鷺さんにスリッパを勧めて廊下をたどる。二人と談笑する内に再度インターホンが鳴り響く。


 玄関に足を運んで解錠する。ドアを開いた先で愛しい顔が映った。軽く挨拶を交わして玄関に迎え入れる。


 一足先に戻ってソファに腰掛ける。奈霧が洗面所から戻って俺の隣に腰を下ろす。


 今日はめでたい日。余計な感傷はいらない。グラスを握って三人と軽く打ち鳴らした。号砲代わりの軽快な音を耳にして、グレープフルーツジュースを口に含む。テーブルの上を彩るのはサンドイッチやピザ。爽やかな味と風味がよく活きる。


「霞さん、学校には慣れた?」

「一応」

「霞は人気あるんですよ。毎日多くのクラスメイトに囲まれてます」


 食べ物を口にしつつ、室内で行われる会話に耳を傾ける。


 一見仲睦まじく見えるけど、ファミレスで入学祝をした時よりもぎこちない。上層だけを擦り合わせているようで、笑顔に努める奈霧が痛々しく映る。


 俺はその原因に心当たりがある。


 奈霧からすれば、気が付いたら霞さんに疎まれていた状況だ。どうにかしてあげたいけど、事情を知る俺からは何も言えない。白鷺さんに視線を振ってみるものの、白銀の美貌は黙してかぶりを振るだけだ。


 幸か不幸か、奈霧と霞さんとの間に致命的なズレは生じていない。このまま誕生日会が終わってくれることを祈るばかりだ。


 食事が一段落して、俺はソファーから腰を浮かせる。スリッパの先端を自室のある方向に向けて踏み出す。


 片付けは後回し。最優先はこのまま誕生日会を終えることだ。じっくり祝ってあげたかったけど、こうなったらもう仕方ない。さっさとプレゼントを渡して解散を告げよう。


 廊下と自室を隔てるドアを開け放ち、包装を握ってスリッパの裏で廊下をたどる。


「あのっ!」


 声を張り上げたのは奈霧だった。霞さんに向けてしなやかな両腕が伸ばされる。手の上にはブレスレットが載っている。おそらくはハンドメイドの品だ。


 どうして誕生日会の主役が物を贈るのか。


 その目的を悟った時には、奈霧が言葉を続けていた。


「これ作ってみたの。よかったら感想くれないかな? もちろん霞さんの面子は理解してる。不愉快に思ったら断ってくれてもいいの。その辺りの分別はちゃんと弁えてるつもりだから」


 声が微かに裏返った。


 奈霧が手掛けたハンドメイドは一個や二個じゃない。年月を重ねて知識を吸収し、手を動かして技術をその身に刻んだ。霞さんが有するものの価値を理解できる身の上だ。


 その上で頼み込むことは、気丈な奈霧でも勇気の要ることだったに違いない。それこそ、自身の誕生日を理由にしないと切り出せなかったのだろう。


 奈霧を止めなければ。


 どうか願いを聞いてあげてほしい。


 俺の胸中で焦燥と祈りがせめぎ合う。一歩踏み込めばリビングの床を踏む位置で、願いの行く末を遠くから見守る。


「いいよ」


 肯定を受けて、奈霧の表情がぱぁーっと明るくなった。


「本当!? ありがとう!」


 嬉々とする恋人を前に、霞さんがハンドメイドの品を握る。


 奈霧がもじもじとして鑑定を待つ中、青い瞳がブレスレットの端から端まで視線でなぞる。


「……粗末ね」

「え?」


 奈霧の戸惑いが背中で受け止められた。小さな手から離れたブレスレットがソファの上に載る。


 その仕草は、ほとんど放り捨てたに等しい動きだった。


「霞!」


 小さな背中が廊下に消える。


 白鷺さんがソファーから腰を浮かせた。俺達に深々と頭を下げて身を翻し、スリッパの音を響かせて霞さんの後を追う。


 呆然とする奈霧だけがリビングに残された。声を掛けるのはためらわれて、俺はしばらく廊下に佇む。


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