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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章

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114/186

第114話 柱の責任


 父が車の前まで戻ってきた。父のシートベルト着用を機に慣性が掛かって、背中が背もたれに押し付けられる。

 

 土の道路にわだちを刻むこと数分。フロントガラスに和風の建築物が映った。住んでいた頃は特に何も思わなかったけど、久しぶりに見るとかなり大きく映る。

 

 敷地内の地面に靴裏を付ける。玄関まで足を運び、奈霧と肩を並べて立ち止まる。


 白髪を蓄えた老人が仁王立ちしていた。何故か白い胴着姿だ。腰元にある黒帯が猛者感を醸し出している。


「おかえり釉」

「ただいま」


 祖父が視線をスライドさせる。奈霧と自己紹介を交わして、細い腕から菓子折りの譲渡が行われた。


 祖父が礼を告げて、俺達の後方を見据える。


「お久しぶりです。英男さん」


 祖父の腕が振りかぶられる。

 

 白い物体がシワのある手を離れた。放物線を描いて父の腕に収まる。

 

 それは胴着だった。


「来い。久しぶりにしごいてやる」

「お祖父ちゃん」

「大丈夫だ、釉が心配するようなことはしない」


 祖父が背を向けて玄関に踏み入る。居間のテーブルに菓子折りの箱を置き、その足で廊下に消える。

 

「釉、奈霧さん、居間で待っていてくれるかな」

「俺も行こうか?」

「大丈夫だよ。僕の息の根を止めるつもりならとっくにやってるさ」


 そりゃそうだ。憤怒にたぎっていた時期はワンパンで済ませたと聞くし、今さら父を母の元に送る理由がない。


「くれぐれも怪我には気を付けてくれよ?」

「心配してくれてありがとう。智代さんがお茶を出してくれるだろうから、菓子折りを開けてゆっくりしててよ」


 俺達はスニーカーから足を抜き、床に並べられたスリッパに足を通す。別行動する父の背中を見送った。


 ◇


「……来たか」


 道場内部へ続くドアを開けるなり、英男さんの鋭い視線に見据えられた。


 僕は足を止めて一礼する。胴着姿で道場に足裏を付けるのは何年ぶりだろう。腕や脚がスースーして落ち着かない。


 僕と英男さんのスパーリングは少々特殊だ。無言で構えて無言に終わる。実戦形式と言うよりは、制限を付けた喧嘩に近い。発端は百合江をめとったことだし、半ば僕に対する八つ当たりだったのだろう。


 最初は理不尽な人だと思った。


 育ての親だろうと、伴侶を決める権利は百合江にある。他家と結び付く手段に婚姻を使う話は耳にするけど、子供をパイプ扱いした時点でそいつは親失格だ。父親失格の僕が言うんだから間違いない。少なくとも当時の僕には、英男さんは父くらい終わってる親にしか見えなかった。


 今は違うことを考える。


 僕が百合江と契りを結ぶにあたって、伏倉家から独り立ちするのは条件の一つだった。体の弱い百合江を辛い仕事には就かせられない。僕が大黒柱として支えることは絶対だった。


 英男さんは心配だったのだろう。僕の体格はひょろっとしていたし、大黒柱を務めるには頼りない風貌だった。義父として、覚悟の足らない義子を戒めるつもりだったに違いない。


 でも僕は柱を外した。会社のことで奔走する間に、柱を失った家庭は崩壊した。


 強く在れ、さもなくば崩壊する。


 英男さんが空手を通して教えてくれていたのに、僕は父としての義務を果たせなかった。これについては言い訳の仕様がない。鉄拳をもらって当然だ。


 英男さんが床を蹴って迫る。

 

 数年怠けた僕と、近所の子供に空手を教えている英男さん。どちらに軍配が上がるかは明白だった。


「立て」


 僕は腹筋に力を入れて、床から背中を離す。崩れた身なりを整えて再度スパーリングに励む。


 今回のしごきは十回で終わった。英男さんが一礼して出口へと踏み出す。


 そのまま道場を出るかと思いきや、出口前で二本の脚が止まる。


「珠湖さんから話を聞いた。やむを得ない事情があったことは理解したが、心の整理はいまだ付かん」

「当然だと思います。僕もまだ後悔の念を拭えていませんから」


 会社を優先せず家庭を省みていたら。僕が不在の間を友人に頼んでいたら。もしやイフの話が脳裏をよぎるけど、すでに終わったことだ。


 頭では分かっていたけど切り替えができなかった。残されたものを大事にすべき。少し考えれば、それが正解だと気付けたはずなのに。


「貴様の人生は数十年続く。その時間を釉に捧げろ。それが百合江に対する贖罪と思え」

「はい。胸に刻んでおきます」


 僕はもう一度頭を下げる。


 遠ざかる足音が聞こえなくなるまで、道場の床を見つめ続けた。



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