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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
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第116話 天体観測


 都会の夜は明るい。そこかしこで自己主張する人工的な照明が、その明るさで闇を暴くからだ。


 その暴力的な輝きは人目を惹く一方で、天然の光を容赦の欠片もなく蹂躙する。都会にいては星空を仰ぐことも叶わない。


 反面田舎の夜は真っ暗だ。明るいのは街灯が立つ場所に限られる。


 だから俺達はこの場を歩いている。濃厚な草木の匂いで肺を満たしつつ、ヘッドライトを頼りに高所を目指す。


 春と言えば大曲線と大三角が有名だけど、パッと見ても分からない。星座早見表を持ってきた自分が誇らしい。

 

 呼吸ペースが乱れてきた。防寒具をまとって歩けば体温は上がるし、隙あらば天然の地面が足を取る。


 奈霧の前で情けない所は見せられない。姿勢と表情の維持に努めて坂を上り切る。


 視界一杯に雑草の絨毯が広がる。


 かつて祖父母と星を見た場所だ。地面が平坦だから寝そべるには都合が良い。


 リュックからレジャーシートを引き抜き、地面の上に広げて背中を預ける。


 藍色を背景に無数の点が散らばっている。都会では目立たない儚き光が、我を見よとばかりに輝きを放っている。


 目の前に星座早見表をかざし、ハンドルのごとく左右に回す。


「星の位置分かる?」


 奈霧も隣で仰向けになった。土と樹木の芳香に混じって、仄かな甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「分からない」

「だよね」


 夜空で瞬く星は一つや二つじゃない。名のある星を見つけるのも一苦労だ。


「天体観測で星を楽しむ人って何割いるんだろうな」

「天体観測って星を観るものじゃないの?」

「本来はそうだけど、全員が事前にリサーチしてるとは思えないんだよな。水族館に置き換えると分かりやすいんじゃないか?」

「あーそれなら分かるかも。解説パネルを凝視する人ってあんまりいないよね。お魚を見に来たんじゃないの? って時々考えるよ」

「魚じゃなくて暗さを求めてるのかもな」

「暗さ?」

「ほら、人気のデートスポットって暗い場所多いだろう? 映画館とか定番じゃないか。暗いのを好む理由までは分からないけどさ」

「周りの目を盗みやすいからじゃない?」

「と言うと?」

「例えば、こういうこととか」


 指先に温かい物が触れる。


 それが何かなんて視認するまでもない。俺は無言で指を絡める。


「確かに、これだけ暗いと周りからは見えないな」

「今さらって感じはするけどね」

「空港でキスして抱き合ったもんな」


 可笑しくなって笑みを交わす。


 思い返すと大胆なことをした。やったことは公開告白と大して変わらない。大立ち回りを繰り返して慣れたのだろうか。それとも自信を持って周囲の目が気にならなくなったのか。短期留学のおかげならちょっと嬉しい。

 

「織姫と彦星は見えないな」


 くすっとした笑い声が空気を震わせる。


「織姫と彦星が見えるのは七夕だよ。今何月だと思ってるの?」

「三月。俺達からは見えないだけで、宇宙のどこかには存在してるはずだ」

「そうなるね。地球の位置と角度で見えないだけだし」


 デネブ、ベガ、アルタイル。有名な夏の大三角も、春の季節では形無しだ。


 俺達と夏の大三角の間には、逃れられない地球の自転運動が立ち塞がる。人の身では宇宙へ発つ以外に方法がない。


「どうしてこの時期に星を観ようと思ったの?」

「夏は夏で色々あるからな」

「例えば?」


 海水浴。そう声を発しかけて口元を引き締める。間髪入れずに挙げたら、俺が奈霧の水着を目当てにしているみたいだ。いや楽しみだけど。見てみたいけども、あの三文字が飛んでくると思うと尻込みする。


 何かないかと探って、ふと高台の光景が脳裏をよぎる。


「夏祭りとか」

「そういえば去年は一緒に行かなかったね。釉くんは先輩方と遊び歩いたみたいだけど」

「あれは強制連行されたんだよ。そう言う奈霧こそ、男友達と仲睦まじく歩いてたじゃないか」

「友達なんだから当たり前でしょ? 大体、釉くんが私を避けるから面倒なことになったんだよ?」

 

 栗色の瞳がすぼめられる。


 しまった、墓穴を掘った。この点に関して奈霧を論破するのは不可能だ。何か話題を逸らさないと。


「星が綺麗だ」

「誤魔化し方にバリエーションがないね。アメリカンジョークは身に付けてこなかったの?」

「ジョークを磨く時間はなかったんだよ」


 俺にできるのはHAHAHAくらいだ。そんなもので誤魔化せるなら苦労はしない。

 

 奈霧の視線が夜天に戻る。


「七月まであと四か月か。織姫と彦星は今年も会えるかな」

「会えるさ」

「嫉妬した誰かが天体を破壊するかもしれないのに?」

「仮にそんな暇人が現れても、織姫と彦星なら何とかするさ。人の身でも悪意には抗えたんだ。伝承上の存在にできない道理はないよ」

「そうだね」


 俺は星空から視線を外す。


 栗色の瞳と目が合った。数秒見つめ合って長い睫毛が重なり、艶のあるくちびるが突き出される。


 気持ちは同じ。暗い視界を端正な顔立ちで満たし、数か月ぶりに瑞々しい感触を得た。



お読みいただきありがとうございます。


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