第125話 二年生、愛を語る
後日放課後に設けられたホームルームにて、俺達は応援団に立候補した。
入団は無事成った。体育着に袖を通して、小体育館の床に靴裏を付ける。
寄り道せず足を運んだわりに、体育館にはそこそこ人影があった。一年生だろうか、見慣れない顔が友人と顔を見合わせて口角を上げている。
「皆やる気あるな」
「いいことじゃねーの?」
「お祭りは楽しい方がいいに決まってるもんね!」
いつものグループがはしゃぐ。金瀬さん達はお祭りが好きそうだし、こういう集会はテンションが上がるのだろう。
俺もお祭りは嫌いじゃない。独りの時間も好きだけど、親しい誰かといることに安心感を覚える。
だけどちらほら見えるんだ。俺を見て人差し指を伸ばし、下級生に俺の存在を知らしめる同級生の姿が。
消えたい、今すぐ踵を返したい。
「下がってはならぬっ」
一歩下がった拍子に体が止まる。
振り向くと、両肩に掌底がくっ付いていた。視線を落とした先には、高い声に違わない小さな体がある。
「男たる者前に出るべし」
「こんにちは波杉先輩。時には下がるのも大切だと思います」
「今はその時ではない」
「無駄に格好良い台詞ですね。今度は少年漫画でも読んだんですか?」
集合時刻にはまだ時間がある。小さい先輩の横をすれ違うべく、再度靴裏を床から離す。
どこにそんな力があるのか、小さな手にぐいっと抵抗された。「進めー」の掛け声に遅れて肩に圧力が掛かる。
これ以上下級生の前でみっともない姿は見せられない。俺は転ばないように足を前に出す。
目が合わないように気を付けつつ、広々とした空間を視線で薙ぐ。
金銀の髪は見当たらない。霞さんは俺に懐いている節がある。この場にいたら駆け寄ってくるだろうし、まだこの場に来ていないと見るべきか。
前方で号令が掛かった頃合いになって、後方でパタパタとせわしない音が鳴り響く。
何事かと思って振り返ると、入り口付近で銀色の束が揺れた。隣で揺れるべき金色の房はない。
俺は白鷺さんに駆け寄る。奈霧も続いて体育館の床を踏み鳴らす。
白銀の美貌に得意げな笑みが浮かび上がった。
「セーフですね」
「アウトだよ。霞さんは?」
「保健室で寝ています」
「大丈夫なのか?」
「はい。重篤な症状は見られないので、少し寝れば回復すると思います」
「それならいいんだけど」
三人で集団に合流する。
小体育館の奧で声を張り上げるのは菅田先輩だ。応援団長に就任した旨を口にして発破を掛ける。品のある美貌にはきはきとした声色。ちょっとした茶目っ気を混ぜて、早速集団の心を鷲掴みにした。
話の流れで、学年ごとにリーダーを選ぶことになった。連絡事項のたびに全員集めるのは手間だ。少人数集めて伝達した方が効率的なのは分かる。
しかし面倒くさい役職だ。SNSでグループ発信をすれば事は済むものの、何かトラブルがあれば解決を図る責任が生じる。
学年ごとにまとまりができるなり、同級生の視線が俺に殺到する。
総意を理解した。仮でもリーダーはリーダーだ。指名された人物は上の立場に据えられる。どこぞの馬の骨を仰ぐよりは、人気者に牽引されたい心理がうかがえる。
誤解が生まれないように二歩下がる。金瀬さんと肩を並べて、同級生の視線と奈霧を繋げる。
視線のずれを視認して、俺は自身の思い違いを悟った。周囲の本命は金瀬さんだったのだ。明るくて純粋な彼女には、確かに一種のカリスマ性がある。お祭りごとの司令塔に限っては、奈霧よりも適しているかもしれない。
俺はもう一歩スライドする。
「さっきから何してるの?」
奈霧が栗色の瞳をすぼめた。
「あー、カニの真似」
「嘘。どうせ自分が指名されるわけないって思ったんでしょ?」
「ああ。悪乗りしてるの丸分かりだからな」
「そんなことないって。文化祭の準備では過激な有志をまとめたんだし、適性はあると思うけどなー」
奈霧が悪戯っぽく口角を上げる。
視界内で芳樹が口端を吊り上げた。
「良かったな、彼女に求められてんぞお前」
「語弊が生まれる言い方をするな」
所々でにやついた笑みが映る。これ以上ごねると尾形さん達も参加しそうだ。特に天然気質の金瀬さんに混じられると厄介極まる。
俺は尊敬される先輩でありたい。一年生にお笑い担当と思われるのは御免だ。
「分かった、そこまで言うなら引き受ける。その代わり何かあったらフォローしてくれよ?」
芳樹の口からおぉ、と感嘆がこぼれた。
「何だその反応」
「いや、もうちょっとごねると思ってたからさ。市ヶ谷も変わったよなぁ」
「どこが?」
「お前目立つの苦手なタイプだったろ? それがリーダー引き受けるまでになったんだぜ?」
「文化祭では実行委員に立候補したじゃないか」
「あれは奈霧さんに公開告白するための布石だろ?」
「違う。人を色ボケにするな」
「そうだよー。市ヶ谷さんが告白を決意したのは、中庭でわたしを振った時だもん」
「ごめん、金瀬さんは口を閉じててくれないか?」
柔らかそうな頬がぷくーっと膨らむ。誰かがくすっとした笑い声をもらした。
耳たぶがお風呂で伸びせたように熱を帯びる。すっかりいつものペースだ。周りの目があるのに迂闊だった。
俺は仕切り直すべく喉を鳴らし、自己紹介と連絡手法の伝達を行った。専用のグループを作ってのチャットなら、下級生に愛の語りを問われることもないはずだ。
「グループ名はどうする?」
「赤組応援団二年」
「芸がなーい! もっとお洒落な名前にしようよー」
「しない。洒落っ気など不要」
「市ヶ谷がリーダーのチームだし、もうあれっきゃなくね?」
「だよな」
尾形さんと佐田さんが笑みを交わす。そのにやつきが芳樹にも伝染する。
「よし! グループ名は――」
「却下だ却下! 後輩がいるのに何を言うつもりだ⁉」
「何だよ、まだ愛を語ってないだろ」
「語るつもりだったんじゃないか! いいか? グループ名は赤組応援団二年だ! はい決定!」
「うわつまんねー!」
「つまんなくない、超面白い。黙って俺に従えよ下っ端」
「わぁっ! オレ様系の市ヶ谷さん新鮮! わたしは好きだよ?」
「金瀬さーん彼女の前でポイント稼がないでね? 私、金瀬さんとはこれからもお友達でいたいなーっ」
「うん! ずっ友だよーっ!」
「金瀬さんはあっちで遊んでて。頼むから」
一年生と三年生に見守られる中、俺達は愛について語り合う。