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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
118/184

第118話 第二の祖母

 

 父と伏倉さんの背中に続いて、そびえ立つホテルのエントランスに靴裏を付ける。


 高そうな床を踏み鳴らしてレストランに踏み入った。店員に案内された先で、黒白の燕尾服を着用した男性がチェアを引く。伏倉家の屋敷で見た光景だ。自然と気が引き締まる。


「予約って聞きましたけど、俺がここに来て良かったんですか?」

「良いに決まってるじゃないの。ささ、メニュー選びましょ。市ヶ谷さんはどれが好き?」

「そうですね……」


 メニューの写真に視線を落とす。

 

 メニューブックなんてファミレスやカフェでも目を通したのに、眼前の写真がリッチな物に見える。


 実際リッチなのだろう。視線でページをなぞれば、見たことのないメニュー名が記されている。伏倉さんはカレーがどうのと口にしていたし、カレーを選んでおけば無難か。

 

 メニューから顔を上げる。


 店員が歩み寄ってきた。父と伏倉さんに混じってメニューを注文し、改めて二人に向き直る。


「それで、奈霧さんとどこに行ってきたの?」

「星を観に行ってきました。所用があって母方の実家に帰省したんですが、田舎なので星がよく見えるんですよ」

「この季節だと、北斗七星と春の大曲線ね。綺麗に見えた?」

「はい。はっきり見えました」

「それは良い思い出になったわね。彼女さんと二人で見たんでしょ? 青春したわねぇ~~」


 にこにこ笑顔が眩しい。自身の青春を想起していそうな表情だ。


「そこのお父さんも同行したのよね? 語り明かしたりとかした?」

「特には何も。父は父で予定があったので」


 思わず瞬きして、伏倉さんの目を見詰める。


「よく俺の父だと分かりましたね。一言もそんなこと言ってないのに」

「あら、そうだったかしら。でもこれだけそっくりなんだし、私じゃなくても一目で分かるわよ」

「同級生は俺の兄だと勘違いしましたよ」

「それはあれよ。その、私服が大人っぽいでしょ?」

「大人っぽいファッションの人はそこら中にいると思いますけど」


 高校生の兄が十代とは限らない。二十や三十代なら大人っぽいシャツに袖を通すだろう。


 右方で小さな嘆息がもれた。


「母さん、食い下がってまで隠さなくていいんじゃない?」

「母さんって、え?」


 父の母。それに該当する名称は一つしかない。俺は目を見張って伏倉さんを凝視する。


「あーあ。もっと驚かせたかったのに、何してくれてるの」

  

 伏倉さんが父に横目を向ける。


 抗議するような視線を注ぎ終えて、ため息がテーブル上の空気を揺らした。お婆さんが俺に向き直って口角を上げる。


「初めましてではないけれど、初めまして。あなたのお祖母ちゃんの伏倉珠湖です」

「お祖母ちゃんって、え⁉」

 

 意図せず声が張り上がった。


 赤の他人だと思っていた人が、実は俺の祖母だった。いきなり聞かされても理解が追いつかない。今まで行ってきた言動を思い返すと顔から火が出そうだ。


 ハッとして周囲を見渡し、他の客に小さく頭を下げる。


 次いで父に問い掛け混じりの視線を向ける。


「事実だよ。この人は君の父方の祖母だ」


 父が苦々しく身を震わせた。


 伏倉家の屋敷には祖父がいたけど祖母がいなかった。すでに鬼籍に入っているとばかり思っていたけど、まさか存命だったとは。


 疑惑が膨れ上がって祖母に向き直る。


「もしかして、最初から全部知ってて俺に接触してたんですか?」

「ボランティアで会ったのは偶然よ? でも顔が秀正に似ているし、名字が市ヶ谷で名前が釉って言うじゃない? もうピンと来ちゃった」

「どうして黙っていたんですか?」

「どんな子に成長したか探りたかったのよ」

「探る必要ないでしょう? 直接聞けばいいのに」


 伏倉姓の祖母が目を細める。


「あなたね、当時を思い出してみなさいな。放送部を占拠したり、変な色の頭でふらふらしてたでしょ。素行の悪い子になってたらと警戒するのは当たり前じゃない」

 

 それを言われたら立つ瀬がない。


 当時の俺は、誰がどう見ても不良の容貌をしていた。素行なんて傍から見ただけじゃ分からない。孫と知っても朗らかに歩み寄るのは無理だ。


「それに百合江さんの件で負い目もあったから、私としても打ち明ける勇気が出なかったの。もっと早くに謝るべきでした。私達は次男のはかりごとを止められなかった。間接的にしろ、百合江さんの死に繋がったことは事実。ここに謝罪します」


 先程よりも深い角度で上体が傾けられた。父にも上体を倒されて頭の中が漂白される。


 どう反応すればいいのか分からないけど、一つだけ言えることがある。


「顔を上げてください」


 二つの頭が元来た軌道を辿る。


「母の件を恨んではいません。 伯父が悪いのは知っていますし、母方の祖父母が寂しさを紛らわせてくれました。それに、取り戻せた繋がりもありますから」 


 祖母はともかく、父は明確な被害者だ。償いの押し付けは褒められたものじゃなかったけど、自罰衝動に振り回された経験は俺にもある。請希高校で二年生を迎えられるし、思うところは何もない。


「そう。ありがとう、少し気が楽になった。場が辛気臭くなっちゃったわね。気を取り直して楽しいお話をしましょ。子に孫を交えてお食事するの夢だったのよー」


 無邪気な笑みがテーブル上を華やがせる。


 悪い気はしないけど面映ゆい。ついさっきまで名字が伏倉のお婆さんと認識していたし、まだ切り替えが上手くできない。


「せっかくだし、これを機に丁寧な言葉遣いはやめましょ。ささ、お祖母ちゃんって呼んでみて?」

「え、えーっと」

「母さん、釉が困ってるよ」

「照れちゃって、男の子ねぇ。秀正もそうだったわ。百合江さんとのデート中に鉢合わせた時なんて、私が口を開くたびに話題を逸らそうとしてねぇ」

「母さんが子供の頃の話をしたからだよ。今も父としてのイメージがあるんだから、少しは話題を選んでくれない?」

「何言ってんの。父親としての威厳なんて、あんたには有って無いようなものでしょうが」


 父が弱々しく口角を上げる。俺の父と言えど祖母の子。上下関係は明白のようだ。


 祖母と目が合った。思わず背筋を伸ばす。


「話が逸れたわね。あの時は百合江さんも交えてお食事をしたの。釉も機会があったらまた会食しましょ。今度はあの綺麗な子も一緒にね?」

「は、ははは」


 妙な圧をはらんだ笑顔を前に、俺は苦笑いをするしかなかった。


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