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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
121/184

第121話 惚気ですか?


 始業式は入学式の後日に控えている。二年生の俺は自宅で待機だ。机に向かってノートのページにペン先を走らせる。


 帰国するなり学校からお土産をもらった。始業式まで暇しないための宿題と、短期留学で得た知見をまとめるレポート。俺からすればいい迷惑だ。口内を香ばしい苦みで満たしながら作業に勤しんだ。


 そして迎えた始業式の早朝。久しぶりに請希高校の制服に袖を通した。外履きに足を挿し入れて、気恥ずかしさを胸に抱きつつドアを開ける。


 金銀の少女が制服をまとって佇んでいた。


「市ヶ谷さん、おはようございます」


 声を上げたのは隣の少女。微笑を浮かべる白鷺さんに挨拶を返して、改めて金髪の知り合いに目を向ける。


 きりっとしている白鷺さんとは対照的に、霞さんの方はむにゃむにゃしていた。


「霞さんは眠そうだな」

「昨晩は夜更かしして――」


 言葉は最後まで続かなかった。霞さんの口がふわぁーと口が開きかけて、白鷺さんが手をかざす。


「霞、市ヶ谷さんの前だよ」

「眠いんだもん」

「だから寝た方が良いって言ったのに」

「だっていいアイデア浮かんだんだもん」

「簡単に書き留めればよかったじゃない」

「それじゃ駄目なのー。すぐに取り掛からないとモチベーションが下がっちゃうのー」

 

 伸びた語尾が澄んだ空気を震わせる。霞さんが駄々っ子みたいだ。


「二人ってどっちが先に生まれたんだ?」

「わたしぃー」

「意外だな。白鷺さんの方がお姉さんだと思ってたよ」

「それどういう意味?」


 適当に誤魔化してエレベーターに乗り込む。ドアが左右に分かれるなりエントランスを突っ切る。


 霞さんの目が覚めた頃合いになって、通学路に華やかな立ち姿が付け足された。


「おはよう釉くん」


 小さな顔に微笑が浮かぶ。それもつかの間、奈霧の視線がスライドする。


 どこかで見た反応。奈霧が何を考えたのか想像するのは容易い。


「違うんだ」

「市ヶ谷さん、その反応は誤解されます。堂々といきましょう」


 白鷺さんが状況説明を口にして視線をスライドさせる。


 霞さんが目をぱちくりさせた。頷いて口角を上げる。


「初めまして、伏倉霞です。先日新一年生として請希高校に入学しました」

「伏倉って、もしかしてこの子も?」


 奈霧に視線を振られて頷く。


「ああ。二人とも俺の従兄妹なんだ」

「二人って、白鷺さんもなの? 釉くんって外の血縁者多いんだね」


 平静に努めているものの、奈霧の表情は微かに強張っている。


 気持ちは分かる。霞さんと白鷺さんの顔付きは全然違うし、髪の色だって金と銀だ。入り組んだ内情を察するに余りある。


「これからよろしくお願いしますね、先輩!」


 にこっ。花のような笑顔がぎこちない空気を吹き飛ばした。


「先輩……っ!」


 桜色のくちびるから呟きがもれた。微かに興奮を帯びた声に違わず、恋人の顔が歓喜に染まる。


 歓喜の色がスッと消えた。


「分からないことがあったら何でも言ってね? 試験の問題も、私が覚えてる範囲なら傾向を教えられるから」


 頼りがいを醸し出す先輩モード。頼られて嬉しいと言わんばかりの反応だ。恋人の名誉にかけて、俺は口元を緩めないように努める。


「可愛らしい方ですね」


 いつの間にか、白鷺さんが近くに立っていた。


「ああ。自慢の彼女だよ」

惚気のろけですか?」

「ただの事実だって」

「仲睦まじいのは結構ですが、人前では控えてくださいね。これまで以上に」

「それはどういう意味だ?」


 返答はない。白鷺さんが背を向けて距離を取る。背中越しに察して、俺は前方に意識を戻す。


 改めて通学路の地面を踏み鳴らす。三人には従兄妹の関係を伏せるようにお願いした。伏倉の名は良くも悪くも影響力がある。友人の前では市ヶ谷でありたい。


 三人の了承は得られた。談笑する内に清潔感のある校舎が見えて、どこか郷愁にも似た感情が泉のごとく湧き上がる。


 学び舎の門をくぐって昇降口に踏み入ると、廊下に設置されたボード前に人溜まりができていた。


 今日は対面式に始業式も兼ねている。三年生にクラス替えはないものの、二年生はクラスメイトが変わる。


 緊張が走って背筋が伸びる。

 

 友人が同じクラスにいるかどうかは、これからの学校生活に大きく関わる。俺は口元を引き結んでポケットに腕を突っ込み、スマートフォンの画面に貼り紙を映す。


「風情がないね」


 横目を振った先で、奈霧が瞳をすぼめていた。


「クラスを確認する作業に風情はあるのか?」

「あるよ。皆でわくわくしながら見るのが楽しいのに」

「そうなのか。経験したことないから分からないな」

「反応しにくいこと言わないでよ」


 繊細な指が俺の手首を握って軽く引っ張る。


「未経験なら今やろうよ。二人とも、ちょっと待っててくれる?」

「はい」

「いってらっしゃーい」


 引っ張る力に身を任せて足を前に出す。


 離れた指の感触を惜しみつつも、人が減った箇所に体を入れる。ボードを見上げて連ねられた名前を視線でなぞる。


 腕に指の感触が戻ってきた。


「あった! あったよ釉くん!」


 華奢な体がぐっと近付く。柔らかさに遅れて爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。


「どこ?」

「三組!」


 三組の貼り紙に視線を向ける。

 

 あった。市ヶ谷釉に奈霧有紀羽。俺達は同じクラスだ。

 

「これから一年間よろしくね」

「二年間じゃないか? 三年に進級する際はクラス替えしないし」


 同じクラスになった生徒とは長い付き合いになる。一時期はクラスメイトなんてどうでもいいと思っていたのに、何だか不思議な気分だ。


 また人口密度が上がったのを感じてボード前を後にする。どうせクラスメイトとは教室で顔を合わせるんだ。他の面子はお楽しみに取っておこう。


 二年生と一年生では教室のある階層が違う。新一年生の二人と別れて階段に足を掛ける。


 新たな教室が見えてきた。プレートに記された三の数字を見て気を引き締める。


 ドアを開けた先には、これから二年間を共にするクラスメイトがいる。


 人間最初が肝心だ。俺はドアの取っ手に指を掛け、自然を装って腕を引く。


「あ、市ヶ谷さんおはよーっ!」


 しなやかな腕が上がる。満面の笑みに歓迎された。


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