第126話 付き合ってるの
グループ名は赤組応援団二年になった。周囲はブーイングを上げたけど、リーダーが決めたことは絶対だ。俺を指名した自分達を恨んでほしい。
解散を告げられて廊下が騒がしさを増した。いつものグループと教室に戻って制服に袖を通す。
あまり大勢で押し掛けるのも悪い。霞さんを見舞うべく一人教室を後にする。
保健室に足を運ぶと白銀の美貌があった。
「白鷺さんも様子を見に来たのか」
「はい。一人で帰路に就かせるのは心配なので」
「寝起きだと危ないしな」
始業式の寝ぼけた様子が脳裏に浮かぶ。あの状態で通学路を辿らせるのは心臓に悪い。下手なアトラクションよりもエキサイティングだ。
「市ヶ谷さん」
ドアに伸ばし掛けた腕を止めて振り向く。
「用事を思い出したので、霞を任せていいですか?」
「いいよ。霞さんの部屋は同じマンションだし」
「ありがとうございます。お願いしますね」
白鷺さんが背中を向ける。靴音とともにすらっとした後ろ姿が遠ざかる。
俺は手の甲で保健室のドアを三回突く。返答を耳にして取っ手に指を掛ける。
霞さんの体はベッドの上にあった。先生に会釈して保健室の床に靴裏を付ける。
先生から話を聞くに熱はない。一方で気分が優れないらしい。
俺は霞さんの寝るベッドに歩み寄る。
「歩けそうか?」
「うん、もう大丈夫。寝たら少し楽になった」
霞さんがベッドから上体を起こす。俺は霞さんのカバンを持って、二人で保健室を後にした。そっと横目を振って歩調を確かめる。
「大丈夫そうだな」
「心配してたの? さっき大丈夫って言ったのに」
「原因が分からないんだから神経質にもなるさ」
「原因は分かってるよ。この前人が大勢いる部屋に閉じ込められたせい」
「人が苦手なのか?」
「多少ね。ほら、わたしって特殊な身の上でしょ? 人との付き合いで良い思い出がないから、集会に参加すると大体こうなるの」
「ファミレスでは無理してたのか?」
霞さんがかぶりを振る。
「あの時は大丈夫だったよ。だって近くにユウがいたもん」
霞さんがはにかむ。
俺は面映ゆくなって視線をずらす。小っ恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言われると反応に困る。
「ねえ、ユウってアンナと一緒にお茶したんだよね?」
「ああ」
「そのカフェ帰りに寄って行かない?」
「駄目だ。病み上がりだろう? 寄り道せず帰るんだ」
「えー」
青い瞳が不満げに細められる。
俺は無視して昇降口に踏み入る。履き物を変えて入り口前で待機する。
霞さんが履き物を変えるなり日の下に出た。背後から小走りの音が迫る。
「ねー寄って行こうよー」
「駄目」
「いいじゃんアンナと一緒に行ったんじゃん!」
「後日白鷺さんと行けばいいじゃないか」
「そうじゃないんだってば」
「どう違うんだ?」
「ユウと行きたいの! 季節限定の品はあと少しで終わっちゃうし、今しかないんだって。ねえいいでしょ?」
霞さんが回り込んで上目遣いを向ける。我がままな妹を持った気分だ。
しかし季節限定か。対象の品は二種類あった。そっちを口にする最後のチャンスかもしれない。
見たところ霞さんの歩みはしっかりしている。急に倒れてそのまま――なんてことはないだろう。
「分かったよ。ただし駄目だと思ったらタクシー呼ぶからな」
「そうはならないって」
進路を変更してショッピングモールに足を運ぶ。一度訪れたカフェの床を踏みしめて店員と言葉を交わした。大人の渋さあふれる抹茶から一転、苺の赤にまみれたドリンクを持ってチェアに腰を下ろす。
「ユウが抹茶を頼んでくれたら飲み合いっこできたのに」
「抹茶はもう飲んだからな。霞さんが頼めばよかったじゃないか」
「苺の方を飲みたかったんだもん」
桃色のくちびるがストローの先端を咥える。
俺も容器の中身を吸い上げる。
苺の酸っぱさと生クリームの甘さ。片方だけだと諄いそれらが、口内で混ざり合って良い感じに食欲をそそる。
「ねえ」
「ん?」
「ユウって、奈霧さんと恋人なの?」
「……ああ」
ペコッと容器のへこむ音が鳴った。俺は間を繋ぐべく再度ストローを握る。
「いつから?」
「昨年。文化祭で告白したんだ」
「もしかして、噂になってる公開告白のこと?」
「噂って何だよ」
「入学式から色んな場所で聞くよ? 二年生に、文化祭で熱烈な告白をした男子がいるって。ユウって大胆な性格をしてたんだね」
「それは誤解だ。本当は違う名前を呼ぶつもりだったんだよ」
他人相手なら見栄で突っ張るところだけど、霞さんは従兄妹で同じマンションの住まいだ。たびたび顔を合わせると考えればこのままにしてはおけない。
無論、俺の恋愛事情についても。
「そっか。まぁそうだよね。劇中での告白なんて色んな人に迷惑かけるし、そんな真似をユウがするわけないもんね」
ひとしきり笑って、小さな顔がテーブルの上に視線を落とす。
「ユウはさ、奈霧さんのどういうところに惚れたの?」
「ずいぶん直球な問いかけだな」
「じゃあ奈霧さんがどういう人か教えてよ。ファミレスでは饒舌だったけど、ファッションデザイナーにでも憧れてるの?」
「ああ。通信講座で勉強してるんだってさ。ハンドメイドの売れ行きも好調らしい」
「そうなんだ」
俺は口内を甘さと酸っぱさで満たしつつ、奈霧についての話題を続ける。
俺が言えた義理じゃないけど、霞さんには奈霧と仲良くしてほしい。
奈霧にとって、霞さんは服飾談議ができる貴重な繋がりだ。ファミレスで見た横顔はとても楽しそうだった。
だから少しでいい。奈霧に関心を持ってくれ。
俺の大好きな人なんだ。ちょっと頑固で、負けず嫌いで、真っ直ぐ突き進む姿勢が格好良いのに、時折覗かせる可愛らしさから目が離せない。
知ってくれさえすれば、きっと霞さんも好いてくれる。二人が笑みを交わす未来を祈りながら言葉を紡ぐ。