第127話 制服交換
お昼休みに各学年のリーダーが招集された。俺は弁当を持参して会議室に踏み入り、グループリーダーと挨拶を交わしてチェアに腰を下ろした。
持ち出された議題は、応援のパフォーマンスアイデアだ。各学年リーダーと同じテーブルを囲み、祭慣れしていない頭でアイデアを捻り出した。
菅田先輩が軽やかに手首を動かす。手の動きを追うように、白いボードに伸びる線が長さを増した。
菅田先輩は満足しなかった。「何だかパッとしないなぁ」とつぶやいて腕を組み、首を傾げ、やがて先輩はハッとした。
桃色のくちびるから紡ぎ出された答えは――。
「男女で制服を交換する?」
教室で芳樹が眉をひそめた。他の面々も目をぱちくりさせる。
菅田先輩の口から聞かされた時の俺も、きっと同じ表情をしていたのだろう。
「それって何か意味あんの?」
「さあ? それは菅田先輩に問うてくれ」
「何だそりゃ。お前何しに行ったんだよ」
「会議しに行ったんだ」
「会議って、やる前から結論決まってるって説あるよね」
それはある。菅田先輩はアイデアを決めてなかったけど、ある程度方向性が決まっていたのは確かだ。
その片鱗が「何だかパッとしない」という発言に出ていた。
俺達が持ち寄ったアイデアに、菅田先輩を満足させるものはなかった。リーダーが選出された時点で、団長の突拍子もないアイデアに議題をかっさらわれるのは確定路線だったのだ。
「取りあえず了解。女子に話しつけて制服借りればいいんだな?」
「ああ。変な演目になって迷惑かけるな」
「いいって。そういうのやったことないし楽しそうじゃん」
「尾形はいいよなぁ。女子の友達多めだしさぁ」
「加藤も結構人気あるぞ? 何なら紹介してやろうか?」
「マジで⁉ よっしゃ!」
「いいなぁ! 尾形俺も俺も!」
「佐田は……残念ながら」
「何で⁉」
ちょっとした漫才を尻目に、奈霧と視線を交差させる。
「奈霧はそういうの大丈夫か?」
「うん。制服を交換するくらいは大丈夫だよ」
奈霧に続いて女性陣からも了承をもらった。他の同級生は分からないけど、その点は菅田先輩と要相談だ。
俺は俺で、女子と制服を交換した経験はない。こういうのは恋人に頼んでいいのか? 何か邪なことを考えていると思われないだろうか。
しかし恋人がいる身で他の女子に頼むのも変だ。困った、不登校だったからどうすればいいか分からない。
「釉くん、私と制服交換しない?」
「いいのか? 俺に着られても」
「いいよ。そう言う釉くんはどうなの? 自分の服を貸したり、人の服を着るのは大丈夫?」
「それは大丈夫、だと思う」
「断言しないんだ」
「女子の制服を着たことないからな」
「私だって男子の制服を着たことないよ」
「それはそうかもしれないけどさ」
手を繋ぐのとは訳が違う。身にまとう物を交換するんだ。キスを交わした相手でも意識せずにはいられない。
右方から声が上がった。
「待てよ、そういや市ヶ谷も女子の制服着るんだよな? もしかして伝説のあの子を拝めるんじゃね?」
「伝説って?」
「そりゃあお前、あの子しかいないだろ」
くぐもった笑い声が聴覚を刺激する。
嫌な予感がして振り向くと、男性陣が一斉に親指をかざした。
「愛遊絵仁さんに会えるの、楽しみにしてるぜ!」
「やめろ! せっかく愛を語る者が減ってきたのに、また変な噂が流れるだろうが!」
「自分で噂作っておいてなーに言ってんだか」
「え、なになに? あいゆえにさんって誰?」
「あっちで遊んでてくれ」
「ひどーい! 市ヶ谷さん、だんだんわたしの扱い雑になってない⁉」
「ナナを雑に処理するのって市ヶ谷さんくらいだよねー」
井ノ原さん達も参戦して賑やかさが増す。
クラスメイトに見られている自覚があっても引くに引けない。俺は声を張り上げて箝口令を敷いた。
人の口に戸は立てられない。数日としない内に、愛遊絵仁なる女子が体育祭で踊るという噂が流れた。