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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
112/185

第112話 膝枕


 仮眠を取ってすっきりしたらしい。意識を取り戻した奈霧の目はぱっちりしていた。時刻がお昼時近くだったこともあって、昼食はそのままカフェで摂った。


 店外に出た足で帰路を辿る。アメリカでの出来事は粗方告げたし、後は自室の掃除をして寝るだけだ。


 そう思っていたけど、奈霧が自身の帰路に就く様子はない。言葉を交わす内にマンションの出入り口前まで来た。


「本当にいいのか? 多分埃溜まってるぞ?」

「いいよ。釉くん疲れてるでしょ? 掃除手伝ってあげる」

「じゃあお願いしようかな。ひと眠りして回復した体力を存分に発揮してくれ」

「任せて」


 オートロックを突破してエントランスに踏み入り、エレベーターの突き上げる慣性を靴裏で受け止める。


 通路に靴音を響かせながら鍵を用意する。鍵穴に挿し入れて手首を捻り、数か月ぶりに自宅の玄関と対面する。奈霧にスリッパを進めて、一足先にリビングへ続くドアを開ける。


 埃っぽい室内を突っ切ってカーテンを隅に追いやる。窓を全開にして、人工的な空間に新鮮な外気を迎え入れる。

 

 三角巾、マスク、エプロン。三種の神器を身にまとって奈霧と分担を決めた。黙々と手を動かして、リビングの景観を渡米前の状態に戻さんと試みる。


 ゴミをビニール袋にまとめ終えて達成感に浸る。


 ここまでがっつり掃除したのはいつ以来だろう。渡米前でさえ、隅々を意識しての清掃は滅多にしなかった。やり残した箇所を奈霧に見られたらと思うと、中々どうして作業が捗った。


「終わったね」

 

 奈霧が三角巾を取る。ずっと集中していたのだろう、澄んでいた表情が緩んだ。


「手伝ってくれてありがとう。紅茶飲むか?」

「うん。それじゃご馳走になろうかな」

 

 俺は洗面所へと足を進ませる。日常的みそぎを済ませて、掃除の合間に洗浄した電気ケトルに水を流し入れる。


 温度パネルを彩る数字が設定した温度を示した。ティーカップに熱湯を注いで容器を温め、茶葉とティーポットを用意する。


 諸々の準備を終えてリビングに戻った。ソーサーの底でセンターテーブルの天板を鳴らし、アメリカで購入した土産を並べる。


 形状と味がバラバラなチョコレート。洒落た雰囲気のそれらを口に運び、今度は俺がいない間に請希高校で起こったことを教えてもらう。


 特段大きなことはなかった。父は請希高校の運営方針を変えていないようだ。期末試験で一位を取ったことを意味有り気に言われて、思わず口端が緩んだ。微笑ましい心持ちで眺めていたらむっとされた。


 談笑を交わす内に微睡まどろみがやってきた。強めの眠気に襲われて体がぐらつく。


「眠い?」

「ああ」


 多分カフェインが切れた。それとも糖分を取ったからだろうか。航空機内では目を閉じていたけど、時差ぼけの影響は体に染み渡っていたようだ。


 奈霧の指がきゅっと丸みを帯びる。


「……膝枕してあげよっか?」

「え?」


 ほわわんとした思考に電流が走った。視界内の小さな顔に茜色が差す。


「ほら! カフェでは釉くんに待ってもらったし、膝枕すれば貸し借り無しかなって!」


 微かに裏返った声が耳から耳へと抜ける。


 視線が重力の作用を受けて、真っ赤な顔からすらっとした脚に視線を吸い寄せられる。ストッキングに隠れてるけど、その下には当然透き通るような白い肌がある。いつぞやの図書室で、テーブルの下に潜った時のことを想起する。


 あの形の良い太ももに、頭を乗せる。


 とっさにかぶりを振った。俺に邪な考えはない。何一つない。伏倉釉はえっちなことを考えない。


 脳裏に浮かび掛けた絶景を頭の中から振るい落とし、提案に対しての返答を口にする。


 膝枕。胸に秘めたる男の夢。断る選択肢はあり得ない。


「じゃあ、お願いするよ」

「う、うん」


 奈霧の隣でそっと体を傾ける。右の頬がふにっとした感触を得た。

 

 温かい。そして柔らかい。枕とはまた違った温もりだ。左胸の奧で鼓動が自己主張を繰り返す。


 まぶたを閉じて数秒。髪に触れる感覚があった。


 くすぐったい。口を開こうかと逡巡して止める。声を掛けることで指が止まるくらいならこのままがいい。


「異国の地で一人だもんね。疲れるのも無理ないよね」


 労うような声色が、程よい体温と甘い芳香を引き連れて意識を溶かす。

 

 口を開くのも億劫になってきた。


「ああ……頑張ったんだ。皆の英語は速いし、父さんには転校しろって迫られたし、気を休める暇もなかった」


 思考がまとまらない。上手く喋れている自信が無い。


 適当な応答になっているだろうに、髪を撫でる手はどこまでも優しい。


「そっか。大変だったね」

「ああ……大変、だった」


 意識がとろける。もう自分の意思じゃ止められない。


 お休み、釉くん。最後に聞こえた声色はいつくしみにあふれていた。



お読みいただきありがとうございます。


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