第129話 意外な来客
蒼穹の下、形式ばった宣誓によって体育祭が幕開けた。
俺も祭の熱気に身を委ねた。選手として手足を振るう仲間を応援し、違う色の帯を巻いた連中に負けじと声を張り上げた。
仲間に続いて徒競走に参加した。毎朝のトレーニングを欠かさなかった甲斐あって二位になった。陸上部には勝てなかったけど好成績だ。
女子の部では奈霧がゴールテープを切った。ちょっとした悔しさを称賛とともに吐き出して恋人を労った。
応援合戦では、本当に奈霧の制服を着る羽目になった。爽やかな香りに包まれながら喉を震わせて、一年に一度のアグレッシブでファンキーな祭を盛り上げた。テープでウィッグを固定したし、部外者が俺と舞台で愛を叫んだ男子と見抜けなかったに違いない。
予定調和のごとく、俺を愛遊さんとのたまうアホが湧いた。
祭を盛り上げた同胞とて例外じゃない。警告を無視した罰として、男性陣のみぞおちに軽く拳を突き入れてやった。
さすがに女性陣には男子のノリで絡めない。井ノ原さんはともかく、金瀬さんを遠くで遊ばせるのに手こずった。
晴れて昼休みの時間に突入した。俺は一人教室に戻って弁当箱を確保する。
いつものグループは、応援に駆け付けた家族と昼食を食べる。奈霧には一緒に食べようよと誘われたけど、家族水入らずにお邪魔するのも悪い。
教室で静かに食べるのも違う気がして、一人静かな廊下の床を踏み鳴らす。
グラウンドは家族連れであふれている。賑わいの中で食べるのは肩身が狭い。
日の下に出て中庭の歩行スペースに靴裏を付ける。ベンチへと足を進ませて、思わず足を止める。
品のある男性が佇んでいた。自然を眺める瞳がスライドして俺を見据える。
整った顔立ちに微笑が貼り付いた。
「やあ市ヶ谷さん。屋敷以来だね」
「こんにちは聡さん。どうして請希高校に?」
「私がここにいるのは不思議かい?」
「本音を言えばそうですね。少なくとも、アメリカから飛んでくるほどの催しとは思えません」
聡さんは独身だ。先入観もはなはだしいけど、聡さんが足を運ぶとすればビジネス以外に考えられない。理事長の席には父が座っているし、何かのプロジェクトにでも一枚かませてもらうつもりなのだろうか。
「そう訝しまれると困るなぁ。私は霞さんの様子を見に来ただけだよ」
「霞さんの? どうして聡さんが」
「ちょっと頼まれてね。この事はオフレコで頼むよ」
聡さんが口元に人差し指を添える。
眼前の叔父に物を頼みそうな人物は限られる。大方俺の父かその弟だ。
父だったら霞さんに限定はしない。白鷺さんも対象に含むのが自然だ。
となれば依頼者に該当する人物は一人。父に知られたらどんな目に遭わされるか分からないし、なるほど聡さんがオフレコを要求したのも頷ける。追放された相手でも、兄弟の絆は簡単には千切れないということか。
「分かりました、この件は伏せておきます。聡さんも大変ですね」
「分かってくれるかい? こういう立場だと色々と面倒なんだ。組織に属するなら一番上か下に限るよ」
ジェントルな声色がため息に揺れてラフさを帯びた。メッキが剥がれて地を覗かせたような親しみやすさが、整然とした雰囲気を一回り若々しく彩る。
年の近い兄と接している心持ち。緊張がほぐれて口角が浮き上がる。
「ところで霞さんはどうだい? 君と仲良くやれているかな?」
「はい。俺の友人とも上手くやっています」
懸念事項はあるけど、わざわざ話すようなことでもない。霞さんはアメリカでの生活に助力してくれたし、近くには白鷺さんもいる。多少の捻じれは時間が解決してくれるはずだ。
「そうか、それは何よりだ。霞さんいい子だよね。周りが黒髪だから金髪が栄えるし、明るい性格は見ていて小気味いい。そう思うだろう?」
「はい。俺に妹がいたらあんな感じなんでしょうね」
「君と霞さんは従兄妹だ。長年会ってなかったし、ほとんど他人だよ。色眼鏡をかけずに付き合ってくれると嬉しいな」
「はい。任せてください」
少々持ち上げるような言い回しが気になるけど、霞さんを気に掛けてくれたことに違いはない。
何だかんだ家族なのだ。才覇さんは霞さん達を疎んでいたけど、聡さんなら二人と仲良くやれるに違いない。
聡さんがスマートフォンを握る。
「これも何かの縁だし、連絡先を交換しないか?」
「いいですよ」
暇潰し用にスマートフォンは持参している。ポケットから長方形の端末を引き抜いて、聡さんと連絡先を交換した。