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例えばそんな魔王の生まれ方  作者: 餅野くるみ
現代版魔王作成法
7/7

ゼロ

 〈九月十一日〉


 昨日と同じような朝だった。

 昨日と同じような朝食を食べた。

 昨日と同じような会話をした。

 昨日と同じような道で学校へと送ってもらった。

 昨日と同じような一日の始まりだった。

 昨日と同じような一日が来ると思っていた。


 ――昨日と同じような一日であればよかった。


 今日は文化祭前日の予行練習日らしく、漂う空気も昨日とは異なっていた。学校の敷地内には何と警備員まで配置されている。しかも校門には厳重に。これで練習なら本番はどれだけなんだろう。というか、どんな悪いことをすれば文化祭にこれだけお金を使えるんだろう。そんなことを始業前の私はぼんやりと考えていた。


「はい、今日は明日の予行練習です! みんなし〜っかり自分の役割を全うして下さいね。とは言え、先生たちが中心に計画しているので大きな心配はノーです。ただ授業中に呼ばれた人にはお願いすることがあるのでちゃ〜んと来るように。以上!」

 だそうだ。

 私も昨日クラスメイトに聞いてみたが、出店や出し物等は全て先生たちが取り仕切っていて、自分たち生徒はそのお手伝い、つまり特にやることはないとのこと。せいぜい雑用を押し付けられるくらいだろう。なんてことはない。少し違う空気の中でただ普通に一日を過ごすだけだ。


 一時間目から四時間目にかけて四、五人のクラスメイトが呼ばれては戻ってきた。特に疲れた様子もないあたり、重労働を振られているということもなさそうだ。

 あっという間にお昼休み。気を遣って女子のグループが机を囲んでくれる。嬉しい気持ちももちろんあるけれど、気を遣わせてしまっているんじゃないかという申し訳なさも同時に抱いてしまうのが本音だ。

 輪の中の一人に午前中呼び出されていた子がいたので尋ねてみた。

「ねぇ、手伝いって何してきたの?」

「私は教室の飾りつけだったよ。他の子もいたけど小道具とか運んでたっぽいかな」

 先生の言う通り、大層なことはやらされないようだ。とりあえずは一安心だ。

 だけど少し引っかかることもあった。

 今私の疑問に答えてくれた子もだけど、周囲の生徒からはまるで今日が本番、といったような空気が感じられるのだ。上手く言い表せないのだけど、学校全体が異様な緊張感に包まれているような……そんな感じがする。

 それだけ明日が大切な一日なんだろうな。この時の私はそう考えていた。


「木崎さん」

 5時間目を終え、私が呼ばれることはないだろうと油断しきっていた6時間目に突如ご指名が入ってしまった。

 呼ばれてしまったものは仕方ない。教壇の先生に一礼し、教室を後にした。

 先導しているのは担任の先生。三階から二階、一階へと階段を降りて向かった先は、正面玄関とも言える一番大きな出入り口だった。

 遠目ではあるが、ここからは校門の様子も見える。


 それは私をギョッとさせるのには十分すぎる光景だった。


 校門の外にはいつの間にか人垣が幾重にも並び、警備員が複数人……十人は超えているだろう。屈強な彼らが人混みから校門をガードしていたのだ。

 ただ、トラブルになっているようでもなかった。単純に多くの人が気になって校舎内を覗いている。そんな感じがした。


「先生、あの、あれは……」

「ん? あぁ、毎年こうだからね〜。木崎さんは覚えていないんだろうけど。ウチの文化祭は結構有名でね。ああやってお客さんたちが前日から集まるんだよ〜。おかげで警備のおにーさんたちには苦労かけちゃってるんだけどね」

「そうなんですね……」

 本当にそれだけなんだろうか。言っちゃ悪いがどうすれば地方の学校の文化祭程度にそんな注目が集まるんだろう。

 そんな私の思考を断つように、

「――木崎さんにお願いしたいことはね」

「あれの最終チェックだよ」

 つられて見上げた先にあったのは――あの銀色ドーム。近くで見るとさらに大きく感じられるそれは、夕陽を遮り私たちに陰を落としていた。


「あの、あれって屋上にありますよね? 三階から行けないんですか?」

 今私は先生に連れられて屋外から校舎を這うように据え付けられた非常階段を登っている。

 当然の疑問だと思う。屋上なら屋内最上階から上がれるだろうし、そっちの方が早いだろう。

「もちろん、行けるよ〜。でもね、イベント――いつもとは違う非日常、ということもあって、例年すこ〜しばかりやんちゃしちゃう生徒もいてさ。事故になっちゃいけないから普段は通れないように鍵かけてるんだよね〜 もちろん明日だけは解放されるんだけど、こればっかりはこのガッコーのルールってやつでさ。ゴメンね」

「はあ……」

「いや普通のガッコーならそんなことあまりないと思うよ。でも数年前にここをモデルに映画が撮られてさ。そのワンシーンに屋上で盛大に落書き、スプレーでイタズラするシーンがあったわけ。そんで青い春に何かしでかそうとする模倣犯が大量発生してさ〜。問答無用でシャットアウト! まぁこればっかりは自業自得だと思うけどね」

「…………」

 私は無言で先生の後ろをついていくしかない。

 高度的には多分……三階を過ぎた辺りだ。直に吹き付ける風も次第に強くなり、この季節になると少し肌寒い。制服は秋の装いだが、もう一枚くらい羽織るものが欲しいくらいだ。


 ――突如、空砲のような音が複数回、空気を振動させ耳に届いた。どこからだろうか。そんなに遠くないことは分かるけれど校舎が死角となってここからは何も見えない。


「気にしなくていいよ」

 歩む足を止めることなく先生は言った。

「開会式に使う祝砲の予行練習だろうね。びっくりするから教えてほしいよね。今から撃ちま〜すってさ」

 少しおどけたいつもの口調は私をリラックスさせるためだろうか。だとしたら逆効果だ。それは後ろにいた私だからこそ分かることだ。

 音が炸裂した際、この人は一切反応する様子がなかった。


「さぁ、着いたよ」

 間近で見るそれは想像以上に大きく、この距離からでも見上げることを強いられるほどのデカブツだった。首が痛い。

 デカい球状の物体を細い四本の脚が支えている。可能な限り簡単に表現するならこうだ。加えるとするなら、遠目からは銀色に見えていたそれは厳密にはそうではなく、夕陽を受けて照らされた部分は見る角度によって放つ色が様々に変化している。もうわけがわからない。

「ちょっと待っててね。今開けてもらうから」

 開ける? これを? こんなものを作り上げただけでも相当凄いと私でも分かるのに、さらに仕掛けがあるんだろうか。ただ展示するだけでも十分すぎるくらいじゃないかと素直に思う。

「……はい、はい。今到着しました。……よろしくお願いします」

 先生はスマホで誰かと話している。


 音も立てずにドームの一部が開き、こちらに階段が伸びてきた。もう驚くのを飛び越えて静観している。文化祭じゃなくて別の大会的な何かに展示しても十分通用するだろう、これは。

「じゃあ木崎さん、あとは中の先生にお願いしてあるから頑張ってね」

「……先生は一緒じゃないんですか?」

「うん。これは技術の先生の管轄だから、あたしは木崎さんを呼びにきただけだよ」

「……分かりました」

 ……少し安心している自分がいた。さっきの矛盾する言動から、あまりこの人と一緒にいたくないなと思っていたからだ。ましてやこの中にいるのも恐らく私の知らない先生だろう。得体の知れない空間の中で、信用の置けない人物が多いという状況は避けたかった。

「終わる頃、また迎えに来るからね」

「はい、よろしくお願いします」

 軽く頭を下げた後、私は振り返らずに階段を登り始めた。

 金属でできているようでいて私の足音は全く響かない。先程登ってきた非常階段とはえらい違いだ。外履きを通して伝わってくる感触も不思議なもので、想像していたような固さは感じられない。

 そうして登りきった先の空間――ドームの中は薄暗くてよく見えない。入ってみるしかなさそうだ。

 深呼吸一つ、後ろを見渡してみる。広がる橙色の空、眼下には高所恐怖症の人が見たら卒倒しそうな光景。ここは給水タンクよりも高い位置にあるのが初めて分かった。

 ……早く用事とやらを済ませて教室に戻ろう。

 もはや私の頭の中にあるのはそれだけだった。


「……あのー、先生に呼ばれて来たんですけど……ここで合っていますか?」

 薄暗い空間を恐る恐る覗き込みながら声をかけてみた。何せ本当に中の様子が分からないのだ。そうする他なかった。呼ばれたとは言え、無許可でズカズカと踏み込むような度胸はあいにく持ち合わせていない。

「合ってるよ、遠慮せずにどうぞ」

 すぐに声が返ってきた。それはいい。普通のことだ。問いかけに対して返事がある。いたって自然なコミュニケーションである。

 しかし、私はその声に聞き覚えがあった。しかもごく最近。……あぁ、また頭が痛い。

「そんなとこに突っ立ってないで入っておいでよ、姉さん(・・・)

 私の弟――木崎太郎が奥の暗がりから姿を現したのだった。



 混乱マックスの脳に反して私の足は前へ進む。

 中へ、中へ……先の見えない暗闇の中へ。

 後ろで何かが閉まる音がした。

 だけどそんなことはどうでもいい。何なんだこの状況は。説明してくれないと全く理解できない。

「これでようやく準備ができたよ。全く……毎度のことながら最初は難儀なことだね。姉さん?」

「――あぁこの役ももういいか。この星について、一通りの知識は吸収できたし、あとは共有すればいい」

「ボクもキミも、もう役割はほとんど果たしている。あとは流れに任せればいいよ。――もう何もしなくていい」


 目の前の弟は何を言っているんだろう。言っている意味がこれっぽっちも理解できない。しかし理解できないがゆえに、私の警戒度は上昇していた。

「えーと、太郎はここで何をしているの……?」

「だからボクは太郎でも二郎でもないんだって。キミの弟でもないし、この星で言うところの血縁関係には当たらない」

「……は?」

 素直にその一言しか出てこなかった。何か悪いものでも食べたのだろうか。それともそういう設定に憧れるお年頃なのか。

「ボクもキミも、ただの成功例。ちょっとしたアクシデントでキミは自我が残っているだけで……え? ちゃんと説明しろ? だってそんなの無駄じゃないか。どうせ結末は決まっているわけだし……」

 会話の途中で弟はあらぬ方向を見つめながら独り言を放っている。

 そうか! これはそういうドッキリ系の出し物か。リハーサルで私が選ばれて、今まさに試されているわけだ。


 そう思いたかった。


「はぁ……分かったよ、分かりました」

 何やら諦めたような口調だ。

 ――突如、眼前に光が広がった。おぼろげだった弟の姿も含め、ドーム内が照らし出される。

 急な明転に目の細胞が驚き、反射的に腕で両目をガードする形となった。恐る恐る利き手を下ろした先には――


 何度か見た弟の姿。それはいい。想定内だ。

 しかし、その彼の後ろにあったもの――それは明らかに異常だった。

 高さだけでも私の三倍はあるかと思われる非常に大きな円柱状の水槽のようなものが置かれている。そしてその中には……これまた表現しにくいのだけど、ウネウネしているピンク色の何かが所狭しと漂っていた。

 ウネウネ……とは別に私の語彙力の乏しさからくるものでなく、本当にそう言い表す他なかったからだ。ミミズのような生き物……しかしはっきりと異なっているのは、それが一本で完結している生物でなく、中心にあたるであろう部分から複数の触手のようなものが伸びており、それらが不規則に動きながら入れ物の中を移動している。それもたくさん。いっぱい。正直に言わなくとも本気でキモチワルイ。生理的嫌悪感を覚える光景だ。

 そして、それ以外のものは何もなかった。

 外から見て、そして中にいる今も感じていることだけど、この球上ドームは相当広い。にもかかわらず、今この空間には、私と弟、そしてウネウネ水槽しか存在していなかったのだ。

 ……やっぱりおかしい。文化祭関係のもの、と頭の中で整合性を保とうとしていた、いや、保ちたかった私だが、こんな展開や光景は流石にぶっ飛んでいる。



「まずは自己紹介をしようか」

 警鐘と頭痛が同時に響いている私に向けて言葉が投げかけられる。

「ボクは木崎太郎……ではなく、キミたちに分かりやすい言葉で表現するなら宇宙人にあたる」

「ボクからしたらキミたちこそ宇宙人なんだけど、まぁそれはどうでもいいことだ」

「……そうだね、別の星で生まれた生命が、長い進化の果てに行き着いた在り方、それがボクたちだ」

 ボクたち、と言うこいつの言葉に合わせて後ろに漂っていたウネウネたちが何かを主張するように淡く発光した。

「環境が違えば進化の過程も異なるんだけど、ボクたちのおおよそキミたちと変わらないような歴史を歩んできた。ただし、その積み重ねた時間に少しばかり差がある。ボクたちはこの星の生命よりもめくった歴史のページ数が多かった。それだけのことさ。何もキミたちが気に病む必要はない。ほら、弱肉強食という言葉をキミたちは使うだろ? 今この場で言う弱者がキミたちで、強者はボクたち。その差はただ重ねた時間の長短のみでどうしようもないことなのさ」

「というわけで、ボクたちはこの星をいただきに来た。正しく侵略者インベーダーだ。星間の距離なんてどうとでもなるくらいの文明力の違いはあるってことだね」

「さて、生命である以上、死である終わりは避けられない。そしてそれを恐怖し、克服したいと思うのが知的生命体だ。キミたちの歴史上にもそういう夢に手を伸ばした過去があるはずだ。そうだろう?」


 何も 答えられない。


「その解決法としてボクたちが選んだのがこれだ」

 後ろ手に親指を差すその先には例のウネウネ。

「まずは生体情報のデータ化に成功した。次の問題はエネルギーだった。いくらデータといっても無限にその状態を保ち続けられるわけじゃない。いつの日か、しかも唐突に終わりは来てしまう。それじゃあここまでやってきた意味がない」

「ラストステップは『寄生』だった。情報の維持にエネルギーが足りないなら他から補えばいい。エネルギーが切れかけたらまた次の宿主を探せばいい。そうしてボクたちは、選ばれた者のみが他の生命を食い潰すシステムを構築し――自分たちの星を滅ぼした」

「ここまで言えば分かるかな? ボクたちは星を渡り、その先の生命に寄生することで命を維持している存在だ。今回はたまたまこの星が見つかったというだけで、ここでなければいけなかった、という理由はないよ」

 言葉はまだ発することができない。しかし何故だろう。こいつの言っていることは難しいことのはずなのに、不思議と理解できてしまうのだ。

「この星に辿り着いたボクたちは、まず先遣隊を放った。一応言っておくと、一発でその星固有の知的生命体に寄生が成功するわけじゃない。むしろ最初の成功率は著しく低い。万の個体を放って一成功するかしないか、だ。そうして成功した個体の情報を分析してボクたちのデータを書き換え、適合できる個体を増やしていく、これがボクたちの生存戦略なのさ」

「そしておめでとう! キミもボクも、寄生が成功した数少ない個体だ。他の宿主は死んだ。だけどそれはボクたちにとっては必要な工程で、とても些細なことだ。むしろ今のキミたちが知らないテクノロジーに触れられたんだ。喜んでもらってもいいくらいじゃないか」


 宿主……? 死んだ……?


「やっぱり微妙な反応なんだね。まぁ仕方ないか。最初に言ったけど、キミはボクと違って元の個体の自我が残っている特例なんだから」

「この星……特にキミのいる国は予想外の事態に対する対応力が著しく低いね。起きた事実を伝えても、慌てるだけで何人も窓口が変わっていたよ。ただし、こちらの望みを伝えたら、その後の段取りはそれはそれは早かった。要領がいいのか悪いのか理解しかねるね」

「寄生が成功した個体の引き渡し。それがボクたちの要求だった。その個体はボク、そして――キミだ」

「それを伝えた途端、喜んでキミを引き渡すと約束してくれたよ。『どうか〇〇だけは〜』なんて他の個体の生死を引き合いには出されたけどそこは快諾したさ。最初は仕方ないけれど、成功例の分析さえできればキミたちは貴重なエネルギー源だ。殺すわけないじゃないか」

「しかし、ここでちょっと予想外のことが起こった。キミが自死を選んだことだ。普通は寄生後ニ、三日でキミたちの自我は消えてなくなるんだけど、その前にキミは自殺したんだよ。寄生という生存方法を取っている以上、宿主に死なれてはボクたちも死んでしまう。寄生直後は不便なことに、エネルギー不足で他の個体に移ることもできない。さぁ困った。せっかくの貴重なサンプルを死なせるわけにはいかない。――どうなったと思う?」


 言葉を 発することが できない。私の脳が……いや、全身の細胞がそれらの役割を放棄しようとしている。


「キミに寄生した個体は、自分の意識を保つため、自我を書き換えるためのエネルギーをキミを生かすことに転用したのさ。結果、キミは命を落とさずにボクらの仲間の意識は消えてしまった。その際にキミも一部の記憶を失ってしまったようだね。――けれど問題ない」

「ボクたちの仲間が一人消えてしまった、それは事実だ。キミの記憶は消えてしまった、それも事実だ。――しかしそんなことはどうだっていい。ボクたちとしては『寄生されて生命を保つことができた個体』のサンプルさえあればよくて、キミは未だその条件を満たしている。ボクたちの計画に一切の問題はないんだよ」

「キミが自死から回復した時、この国から『期日まで拘束を』なんて提案があったんだけど即却下したよ。ボクたちは仲間が寄生した後の日常生活におけるメンタルやバイタルデータが欲しいんだ。そんな状況下でキミは正常なメンタルが保てると思うかい? 全くバカバカしいことこの上ないね」

「というわけで、キミには今日まで可能な限り普通の生活を送れるような環境を『用意してもらった』。記憶の一部を無くしていたのはある意味では好都合だったよ。偽りの家族、存在しない学校やクラスメイト、その他諸々の架空の設定をそのまま受け入れてもらえたんだからね。あぁ、言うまでもなくそれを準備したのはボクたちではなくこの国だ。保身に走った際のフットワークの軽さには全く驚かされるものがあるね」


 何も 考え たく ない。

 何も 聞こ え ない。


「唯一キミを守ろうとしていた人たちもいたみたいだけど、その命もつい先程消えてしまった。実に勿体無い。キミにとって実の血縁、両親に当たる人たちだね。ここを見つけることはできたみたいだけど流石に丸腰じゃどうしようもないよ。この国は銃社会じゃないはずなのに、なりふり構っていられないんだね」

「一応補足しておくならキミは一人っ子で元々弟はいないよ。キミがボクを見るたびに抱いていた感情は『同じ寄生された者同士』という共通性からくるものだ。決して過去の記憶の想起じゃない」


 もはやその場に立っていることすらできない。私はその場にへたり込み、首を垂れる。畏敬の念からではない。もう何も支える力がないのだ。


「これが今キミがここに至るまでのおおよその流れだ。理解できたかい?」


 うん。分かりたくないけど分かる。それは多分私の頭の問題ではなく、私の中にいるこいつの仲間、宇宙人とやらのおかげなんだろうな。

 もう どうでもいいけど。


「キミにはお願いしたいことがある」

 なにを?

「キミのサンプルデータの提供はもちろんのこと、その分析を行っている間、ボクたちはあまり活動できなくなる。そこで、特例中の特例でキミに発現した能力を使わせてもらう」

 よく分からない。

「『(いん)』と『(せき)』。元々ボクたちの種族が持っていた能力だ。あらゆるものを自らに引き付け、また遠ざける力だ。ボクたちは進化の過程で失ったものなんだけど、色々な事象の重なりによってキミはそれを獲得することができた」

「データ解析、寄生の形を再調整した後、ボクたちには新たな宿主が必要になる。既にこの国、この星はボクたちを認識して混乱状態にある。キミのような決断によって個体数が減少していることも把握している。それはボクたちにとって困ることだ。宿主――エネルギー源には生きていてもらわなくちゃならない。ボクたちにとって有益な存在でなくてはならない」

「寄生に必要なだけの個体の確保、それがキミの役割だ。もちろん段階に応じてその数は異なってくるけどね。その力はすごく便利なものだ。ボクたちはそれを失ってしまったことをとても悔やんでいるよ。それが残っていればもっと効率よくエネルギーを確保できるのに、ってね」

「実に素晴らしいことだとは思わないかい? キミはこの星の生命として自我を持ったまま、未知の技術を目の当たりにできるんだ。しかも傍観者ではなくボクたちの協力者として。新たな秩序の誕生を共に喜ぶことができるんだよ!」



 ほとんどが嘘で塗り固められた日常だった。

 あの人たちは嘘の家族だった。

 あの人たちは嘘の先生で、クラスメイトだった。

 ――そんな嘘を与えられて私は喜んでいた。

 嘘嘘嘘――ウソ。



 そんな偽りの世界から私を救おうとしてくれた人もいなくなってしまった。


 もう私には 何もない。

 何も 残されていない。

 この身がどうなろうと気にかけてくれる人は一人もいない。

 そんな世界に――私が生きる意味なんてない。

 そうして気付く。前の「私」がその道を選んだ理由を。だって――今の私も同じ気持ちだから。

 異なっていたのは、前の「私」と今の私で持っているものや失ったもの。それだけのこと。コイツらにとっては吹けば飛ぶ塵程度のものなのかもしれないが、私にとっては違う。


 よくもやってくれたな。――私から本当のお父さんを、お母さんを奪ったな。



 変わっていく。私が違う何かに変わっていく。恨みつらみを幾重にも重ねたドス黒い感情を湛えつつも、それは不思議と心地よく、私の中の迷いを消し去る太陽のように輝いていた。


「……ねぇ、その力ってどうやって使うの?」

「この国の人に教わらなかった? ボクたちとしては不確定要素が強い段階だったから、濫用しないようにお願いしたつもりだったけど?」

 なるほど、ドクターが言っていたアレか。……徹頭徹尾、私の周囲はグルだったわけだ。

「頭で考えるだけでいいの?」

「うん、引き寄せたい、あるいは自分から遠ざけたいものを意識して強く思うだけでいい。最初は慣れないかもしれないけれど、回数をこなせばもっと精密性も増してくるさ」

「そうなんだ……教えてくれてありがとう」

「お礼を言われるようなことじゃないさ。キミにはボクらの役に立ってもらわないといけない。むしろ習熟度を上げてもらわないと――」


 そこから先は言葉にならなかった。


 真っ直ぐに伸ばした私の右手に伝わる感触は人肌のそれ。けれどコイツは弟でもなければ人間でもない。「引」で引き寄せたのだ。なんだ、金属以外もいけるじゃん、あのヤブ医者め。

 ……手元のコレは苦しみながらも何か言いたげな目をしている。けれどさせてあげない。コイツの言葉はもう私には必要ない。

 そういえば「引」は試したけど、もう一個あるんだっけ。「斥」か……ちょうどいいのがここにあるしやってみようかな。ねぇ、自分たちが無くしちゃったものが実は未来で自分たちが滅びる原因となりました……どんな気持ちかなぁ?

 掴んでいた首の力を少し緩める。別に温情からではない。そうした方が都合が良かったというだけだ。狙い飛ばす先は……もう決めてある。

 ――反動は全くなかった。こうだったらいいな、と想像していた角度で「()」は一直線に飛び、水槽のど真ん中をぶち抜いて壁に人型のシミを残した。

「ストライク!」

 厳密に言えば水じゃないんだろうけど、そんなことどうだっていい。撃ち抜かれた穴から、溶液とともに中に漂っていた無数のモノが次々にこぼれ落ちてくる。

「うーん、近くで見るとますますキモい」

 未だ不規則な動きを続けているそれを一つ踏み潰してみた。ぷちん、という小気味良い音と共に中身が張力を超えて飛び出し、やがて動かなくなった。

「やっぱり……キモい」

 ステップを踏みながら四、五個潰したところで少し考える。キリがないし、何よりめんどくさい。


「よし! ふっ飛ばそう!」

 コイツらが視界に入るだけでもおぞましい。だったら全部消し飛ばしてしまえばいい。加減はまだ上手くできないけれど、セーブしなくていいならきっとフルパワーで大丈夫。


 目を閉じて少しだけ考える。

 不思議と頭は冴えている。喜怒哀楽、その一つに限定されず、それら全てが入り混じったような状態に私はとらわれていた。

 全てを理解することができた喜び。

 肉親を殺された怒り。

 全てが嘘だった哀しみ。

 私をこんな状況に追いやったヤツを一方的に嬲ることができる楽しみ。

 全てを自覚していながらも一つの感情に溺れることなく、私の意識はそれら全てを超越していた。


 もっと端的に言えば――全てがどうでもよくなっていた。


「ここはもちろんいらないから決定! あとは……学校もいらないか! みんな嘘つきだったんだし、死んでもいいよね? いや、殺さないと♪ あとは――この街も、今まで見てきたものも、みんな、みーんな嘘で嘘つき。だったら、泥棒さんになる前にいなくなっちゃえばいいじゃん!」


「……なーんだ。全部、いらないね!」


 全力で放った「斥」の力は、私以外のことごとくを可能な限り遠くへ押しやった。まぁ要するにだ、私は私の記憶にある全てのものをもう見たくなかったわけで、気付いた時には見渡せる範囲のほぼ全てが更地になったという結果だけがもたらされた。


「やりすぎた? ううん、そんなことないよね」

「もう私には何もない。失うものも、欲しいものも残ってない」


 元は校舎の一部だったであろう瓦礫にとりあえず腰掛けてみた。放射状に広がり原型を留めていない赤いシミがそこかしこに見られる。芸術を理解しようとも思わないけど、これはこれで前衛的と評価されてもいいんじゃないかな。

 ……さて、ふっ飛ばしたのはあくまで今の私が知っている範囲のものだけだ。この国、あるいは世界全てがグルとなって私を生贄に捧げたのは疑いようがない。なら次に私はどうするべきか。そんなの――決まってるじゃないか。


「とりあえず、こんな世界いらないよね!」



 ……さて、今回の出来事は地球で暮らす人類にとって明確な危機であり、侵略者は強大な敵――「魔王」と例えられてもおかしくない存在だった。

 では、それを倒した木崎明日香は「勇者」なのだろうか。

 歴史とは勝者が作るもの。

 敗者はその権利をもぎとられ、勝者は「勇者」の歴史にその名を刻む。勝てば官軍、負ければ賊軍。

 だけど彼女は名声や栄誉を求めた勝者でなく、故に「勇者」としての名を残すことはないだろう。

 確かに、彼女の行いそれ自体は「魔王」を葬り去った。しかし、それは色んな偶然が重なった結果であり、彼女は決して「勇者」として選ばれたわけではなく、むしろ「魔王」の供物であったのだ。それを知った木崎明日香は自ら望んで世界の敵となった。つまり、人智を超えた人類の敵――「魔王」へと新たに定義されることになるだろう。

 じゃあそんな彼女を倒せたものは……?



「まーたいっぱい来たね。いたいけな女の子に対して全然容赦ないなぁ」

 武装した集団を遠くから見下ろすその目に、何らかの感情を映すことは、もうない。

「……いいよ。暇だから遊ぼうか」

 見据えるのは今この瞬間の敵対者ではなく、もっと先の未来。そのことを考えると私はおかしくてたまらない。



「次は誰が『私』になるのかな?」

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