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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
124/184

第124話 応援団


 始業式後の健康診断を経て、本格的に授業が始まった。


 久しぶりな請希高校の授業。相変わらず進みは早いけど、留学先では英会話に不得手な状態で授業に臨んでいた。あの苦労と比べたらウサギとカメだ。童話から教訓を得て、追い付かれないように集中した。


 休み時間には、知らないクラスメイトに声を掛けられた。短期留学したのは俺一人だ。クラスメイトの興味を引くのは想定していた。俺はアメリカで経験したことをお土産代わりに告げた。


 想定外だったのは、一年生が教室に顔を覗かせたことだ。


 考えてみれば当たり前だった。文化祭には愛を求めた客が足を運んだ。SNSでも話題になったみたいだし、新入生が一目見ようと集まっても不思議はない。


 もちろん名乗り出るなんて愚は犯さない。クラスメイトにはそれとなく忠告し、くすくす笑いを堪えるいつものメンバーには釘を刺した。周りからの生温かい視線には気付かぬふり。檻の中で鑑賞される動物の気分でやり過ごした。


 放課後には体育祭の準備が始まった。


 俺達のクラスには赤が割り振られた。集合場所は三年生の教室前。体育着を着用していつものグループと廊下に出る。


 集合場所の前に人目を惹く色合いがあった。流水を凍らせたような銀髪に、金塊を溶かして固めたような金髪。知り合いだと一目で分かる光景だ。


 青い瞳と目が合った。小さな顔がパッと華やぐ。


「ユウ! それと愉快なお友達も」

「愉快だってよ芳樹」

「今のは駆のことだろ」

 

 ボケをかます芳樹と佐田さんをよそに、白鷺さんが霞さんをいさめた。少々距離を詰め過ぎな発言が気になったらしい。


 親しくなったならともかく、俺の友人と霞さんは知り合って間もない。下級生が上級生相手に実行するには大胆が過ぎる。親睦会で一種の無双状態を経験したから変な自信が付いたのかもしれない。


 三年生の教室に踏み入る。体操着姿の上級生を視界に収めつつ、何となく室内を視線で薙ぐ。


 視界が暗くなった。柔らかな感触がまぶたに当たる。


「だーれだ?」


 大人びた声。クラスメイトの声色じゃない。


 となれば三年生の誰かだが、こんなお茶目な真似をする知り合いは二人しかいない。


 声色、俺のまぶたに届く背丈。該当する人物は一人だ。


「菅田先輩ですね」


 手が離れた。俺は振り返ってお茶目な人物を正面に据える。


 それはとても小さかった。


「やーい騙されたー」

 

 声の源は左方にあった。大人びた顔立ちが意地悪く口端を吊り上げる。


「小賢しい真似をしますね」

「小賢しいって失礼だなぁ。ところで、今なんで私だと思った? 手が目に届いたから?」

「ノーコメントで」

「ん、どうして目を逸らすんだボーイ?」

「さあ、何ででしょうか?」

  

 小さな体がぴょこんと視界に躍り出た。後頭部で結われた短い房が子犬の尾のごとく揺れる。


 それはさりげなく視線を逸らす。


 後ろめたくなんてない。俺は理屈に基づいた推理をして、素人らしく見事に外しただけだ。やましいことは何一つない。


 自己暗示を済ませて波杉先輩を正面に据える。


「相変わらずお元気そうで良かったです」

「ありがと。わたしをミニマム扱いしたことは忘れてやろう。ところでそこの二人は新しい友達? めっちゃ美人じゃん」

「君の周りには美人が集まるよねぇ」


 それは自分達も数に入れているのだろうか。ナルシストと言えない辺りが地味に悔しい。


 俺は後方に視線を振る。


「二人とも従兄妹ですよ?」

「そうなの?」

「はい。他の人には内緒ですけど」

「内緒なのに教えてくれるんだ。そんなに信頼されるようなことしたっけ?」

「少なくとも当時の俺にとっては」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。じゃあ一つお願い聞いてくれる?」

「聞くだけなら」

「応援団入らない?」


 思わず目を見開いた。


「俺がですか?」

「うん。私そういうのやったことなくてさ。一回はしておこうと思うんだけど、一人じゃ心細いから知り合い巻き込もうかなって」

「波杉先輩を巻き込めばいいじゃないですか」

「私だって巻き込もうとしたよ? でも双葉は、市ヶ谷さんがやらないならやらないって言うんだもん」

「何で俺をご指名に?」

「その方が面白そうだからじゃよ」


 小さな顔が満面の笑みで満たされる。良い笑顔で言い切られたら口をつぐむしかない。


 背後から靴音が近付く。


「ユウ、さっきからその人達と何の話をしてるの?」

「応援団に誘われてたんだ」

「応援団? 何それ面白そーっ!」


 霞さんの後方で金瀬さんが声を張り上げた。いつものグループで賛成の意見が飛び交う。


 振り返るとにまにました笑みがあった。


「君の友達は乗り気みたいだけど、どうする? 奈霧さんに良いところ見せるチャンスだよ?」

「奈霧は関係ないですよ。まあ、やりますけど」

「よっしゃ! 一度に七人ゲット!」


 菅田先輩が小さくガッツポーズを取る。


「ところで、まだ奈霧さんのこと名字で呼んでるんだね」

「変ですか?」

「変ではないけど、くっついてもう半年経つよ? 奈霧さんは名前で呼んでるのに」

「奈霧は小学生の頃からあの呼び方ですからね」

「私がそういうこと言ってるわけじゃないのは分かるよね?」

「分かってます」

「だったらいいや。でも覚えておいてね? 恋人に名前で呼ばれて、悪い気分になる女の子はいないってこと」

「恋人……」


 呟きの主を見る前に号令が掛けられた。室内全員の意識が三年生に向けられる。


 彼女の表情を見るのはためらわれて、俺も実行委員の話に耳を傾けた。


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