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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
125/184

第125話 二年生、愛を語る

 

 後日放課後に設けられたホームルームにて、俺達は応援団に立候補した。

 

 入団は無事成った。体育着に袖を通して、小体育館の床に靴裏を付ける。 


 寄り道せず足を運んだわりに、体育館にはそこそこ人影があった。一年生だろうか、見慣れない顔が友人と顔を見合わせて口角を上げている。


「皆やる気あるな」

「いいことじゃねーの?」

「お祭りは楽しい方がいいに決まってるもんね!」


 いつものグループがはしゃぐ。金瀬さん達はお祭りが好きそうだし、こういう集会はテンションが上がるのだろう。


 俺もお祭りは嫌いじゃない。独りの時間も好きだけど、親しい誰かといることに安心感を覚える。


 だけどちらほら見えるんだ。俺を見て人差し指を伸ばし、下級生に俺の存在を知らしめる同級生の姿が。

 

 消えたい、今すぐ踵を返したい。


「下がってはならぬっ」

 

 一歩下がった拍子に体が止まる。


 振り向くと、両肩に掌底がくっ付いていた。視線を落とした先には、高い声に違わない小さな体がある。


「男たる者前に出るべし」

「こんにちは波杉先輩。時には下がるのも大切だと思います」

「今はその時ではない」

「無駄に格好良い台詞ですね。今度は少年漫画でも読んだんですか?」


 集合時刻にはまだ時間がある。小さい先輩の横をすれ違うべく、再度靴裏を床から離す。


 どこにそんな力があるのか、小さな手にぐいっと抵抗された。「進めー」の掛け声に遅れて肩に圧力が掛かる。


 これ以上下級生の前でみっともない姿は見せられない。俺は転ばないように足を前に出す。


 目が合わないように気を付けつつ、広々とした空間を視線で薙ぐ。


 金銀の髪は見当たらない。霞さんは俺に懐いている節がある。この場にいたら駆け寄ってくるだろうし、まだこの場に来ていないと見るべきか。


 前方で号令が掛かった頃合いになって、後方でパタパタとせわしない音が鳴り響く。


 何事かと思って振り返ると、入り口付近で銀色の束が揺れた。隣で揺れるべき金色の房はない。


 俺は白鷺さんに駆け寄る。奈霧も続いて体育館の床を踏み鳴らす。

 

 白銀の美貌に得意げな笑みが浮かび上がった。


「セーフですね」

「アウトだよ。霞さんは?」

「保健室で寝ています」

「大丈夫なのか?」

「はい。重篤な症状は見られないので、少し寝れば回復すると思います」

「それならいいんだけど」


 三人で集団に合流する。


 小体育館の奧で声を張り上げるのは菅田先輩だ。応援団長に就任した旨を口にして発破を掛ける。品のある美貌にはきはきとした声色。ちょっとした茶目っ気を混ぜて、早速集団の心を鷲掴みにした。


 話の流れで、学年ごとにリーダーを選ぶことになった。連絡事項のたびに全員集めるのは手間だ。少人数集めて伝達した方が効率的なのは分かる。


 しかし面倒くさい役職だ。SNSでグループ発信をすれば事は済むものの、何かトラブルがあれば解決を図る責任が生じる。


 学年ごとにまとまりができるなり、同級生の視線が俺に殺到する。


 総意を理解した。仮でもリーダーはリーダーだ。指名された人物は上の立場に据えられる。どこぞの馬の骨を仰ぐよりは、人気者に牽引されたい心理がうかがえる。


 誤解が生まれないように二歩下がる。金瀬さんと肩を並べて、同級生の視線と奈霧を繋げる。


 視線のずれを視認して、俺は自身の思い違いを悟った。周囲の本命は金瀬さんだったのだ。明るくて純粋な彼女には、確かに一種のカリスマ性がある。お祭りごとの司令塔に限っては、奈霧よりも適しているかもしれない。

 

 俺はもう一歩スライドする。


「さっきから何してるの?」


 奈霧が栗色の瞳をすぼめた。


「あー、カニの真似」

「嘘。どうせ自分が指名されるわけないって思ったんでしょ?」 

「ああ。悪乗りしてるの丸分かりだからな」

「そんなことないって。文化祭の準備では過激な有志をまとめたんだし、適性はあると思うけどなー」

 

 奈霧が悪戯っぽく口角を上げる。


 視界内で芳樹が口端を吊り上げた。


「良かったな、彼女に求められてんぞお前」

「語弊が生まれる言い方をするな」


 所々でにやついた笑みが映る。これ以上ごねると尾形さん達も参加しそうだ。特に天然気質の金瀬さんに混じられると厄介極まる。


 俺は尊敬される先輩でありたい。一年生にお笑い担当と思われるのは御免だ。


「分かった、そこまで言うなら引き受ける。その代わり何かあったらフォローしてくれよ?」


 芳樹の口からおぉ、と感嘆がこぼれた。


「何だその反応」

「いや、もうちょっとごねると思ってたからさ。市ヶ谷も変わったよなぁ」

「どこが?」

「お前目立つの苦手なタイプだったろ? それがリーダー引き受けるまでになったんだぜ?」

「文化祭では実行委員に立候補したじゃないか」

「あれは奈霧さんに公開告白するための布石だろ?」

「違う。人を色ボケにするな」

「そうだよー。市ヶ谷さんが告白を決意したのは、中庭でわたしを振った時だもん」

「ごめん、金瀬さんは口を閉じててくれないか?」


 柔らかそうな頬がぷくーっと膨らむ。誰かがくすっとした笑い声をもらした。


 耳たぶがお風呂で伸びせたように熱を帯びる。すっかりいつものペースだ。周りの目があるのに迂闊だった。


 俺は仕切り直すべく喉を鳴らし、自己紹介と連絡手法の伝達を行った。専用のグループを作ってのチャットなら、下級生に愛の語りを問われることもないはずだ。


「グループ名はどうする?」

「赤組応援団二年」

「芸がなーい! もっとお洒落な名前にしようよー」

「しない。洒落っ気など不要」

「市ヶ谷がリーダーのチームだし、もうあれっきゃなくね?」

「だよな」


 尾形さんと佐田さんが笑みを交わす。そのにやつきが芳樹にも伝染する。


「よし! グループ名は――」

「却下だ却下! 後輩がいるのに何を言うつもりだ⁉」

「何だよ、まだ愛を語ってないだろ」

「語るつもりだったんじゃないか! いいか? グループ名は赤組応援団二年だ! はい決定!」

「うわつまんねー!」

「つまんなくない、超面白い。黙って俺に従えよ下っ端」

「わぁっ! オレ様系の市ヶ谷さん新鮮! わたしは好きだよ?」

「金瀬さーん彼女の前でポイント稼がないでね? 私、金瀬さんとはこれからもお友達でいたいなーっ」

「うん! ずっ友だよーっ!」

「金瀬さんはあっちで遊んでて。頼むから」


 一年生と三年生に見守られる中、俺達は愛について語り合う。

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