表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
126/184

第126話 付き合ってるの 


 グループ名は赤組応援団二年になった。周囲はブーイングを上げたけど、リーダーが決めたことは絶対だ。俺を指名した自分達を恨んでほしい。


 解散を告げられて廊下が騒がしさを増した。いつものグループと教室に戻って制服に袖を通す。


 あまり大勢で押し掛けるのも悪い。霞さんを見舞うべく一人教室を後にする。


 保健室に足を運ぶと白銀の美貌があった。


「白鷺さんも様子を見に来たのか」

「はい。一人で帰路に就かせるのは心配なので」

「寝起きだと危ないしな」


 始業式の寝ぼけた様子が脳裏に浮かぶ。あの状態で通学路を辿らせるのは心臓に悪い。下手なアトラクションよりもエキサイティングだ。


「市ヶ谷さん」


 ドアに伸ばし掛けた腕を止めて振り向く。


「用事を思い出したので、霞を任せていいですか?」

「いいよ。霞さんの部屋は同じマンションだし」

「ありがとうございます。お願いしますね」

 

 白鷺さんが背中を向ける。靴音とともにすらっとした後ろ姿が遠ざかる。


 俺は手の甲で保健室のドアを三回突く。返答を耳にして取っ手に指を掛ける。

 

 霞さんの体はベッドの上にあった。先生に会釈して保健室の床に靴裏を付ける。


 先生から話を聞くに熱はない。一方で気分が優れないらしい。


 俺は霞さんの寝るベッドに歩み寄る。


「歩けそうか?」

「うん、もう大丈夫。寝たら少し楽になった」


 霞さんがベッドから上体を起こす。俺は霞さんのカバンを持って、二人で保健室を後にした。そっと横目を振って歩調を確かめる。


「大丈夫そうだな」

「心配してたの? さっき大丈夫って言ったのに」

「原因が分からないんだから神経質にもなるさ」

「原因は分かってるよ。この前人が大勢いる部屋に閉じ込められたせい」

「人が苦手なのか?」

「多少ね。ほら、わたしって特殊な身の上でしょ? 人との付き合いで良い思い出がないから、集会に参加すると大体こうなるの」

「ファミレスでは無理してたのか?」


 霞さんがかぶりを振る。


「あの時は大丈夫だったよ。だって近くにユウがいたもん」


 霞さんがはにかむ。


 俺は面映ゆくなって視線をずらす。小っ恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言われると反応に困る。


「ねえ、ユウってアンナと一緒にお茶したんだよね?」

「ああ」

「そのカフェ帰りに寄って行かない?」

「駄目だ。病み上がりだろう? 寄り道せず帰るんだ」

「えー」


 青い瞳が不満げに細められる。


 俺は無視して昇降口に踏み入る。履き物を変えて入り口前で待機する。


 霞さんが履き物を変えるなり日の下に出た。背後から小走りの音が迫る。


「ねー寄って行こうよー」

「駄目」

「いいじゃんアンナと一緒に行ったんじゃん!」

「後日白鷺さんと行けばいいじゃないか」

「そうじゃないんだってば」

「どう違うんだ?」

「ユウと行きたいの! 季節限定の品はあと少しで終わっちゃうし、今しかないんだって。ねえいいでしょ?」


 霞さんが回り込んで上目遣いを向ける。我がままな妹を持った気分だ。


 しかし季節限定か。対象の品は二種類あった。そっちを口にする最後のチャンスかもしれない。


 見たところ霞さんの歩みはしっかりしている。急に倒れてそのまま――なんてことはないだろう。


「分かったよ。ただし駄目だと思ったらタクシー呼ぶからな」

「そうはならないって」


 進路を変更してショッピングモールに足を運ぶ。一度訪れたカフェの床を踏みしめて店員と言葉を交わした。大人の渋さあふれる抹茶から一転、苺の赤にまみれたドリンクを持ってチェアに腰を下ろす。


「ユウが抹茶を頼んでくれたら飲み合いっこできたのに」

「抹茶はもう飲んだからな。霞さんが頼めばよかったじゃないか」

「苺の方を飲みたかったんだもん」

 

 桃色のくちびるがストローの先端を咥える。

 

 俺も容器の中身を吸い上げる。

 

 苺の酸っぱさと生クリームの甘さ。片方だけだとくどいそれらが、口内で混ざり合って良い感じに食欲をそそる。


「ねえ」

「ん?」

「ユウって、奈霧さんと恋人なの?」

「……ああ」


 ペコッと容器のへこむ音が鳴った。俺は間を繋ぐべく再度ストローを握る。


「いつから?」

「昨年。文化祭で告白したんだ」

「もしかして、噂になってる公開告白のこと?」

「噂って何だよ」

「入学式から色んな場所で聞くよ? 二年生に、文化祭で熱烈な告白をした男子がいるって。ユウって大胆な性格をしてたんだね」

「それは誤解だ。本当は違う名前を呼ぶつもりだったんだよ」


 他人相手なら見栄で突っ張るところだけど、霞さんは従兄妹で同じマンションの住まいだ。たびたび顔を合わせると考えればこのままにしてはおけない。


 無論、俺の恋愛事情についても。


「そっか。まぁそうだよね。劇中での告白なんて色んな人に迷惑かけるし、そんな真似をユウがするわけないもんね」


 ひとしきり笑って、小さな顔がテーブルの上に視線を落とす。


「ユウはさ、奈霧さんのどういうところに惚れたの?」

「ずいぶん直球な問いかけだな」

「じゃあ奈霧さんがどういう人か教えてよ。ファミレスでは饒舌じょうせつだったけど、ファッションデザイナーにでも憧れてるの?」

「ああ。通信講座で勉強してるんだってさ。ハンドメイドの売れ行きも好調らしい」

「そうなんだ」


 俺は口内を甘さと酸っぱさで満たしつつ、奈霧についての話題を続ける。


 俺が言えた義理じゃないけど、霞さんには奈霧と仲良くしてほしい。


 奈霧にとって、霞さんは服飾談議ができる貴重な繋がりだ。ファミレスで見た横顔はとても楽しそうだった。


 だから少しでいい。奈霧に関心を持ってくれ。


 俺の大好きな人なんだ。ちょっと頑固で、負けず嫌いで、真っ直ぐ突き進む姿勢が格好良いのに、時折覗かせる可愛らしさから目が離せない。


 知ってくれさえすれば、きっと霞さんも好いてくれる。二人が笑みを交わす未来を祈りながら言葉を紡ぐ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ