NN:Sub/”ホームランド”
――作戦の概要を説明する。
まずはこちらを見てくれ。これは六カ月前に撮影した衛星画像。そしてこれが、七十時間前に撮影された画像だ。
場所は中央アマゾン自然保護地域、セクターガンマのA―2区域内。以前から、住民の密漁や焼き畑の報告が上がっていた地域だ。航空写真を見ればわかるが、この区域に、違法な開拓の痕跡が発見されている。まぁ、これだけならうちに話が回ってくることはない。せいぜい、森林管理局かサツの仕事だ。だから、回ってくるということはそれなりの厄介ネタだったって言うことだ。
これは三二時間前に緊急で行った航空偵察の画像。欠損したデータの中から、いくつかのみが復元できた。空軍が飛ばしたUAVの画像だ。見ての通り、区域から運び出されているものがある。IRステルスシートの幌を付けたトラックが五台。別角度から撮った写真が、これだ。
ああ、そうだ、ギリギリ射角が通った。幌の内側に積み込まれていたもの。各種波長を通したフィルターでの分光解析も済んでいる。
奴らは、密林の真ん中にクソデカいコカイン畑を作りやがったらしい。
言いたいことはわかる。この規模のコカイン畑、半年で出来るようなもんじゃない。事実、六カ月前の衛星写真には影も形もなかった。だから、当局は最初ただの畑だとすっかり思い込んでいたさ。
だが、お前らの隣で眉間に皺寄せて聞いているお友達、NSAの奴らが、メキシコからアメリカに密輸入されているコカインの流入ルートをたどった結果、我が国にたどり着いた、という訳らしい。そうして、NSAの奴らが行った『大掃除』の時期と、このクソみたいな畑がデイワークで作られた時期は一致している。
ここまで言えば察せると思うが、NSAの連中は、その『大掃除』で逃げ出したゴミ共がうちに居ついたと考えているらしい。だが、そうなると厄介な問題が浮上してくる。
こいつらは、『大掃除』で運よく生きて豚箱に入る羽目になった連中の、収監写真だ。
ああ、そうだ、エルフだよ。
知っているさ。今のエルフ共はアイルランドで王国作ってスローライフ、こんな密林でヤク作りには縁がある訳ないだろって?
それを確かめるのも、今回の仕事だ。
航空写真で確認できる限りだが、連中はコカイン畑を重武装して防衛陣地を作り上げている。確認できたのは、重機関銃座の付いた櫓がここと……ここ、そしてここの、計三か所。そして哨戒の歩兵にはアサルトライフルを持たせられているから、それなりの重武装が予想される。
そして一番厄介なのは、これだ。ZTL―15。奴ら、どういうルートから手に入れたかは知らんが、中共の機動戦闘車を持ってやがる。これが一番の厄介なものになるだろう。現時点で確認できているのは二輌。APSなどの追加装備の有無はここからじゃ確認できなかったが、主砲と同軸機関砲だけで十分な脅威だ。加えて、この画像を撮影した直後、UAVは撃墜された。高度12,000フィートを飛行していたのに、だ。このことから、連中はこれ以外にも強力な対空火器を備えている可能性がある。それが対空機関砲、もしくは対空レールガンの類だった場合、水平射された際の脅威は前述の機動戦闘車を超える。
そこでだ、今回の作戦において、NSAの他にももう一つ、支援が存在する。
今回の問題にエルフが関わっているとどこから嗅ぎつけたのかは知らんが、ユニオンが協力を要請してきた。あいつら、一体どうやって知ったのか……。
まあいい、ユニオンが食えない連中ってのは前世紀からは何も変わらん。重要なのは、ユニオンが今回の作戦において、協力を申し出てくれたくれたってことだ。生憎大規模な支援は条約と理念とやらで出来ないらしいが、俺たちにとっては文字通り守護天使だ。
ASM―23、イシスティア巡航ミサイル。お前らにとっては『クッキーカッターシャーク』の方が聞き馴染みがあるだろう。そうだ、キーロフ級を文字通り叩き割った、例のアレだ。あいつを積んだ艦載機が二基、作戦期間中にローテーションで作戦エリアを射程に収め続ける。こっちの電話一つで、コカイン畑に100ポンドのポリ窒素弾頭をぶち込むことができるって訳だ。ピザの宅配よりよっぽど早く、だ。これを活用しろ。連中に大きな痛手を浴びせられるのは確実だ。
作戦は夜間。ブラックホークの超低空飛行で進入。目標の手前500メートルで降下し、3チームに分かれてそれぞれ銃座を破壊後、本部と思われるこの建物を制圧、対空兵器を無力化しろ。のちに続く確保・占拠部隊の先駆けとなる。即応性が求められる関係上、CASは多くは用意できないがアパッチ一機と空兵隊のドラゴンが出撃予定だ。柔軟に活用しろ。
最後に、この作戦に関して、政治屋と法律屋からは『可能である場合にのみ逮捕』との指示が下っている。
敵戦闘員の生死は問わない。繰り返す、敵戦闘員の生死は問わない。作戦目標の確保を最優先しろ。
ブリーフィングは以上だ。各員健闘を期待する。
>>2070/8/12/2:00
>>アマゾン川上空250フィート・中央アマゾン自然保護地域セクターガンマ・A―2区域
>>ブラジル連邦軍警察・麻薬取締機動部隊 アレハンドロ“ウォートホグ3”カイネス伍長
>>オペレーション“ナイトハウンド”
ヘリのローターが引き起こす振動が、身体を揺らし続けていた。アレハンドロは、自身のギアの最終チェックを騒音の中行い続ける。イヤーマフを通過してくる騒音にも、もう慣れた。
「アレハンドロ!」
向かいの、日に焼けたいかつい軍曹がアレハンドロに向かって叫んだ。彼の声は、ヘリの音の中でもはっきりとアレハンドロに聞こえるほど、大きく、そしてはっきりとしている。
「はっ!」
「今回の作戦では、敵にデカ物が配備されているのは知っているだろう! 頑丈な貴様だが、100ミリに耐えられるとは思うな!」
「了解!」
アレハンドロ、彼はブラックホークの機内で狭そうにしながら、声を張り上げた。
暗い機内を、一瞬月光が照らす。彼の姿が暗闇で浮かび上がる。
がっしりとした人影は、身長二メートル近く。暗緑色の、対爆防護スーツを原型に装甲を追加した『ジャガーノート』スーツ。手元には黒く反射を抑えるように塗装され、ピカティニーレールにスマート・ホロサイト、アンダーバレルにフォアグリップを取り付けた、カスタムされたラインメタルMG3軽機関銃を持ち、バックパックにベルトリンクが伸びている。胸元にはグレネードが3つ、ベルトで固定されており、左肩から胸元にかけて大きな鉈が鞘に収まっている。
彼の顔が月光に照らされる。緑色の肌、口から獰猛に伸びた牙、尖った耳、豚の様な鼻。顔は物々しい戦化粧で彩られ、茶色のショートモヒカンがヘルメットの下で蒸れている。
アレハンドロは、オークであった。
アレハンドロにとっては、あのアパートの二階の広いとは言えない家が、あの摩天楼を遠くに臨める古びた住宅街が、ブラジルが、地球こそが故郷だった。
父親の話は何度も聞いたことがあった。30年前の戦争のときに、異世界からこの世界に流れ着いた。クソみたいな世界から、多少はまともなクソであるこの世界に。部族の仲間と一緒に。はじめは受けいれられず――当然だ、こんな見た目で当時現れていたら、それは警戒もするだろう――、迫害を受けた。
だが、父たちは辛抱強かった。
辛抱強く、現地に溶け込み、人と人の間に入り、そうして、人間の母と出会った。そうして産まれたのが、アレハンドロだった。つい先日、任務の合間に帰省した家での団欒を思い出す。多くの兄弟、父親がサッカーのテレビをつけようとして、母親にどやされる。温かいフェイジョンを食べ、酔った親父がテーブルで寝て母親が毛布をかける。
それが、父たちがたどった道の、行く先だった。
アレハンドロは、気を引き締める。エルフ共が何をたくらんでいるのかは知らないが、コカイン密造は国家に対する重大な犯罪行為だ。彼は、父たちがたどった道の先を行くものとして、あの光景を守りたくて軍警察に入ったのだ。
これ以上好き勝手はさせない。
「降下まで20秒!」
ヘリパイロットが叫ぶ。アレハンドロはスーツのフェイスガードを下ろす。どこか、髑髏にも見えなくもない仮面のようなフェイスガードをもって、彼は歩く城塞と化した。内側のARディスプレイに、方位や位置などの最低限の情報が表示される。
ぐん、と身体にGがかかる。超低空を真っすぐ飛んでいたヘリが急旋回し、速度を一気に落とした。ドリフトするようにして水平速度を殺し、即座にホバリングに移る。ドア横で待機していた隊員がヘリのスライドドアを開けると、降下用のロープがするすると下に伸びていく。隊員が鬱蒼と茂るジャングルの中へ伸びたロープの先を、薄く緑に光る暗視ゴーグルで確認する。
「降下! 降下!」
ぞろぞろと、暗緑色の戦闘服を着た隊員がラぺリングして地面に降り立っていく。アレハンドロが、自分のハーネスをロープにかけ、宙に足を投げ出す。ヘリが彼の重量で、一瞬ぐらりと揺れた。ロープを伝い、ぐんぐんと高度を落としてジャングルの森の中へと降下していく。フェイスガードの内側を、生暖かく、湿った空気が撫でた。
アレハンドロの頬を、光が撫でた。
『RPG! RPG!』
インカムで叫ぶ声が聞こえる。次の瞬間、ごう、と熱を感じるとともに、彼の身体が大きく横に揺さぶられる。反射的に上を見ると、赤い炎を上げるブラックホークの姿。パラパラと金属片が墜ちてきて、ヘルメットや胴に当たって鈍い音を立てた。垂れさがったロープは蛇の様にうねり、そのたびにアレハンドロは高波の海に放り出されたかのように左右上下へ大きく揺さぶられる。
ええい、ままよ、とアレハンドロはロープを握る手を緩めた。がくんと彼の身体が揺れ、そしてわずかな浮遊感と同時に視界が上に滑り落ちていく。視界が一瞬で緑に、黒に飲まれていく。
どしん、と重い衝撃と共に、アレハンドロは半ば落下するような形で地面に降り立った。すぐさまロープから離れると、大きくうねりながらロープが空へと吸い込まれていく。鞭の様に、木の枝に当たるたびにへし折りながら、ロープを引きずりながら炎を上げるブラックホークがよたよたと離脱していった。
「全員そろっているな」
ブルパップ式の、フォアグリップと、サイレンサーを付けたMDR―2アサルトライフルを構えた隊長――ウォートホグ1が言う。
「ウォートホグ2」
「ウォートホグ3」
「ウォートホグ4」
隊員たちが次々に叫ぶ。どうやら、全員無事に降りられたらしい。
「全員そろっているな。 HQ、こちらノーマッド3隊、全員降下」
『こちらHQ、ノーマッド3隊の無事を確認した。ノーマッド1、2も同様だ。引き続き、作戦を継続せよ。ブラックホークが対空砲火で被弾。一度ヘリ部隊を下がらせた。対空陣地をどうにかしない限り、CASは継続できない。銃座と対空火器を潰せ』
「ノーマッド3、了解。 行くぞイノシシ共」
隊長に続いて、密林を進み始める。アレハンドロはヘルメットに取り付けられた暗視スコープを下ろして、視界を確保する。ジャングルの草は行軍を遮るが、同時に姿を隠してくれる。身を低くして、草の影に紛れる。他の隊員が人間の中、一人オークのアレハンドロも、その巨体をできる限り低くして草に紛れ込む。そうやって、コカイン畑へと近づいていく。
「っ!」
隊長が何かに気付いてハンドサインを上げる。『伏せろ』。咄嗟に全員が身を下げると、ジャングルの中を照らすサーチライトの光。淡く輝く弾跡が頭上を飛び越えていく。
「銃座に見つかっている!」隊長が叫んだ。「ウォートホグ3! 押さえつけろ!」
同時に、ハンドサインで合図。ウォートホグ4、5、側面に移動して狙撃。
「了解!」
アレハンドロがMG3を伏射で構えた。草の茂みから最低限だけ身を出し、安全装置を解除する。照準モード、スマート。AR視界に仮想的な射線が表示され、暗視ゴーグルをつけてスコープが覗けない中でも彼はそれを用いて照準を行える。アレハンドロは、木々の向こう。激しく煌めく発砲炎に、それを向けて引き金を引いた。
電動のこぎり、と呼ばれるほどの発射速度で、7.62ミリ弾が放たれる。銃口に取り付けたマズルブレーキもそうだが、アレハンドロのオークの膂力で反動を無理矢理押さえつけ、火線が銃座を叩き続ける。時折休みを挟みながら、射撃を続ける。時折、隠れながら売ったのだろうか、近くの木の幹や地面を銃弾が叩いた。
『こちらウォートホグ4、5、配置についた』
「ウォートホグ3、合図と同時に射撃やめ!」
そう言った次の瞬間、森を照らしていたサーチライトが次々と消えた。ガラスの割れるような音が響き、そのたびにひとつ、また一つと光源が消えていく。
「3、2、1……いまだ!」
アレハンドロは引き金を引くのをやめた。小さな音を立てて薬莢が転がっていく中、しんと静まり返った森の中で、視界の向こう、アレハンドロが制圧射撃を行っていた櫓の上の銃座で、何かが動いた。
次の瞬間、櫓で鈍い音が響く。暗視ゴーグルの視界の中で、櫓から何かが飛び散るのがかすかに見えた。
『ウォートホグ4、銃座を制圧した』
「よくやったウォートホグ4、5。そのまま場所を確保、支援狙撃に移れ。残りはついてこい。もうすでに気づかれているだろう。時間との勝負だぞ」
隊長が進むのに一斉に続く。周囲を警戒しながら、森の中を早歩きで抜けた。
「こいつは……」
アレハンドロが思わず小さくつぶやいた。森の一画、サッカーコートの倍はあろうという面積が切り開かれ、一面のコカイン畑になっている。
「奴ら、一体どんな手品を使ったんだ?」
ウォートホグ2が言うのに、アレハンドロはフェイスガードの内側で小さく汗をかいた。
「どんな手品を使ったにしろ、連中をここで仕留めておかないとまたこのコカ・フィールドが作られることになる。急ぐぞ」
隊長はコカイン畑の中を通ることを選択。随分と成長したコカインの葉は密集していて、うまい具合にこちらの姿を隠してくれた。
「くそ、このコカイン、どう見ても半年で伸びる長さじゃないぞ」
「やってもないのに、頭がくらくらしてきそうだ」
ウォートホグ2と6が、忌々し気につぶやく。
畑の中を、静かに進む。他の所の銃座も同時に制圧が終わっているようで、遠くからエルフの物と思われる声がかすかに響いてくるだけで、こちらの存在には感づかれてはいなさそうだ。コカイン畑は間を縫うように土を固めただけの道路が張り巡らされていて、赤い土が踏み固められていて、何度もその上を通ったことを物語っていた。できるだけ道路から離れつつ、コカインの木の間を進む。
遠くからエンジン音。
「止まれ!」
小声で、隊長が叫んだ。一斉に止まり、静かに姿勢を低くする。
エンジン音が近づいてくる。ディーゼルエンジンの、唸り声の様な音。タイヤが地面を蹴りつける音。コカインの木の向こうからでも存在が伝わってくる。
機動戦闘車か。
アレハンドロは自身の呼吸を意識した。深く、静かに、なめらかに。機動戦闘車の後に続くドタバタとした足音がいくつも響く。口々に何かを叫んでいるが、その内容はわからない。スペイン語でもポルトガル語でも、英語でもない不明な言語。おそらく、エルフの言語だろう。喧騒が過ぎ去り、再び静寂が戻ってくる。
「今の、聞いたな?」
隊長が小さくつぶやく。ウォートホグ2が反応した。
「ああ。聞いたことない言葉だ」ウォートホグ2は、エルフたちが去っていった方向を気にしつつ、押し殺した声で言う。「何を言っているか、解ればよかったんだが」
部隊はコカイン畑の中を進む。ここまでに来る間に対空火器のそれを見なかったのが気になっていたが、他になんの障害にも接することはなく建物に到達する。
建物は、小さな工場のそれの様だった。だが造りは全体的に雑なのが見て取れる。アレハンドロが銘一杯押せば、そのまま倒壊してしまうのではないかと思われるような粗雑な造り。屋根のトタンなどの部品はともかく、柱や窓枠などは木でできている。
「ノーマッド3、目標に到達」
隊長が通信機に向かって言う。アレハンドロたちは、コカインの木の間に隠れつつ建物の様子を伺い続ける。目標は静かだ。灯りはついていない。すぐに、ノーマッド1と2も建物の周囲に到着した。
「機動戦闘車が戻ってくる前に建物を制圧する。対空火器を排除しない事には、ヘリによるCASができない。歩兵だけであれを破壊するのは無理だ」
『ノーマッド1。屋外にそれらしきものは見当たらない』
『こちらノーマッド2。こちらも見つけられない』
『こちらHQ、携行火器の可能性もある。注意しろ』
ノーマッド1、2、3はそれぞれブリーフィングで確認した出入口へと進む。アレハンドロは自身のMG3をバックパックに懸架。ホルスターからサイレンサー付きのピストルを取り出した。部隊員も入口の横にぴったりと身をくっつける。
「ウォートホグ3、突き破れ」
アレハンドロは隊長の指示に従い、扉の横まで足音を消しながら寄り、壁に背をつけて拳銃を構えた。隣にいる隊員の肩を叩き、それを隣の隊員がまた隣の隊員に行い、ブリーチングの合図を伝える。
アレハンドロは、片足の後ろ蹴りで扉を力いっぱい蹴りつけた。蝶番が外れる破砕音。同時に、部隊が屋内になだれ込んだ。暗視ゴーグルでしか見えない暗闇の中、部隊が建物の中をクリアリングする。
「クリア」
敵はいなかった。入った場所はコカインの加工場の様で、鍋やらコンロやらが、無造作に並べられている。床らしい床はなく。地面が続いていた。
「ノーマッド3、建物内に敵影なし。このまま屋内を捜索」
足音を殺しながら工場内を進む。不気味な静けさだけが周囲を包んでいた。
唐突に、ピンが外れる音。気付いたのはアレハンドロだった。
「グレネードっ!」
咄嗟に叫ぶ。次の瞬間、暗視ゴーグルの視界の中何か小さな塊が飛んでくるのが見えた。
「っ!」
全員が床に、機械の影に、棚の下に。一斉に滑り込む。
轟音が、辺りに鳴り響いた。
加工途中だったと思われるコカインの白い粉が舞うのが視界の端に見えた。耳鳴りがする中、何とか顔を上げると、わらわらと工場の機械の影からアサルトライフルを構えた人影が次々とこちらにそれを向ける。
「コンタクト!」
隊長が叫ぶ。同時に、アレハンドロは拳銃を真っすぐ、こちらに銃を向けていた人影に向ける。引き金を引くと、鈍い、空気が抜けるような音。人影が崩れ落ちる。
狭い室内で、銃声が鳴り響いた。音が重いが、先程までではない。AKか? とアレハンドロは思考の片隅で思いながら、ホルスターに拳銃を戻して背後のバックパックに懸架していたMG3を引き抜く。
隊員は、それぞれ別々の機械や棚の影に隠れながら応戦を続けているが、内部構造を把握している分向こうの方が有利だ。こちらを制圧射撃しつつ、別の人影が視界の端へ動いていくのが見えた。
「隊長! 制圧します!」
「よしウォートホグ3、やれぇっ!」
そう言われた瞬間、アレハンドロは遮蔽から飛び出し、MG3を腰だめに構えた。視界には、ARの照準表示。
引き金が引かれる。重い音と共に7.62ミリNATO弾が毎分1000発の勢いで斉射され、遮蔽ごと敵を薙ぎ払っていく。横に薙ぎ払う様に左から右へ、銃口をゆっくりと動かした。敵もやられっぱなしではない、果敢にもライフルを構え、アレハンドロに向けて発砲する。しかし彼のジャガーノートスーツの、カーボンマイクロスケイル装甲はアサルトライフルの銃弾をいともたやすく弾き返した。スーツの装甲表面で火花が幾重にも散り、次の瞬間には敵兵は銃弾の雨に貫かれて物言わぬ肉塊と化した。
「前進! 前進!」
アレハンドロの突貫に続いて、隊員が遮蔽から遮蔽へ、移動しながらじわじわと相手を囲い込んでいく。かろうじて顔をのぞかせた敵兵を、まるで機械の様な精密な射撃で反射的に他の隊員が射殺していく。すぐに、工場内で動いている人影はいなくなった。
「ブラジル連邦警察だ! 麻薬密造の疑いで逮捕する! 抵抗すれば命の保証はない!」
隊長が、建物の奥に向かってアサルトライフルを構えながら叫ぶ。本来であればそのまま突入してからの制圧でもいいのだが、降伏勧告を行わなくてはいけないのは連邦警察としての義務だった。屋内からの返答はない。
沈黙が、周囲を包み込む。
「……沈黙は、否定とみな――」
「オルグェ! レヴォ、レヴォ!」
隊長が突入を支持しようとした瞬間、奥から人影が飛び出してきた。咄嗟に引き金を引きそうになるが、彼が持っていたライフルを上に掲げ、両手を上げていることで踏みとどまった。案の定というべきか、彼が持っていたのはAKの模造品。
「待つ! したがう、したがう!」
カタコトのポルトガル語で話すそいつは、金髪碧眼の、髪を乱雑に切ったエルフの男だった。建物の奥に警戒を続けつつ、ウォートホグ6が彼を捕まえ、結束バンドで指を後ろ手に縛って地面に転がす。痩せたエルフの男は、あっけなく地面に倒れ込んだ。
「繰り返す、降伏しろ!」
隊長が叫ぶ。緊張が部隊の間に漂う中、建物の奥からぞろぞろと人影が現れる。皆、痩せたエルフで、男だけではなく女も、中には子供と言えなくもない見た目のエルフもいた。アレハンドロは少し驚きながらも、両手を頭につけて地面に伏せるようにMG3をつきつけながら言う。
「並べ! 一列にだ!」
想定外の人数に驚きながらも、隊は中から出てきたエルフを一人一人、結束バンドで縛り上げていく。
「こちらノーマッド3。建物の中の連中を確保した。ああ、そうだ、エルフ共だ」
『HQ、了解した。対空火器は見つかったか?』
「ネガティブ。こちらでは見つけられなかった。生憎捕囚が多い。こちらは動けないと
思ってくれ」
『了解した、ノーマッド1、2、引き続き捜索を――』
唐突に、HQとの通信が途切れる。続いて聞こえたのは、耳障りな雑音。アレハンドロは思わず首を小さく窄めると、MG3を構えながら周囲に気を配る。
何が、あった?
轟音と共に、壁が爆ぜた。
視界が、戻ってくる。頭がガンガンと痛む。だが痛いということは生きているらしい。手と足の感覚が戻ってきて、ベルトリンクをたどって手元に転がっていたMG3をつかみ取る。
『ノーマッド3! 何があった! 応答しろ! ノーマッド3!』
聴覚が戻ってきたが、インカムの通信が上手く聞こえない。ようやく音の内容を把握できるようになって、銃声で聞こえなくなっているというのに気づく。
「HQ! こちらノーマッド3! ツングースカだ! 奴ら、ツングースカ対空戦車なんてもんをもってやがった! 航空支援を!」
地面に、床にぴったりと伏せながら隊長が叫ぶ。次の瞬間、聞こえてくる銃身の回転音。
空気が、咆えた。
口径23ミリの曳光焼夷弾が、毎分5000発という勢いで工場に向けて放たれる。一瞬で工場の上部構造物が文字通り消し飛び、吹き飛んだ屋根と梁の構造体が燃えながら飛び散る。
『巡航ミサイルによる航空支援を開始する! 着弾まで5、いや3分だ、持ちこたえてくれ!』
アマゾン上空。高度35,000フィート。
ユニオンの主力戦闘機、F/A―M28“ブラックオウル”戦闘機が、静かに空を切り裂き、地上の様子をうかがっていた。
「どういうことだ? 麻薬組織が対空戦車だと?」
後席のFOが前席のパイロットに向けて困惑の声を上げる。HMDモニタの中、表示された情報は不可解そのものであった。パイロットは、ブラジル軍HQからの要請に答えつつ、機首を作戦エリアへと向ける。
「だが、対空戦車ならやりようはある。クッキーカッターを、PRMモードで発射しろ」
「ラジャー。クッキーカッター、シースキミング、PRMモード。MWデコイは5秒に設定。ガイダンス入力完了、シーカーオープン」
「レイジ1、マグナム。マグナム」
レイジ1が、操縦桿のウェポンリリーススイッチを押す。機体下部のウェポンベイが
開き、そこから扁平な、細長い形をした物体が空に放り出された。
――ASM―23“クッキーカッターシャーク”イシスティア巡航ミサイル。
角ばったコバンザメの様な、上下非対称な構造のそれは、後部のターボジェットエンジンに点火。淡い飛行機雲の功績を残しながら地面に向けて真っすぐ降りていく。地面まで500フィートほどまで降下したところで、それは緩やかに水平飛行に移り、指示された目標へと亜音速で飛翔をし続ける。
ミサイルのシーカーは、目標がサーチライトの様に放つ電波の、おぼろげな輪郭を、その名の如くサメの嗅覚の様に敏感なセンサーで感じ取っていた。
「ミサイルが来るぞ! 着弾地点はA2の39! 3分だ! それだけ持ちこたえてみせろ!」
「無茶を言いやがる……!」
アレハンドロは、自身の上に乗っかっていたエルフの肉塊をどかしながら叫んだ。23ミリを食らえばこうなるという現実が、そこにはあった。舌打ちをしながら、ゴロゴロと随分風通しの良くなった工場内を転がって壁際に寄る。
ツングースカが、対空機関砲を放つ。今度は縦凪ぎに、建物の正中線に沿って射撃を行った。土煙が盛大に舞い、視界が遮られる。
「今だ! 走れ! 屋内に避難しろ!」
隊長が叫ぶのと同時に、一斉に隊員が屋内に駆け出す。他の隊員の後に続いて、アレハンドロも屋内に駆け込んだ。
「走れ走れ走れ!」
目標を見失ったツングースカは、闇雲に砲撃を開始する。何本も火線が建物を貫き、そのたびに木材が爆ぜてアレハンドロの装甲服やヘルメットを、砲弾の破片と一緒に叩く。アレハンドロの目の前を、火線が撫でた。崩れ落ちる構造物。アレハンドロはそれに巻き込まれる。
「ぐ、おおおおおっ!」
転がって材木の山に押しつぶされることは避けたが、仲間と分断される。一瞬足が止まった瞬間に、再び横凪の斉射。咄嗟に後ろ向きに倒れると、顔のすぐ上を轟音と共に火線が過ぎていった。
『ウォートホグ3! くそっ! 分断された――新手か、くそっ!』
息が荒い。心臓が跳ね続けている。死んでたまるか、と己を鼓舞させ続けるが、このままこの状況でいたら心は折れるのではないだろうか。どこか兵士としての自分がそう冷静に判断する中、ふと、ツングースカの砲撃がこちらを撃っていないことに気付く。次の瞬間、ごう、と屋内を照らす熱。
「……っ!」
窓だったであろう隙間から慎重に外を覗いたアレハンドロは、息を詰まらせた。
ドラゴン――空兵隊の奴だ――が、ツングースカに狙われていた。いや、後方で待機していたはず。そうなると、あれは俺らを助けに来たのか。得意の榴弾砲の様なドラゴンブレスは狙いをつける間もないのか、ツングースカの対空砲火の間をかろうじて縫うようにして空を飛んでいる。しかし時折砲弾が身体を掠め、その鋼鉄以上の強度を誇る体表の鱗を小さくだが、確実に削り取っていっている。
「――くそっ!」
何か、できることはないのか。アレハンドロは考える。ツングースカまでは50メートルもない。だが、その砲身は確実に後ろを向いている。
考える間もなく、彼は走り出した。屋内を飛び出て、真っすぐツングースカ対空戦車へ。対空戦車が、アレハンドロに気付くが遅い。アレハンドロは強引に対空戦車の屋根へよじ登ると、ハッチにMG3を突きつけた。
「くそったれえええええ!」
引き金を引いた。足元で盛大に火花が飛ぶ。対空戦車とはいえ、腐っても装甲車。貫通はさすがにしない。しかしゼロ距離で放たれる毎分1000発のフルメタルジャケット弾は、確実に表面の装甲を削り続ける。そうして銃身が赤熱し、ベルトリンクの最後の一発が放たれたとき、キン、と甲高い音が鳴った。
アレハンドロはMG3を投げ捨てる。ツングースカは必死にアレハンドロを振り落とそうと、砲塔を旋回させるが、アレハンドロがハッチの蓋に手をかける方が先だった。MG3の至近距離の斉射。銃弾にして400発近くの射撃を受けたハッチのボルトの一部がはじけ飛び、開閉機構が歪む。彼が力いっぱい、自身にかかる遠心力も加えてハッチを引くと、ハッチは二枚貝のように強引にその口を開けられた。
「これでもくらええっ!」
アレハンドロは胸元の手りゅう弾をベルトごと外し、真ん中の手りゅう弾のピンを抜いた。それを投げ入れようとして――中から伸びてきた腕に、首を掴まれた。
「ぐううっ!?」
「“死ねっ! 野蛮人めぇっ!”」
戦車の中から乗り出してきた人影に焦点を合わせる間もなく、アレハンドロはツングースカの砲塔後部のレーダーマストを蹴ると、体重と力を加えて人影を押さえつける。人影が何やら叫ぶ中、無理やり押さえつけたその隙間から、手りゅう弾のベルトを中に放り込んだ。人影もそれに気づいたのか、しかしアレハンドロが身をよじってツングースカから転げ落ちたのに引っ張られ、共に外へ、地面へ転がり落ちる。
直後、ハッチから轟音と共に爆炎が立ち上った。
やった。そう思った次の瞬間、人影がアレハンドロの上に馬乗りになってきた。その手に持つのは――剣? 真っすぐ突きつけられたそれの切っ先が、光る。
「う、おおおおおっ!」
その切っ先を、咄嗟に身を捻ってアレハンドロは躱す。喉笛を目指して突き下ろされようとしていた剣は、ジャガーノートスーツの胸部装甲に斜めに当たり、ガリっと音を立てて地面に突き刺さった。その一瞬の隙をついて、アレハンドロは自身に馬乗りになった影ごと上体を起き上がらせる。オークの膂力を持って行われる、強引な体術。上体の人影がバランスを崩したのと同時に、自由になった右腕で顔面に一撃を叩き込んだ。
「ぐ、おおっ」
人影がうめき、のけぞる。その隙に、アレハンドロは人影の正中線に向けて右足で蹴りを叩き込んだ。大きく後方に吹き飛ぶ人影。しかし、地面を数度転がると、なんと立ち上がって見せた。アレハンドロも立ち上がると、ホルスターから拳銃を引き抜いた。
それは、エルフの女だった。
まだ少女とも呼べなくもない様な若さで、独特の模様が入った、動きやすそうではあるがすっかり汚れ、錆が目立つ、どこかかわいらしさや華やかさと言った印象が目立つ白い軽鎧を身に着けている。今も彼女の右手に握られているのは、先程アレハンドロを突き刺そうとした装飾の付いた、どこか歴史を感じさせる剣。
彼女は、先程アレハンドロが入れた一撃によって鼻が折れたのか、ぽたぽたと血を垂らしていた。ただそのエメラルドグリーンの瞳だけが、まるで野犬の様にギラギラとアレハンドロを睨みつけている。
アレハンドロが発砲。次の瞬間、彼女の輪郭が淡く輝くと、その姿がブレた。まるで密林に潜むジャガーの様に、鋭い動きで常に拳銃の照準から逸れてアレハンドロに急接近する。その刃の先端が、弧を描いてアレハンドロの首に迫る。
それができたのは、咄嗟のそれであった。首と剣の間に、左腕を滑り込ませる。装甲と剣がぶつかり、盛大に甲高い音を立てた。切れなかったことに小さく驚きつつも、一瞬のうちに剣を滑らせて真っすぐ剣先をアレハンドロに向ける。剣と装甲がこすれて、盛大に火花が散った。
鋭い突きがアレハンドロの、顔面へと放たれた。先程と同じように何とかそれを回避するも、フェイスガードが真ん中から割れることになった。沈黙した画面と、小さな視界は最早ただの邪魔にしかならないが、悠長に外している余裕はない。彼はそのまま雄叫びをあげ、姿勢を低くしながら前に突進を行った。何かを跳ね飛ばす感触。がっちりと腕でそれをホールドし、そのまま走り続けて建物の壁に自分ごと叩きつける。
「がはっ……!」
アレハンドロと壁。二つの巨大な質量に盛大にサンドイッチされたエルフの女は苦悶の声を上げた。鈍い音。どこか骨が折れたのかもしれない。アレハンドロは右手にかろうじて握っていた拳銃を見えない視界の中、目の前のそれに押しつける。
無我夢中で引き金を引く。ぱん、ぱん、と乾いた音が響き、鈍い音が響いた。
「があああああああっ!」
エルフの女が叫びながら剣をアレハンドロの頭に振りかぶった。剣筋も何もない、鈍器として用いた横殴りの一撃。メットの中で頭が揺さぶられ、よろめいて地面に倒れ込んだ。フェイスガードが衝撃で、外れて飛んだ。ようやく戻ってきた視界。咄嗟に振り向くと、その先ではエルフの女が脇腹を抑えてよろめいていた。
『ウォートホグ3、デンジャークローズ! 繰り返す、ウォートホグ3! くそっ!』
インカムから隊長の叫び声が、どこか遠くに聞こえる。
「ぐっ……! はぁ、はぁっ!」
咄嗟に拳銃を向けようとして、右手にそれが収まっていないことに気付く。どうやら殴りつけられた時に思わず跳ね飛ばされたらしい。だが相手は手負い、こちらはジャガーノートスーツを着ているのなら、無理やりにでも押さえつければ。いや、まずは逃げなくては、コカイン畑から反対へ、相手がひるんだ今なら――。
横から強烈な光が当てられる。思わず腕で顔を隠してしまい、それでしまった、と思った次の瞬間には、アレハンドロにとびかかる影。肉食獣の様に胴体から後ろに回られ、腕で首を絞められる。その細腕に似合わぬ、万力の様な力。
「“オークだと……!?”」
視界の隅に見えた対空戦車のライト。いつのまに起動していた? 彼は女を殴りつけるが、無理な姿勢と首を絞められていることによる意識の混濁で上手く力が入らない。そんな中、エルフも、アレハンドロに何度も殴られ、暴れられながらも決して首から手を離そうとしない。血流が遮られ、意識がだんだんと薄れてきて――。
――強烈な雑音が、インカムから鳴り響いた。
「っ!」
意識が最後の力を振り絞って覚醒する。首をばねの様に動かし、エルフの女に向けて後頭部で頭突きをかました。鈍い音。
「どぉうりゃあああああっ!」
温かい感触が頭に点々と飛び散る中、強引にエルフの女を背負い投げで振り落とす。背中から地面に叩きつけられそうになった彼女は、半ば衝撃を殺しきれずに地面に転がる。転がった先には、アレハンドロが先程落とした、拳銃。
「っ!」
鉈に手をかけるアレハンドロ。地面の拳銃に手が届くエルフの女。
閃光。熱。衝撃。
意識が暗転する。
――ASM―23“クッキーカッターシャーク”イシスティア巡航ミサイルは、アマゾンの熱帯雨林の上空たった百数十フィートを亜音速でとびぬける。目標へのファイナルアプローチ。ミサイルのターボファンエンジンがひときわ強くいななくと、大電力がミサイルの先端、その角ばったコバンザメの様なレドーム内へと供給された。ミサイルの中枢CPUは対空戦車の物と思われるレーダー波をパッシブモードで探知。同時に、複数の電波発信源を探知した。着弾地点を、入力された着弾位置からそれらすべてを加害半径に納められる位置に微調整。動翼が動いて、ミサイルの進路をかすかに偏向する。ターゲットへ向けて指向性の強いECMを開始。強烈な電波ノイズが、着弾地点のあらゆる電子的照準システムを狂わせる。
最終アプローチ。ミサイルはまるで吸い寄せられるかの様に、目標へと亜音速で冷酷に突入した。
弾頭の内部の、50キロのポリ窒素爆薬。TNT換算にして10トンにもなるその炸薬が、一斉に化学反応を起こす。電子励起状態により無理矢理ポリ構造に押さえつけられていた窒素原子が、数ナノ秒のうちにそのエネルギーを余すことなく解放した。
巨大な炎の花が、咲く。
衝撃波が周囲のあらゆるものを粉砕していく。着弾地点に一番近かった装甲車は、まるで見えない巨大なハンマーで横から殴られたかのように大きくひしゃげ、内部の弾薬に淫かして爆炎の一部となった。もう一台の戦車も、ラグビーボールの様に縦に回転しながら吹き飛び、コカイン畑の端のジャングルの木をいくつかなぎ倒し、フロントから地面に突き刺さった。内部に死体を詰めた棺桶になっていた対空戦車も、爆風で上部構造体を薙ぎ払われて横転させられる。着弾地点近くにいたエルフは、人型すら残らない。
破壊の嵐が過ぎ去っていく。飛び散った破片やえぐり取られた土砂が、雨の様にパラパラと、時には燃えながら落ちて行く。コカイン畑は、火の海になっていた。着弾地点には幅30メートル、深さ10メートル近いクレーターだけが、静かに口を開けていた。
意識が、戻ってくる。
耳鳴りが酷い。ゆっくりと五感が戻ってくると、自分はまだ五体満足でいることに気付く。どうやらだいぶ吹き飛ばされたようだ。おそらく、かつては工場だった瓦礫の上に大の字で仰向けに倒れ込んでいたらしい。対爆スーツさまさまだ、とアレハンドロは思いつつも、最初からこれを撃ち込んでいればよかったのでは? と軍警察にあるまじき発想に至った。小さくかぶりを振りつつ、自分の上に乗った瓦礫や土を払いつつ、立ち上がる。
コカイン畑は、すっかり火の海になっていた。『クッキーカッターシャーク』の爆発で起きたキノコ雲が、夜空を不気味に照らしながら立ち上っている。パラパラと、遠くで銃声のようなものが散発的に聞こえる。
アレハンドロは、最早無用の長物と化し、クッションとしてその最後の役割を果たしたバックパックだったものを下ろし、周囲を警戒しながらゆっくりと、広場だった所――もうすっかり周囲の景色は一変していて、元がどんなものだったかはわからないが――に、歩み出る。
そうして、そこに力なく横たわる、一つの人影を見つけた。先程までやり合っていた、エルフの女。燃え盛るコカイン畑に照らされて、こうしてじっくり見るとまるでハイティーンの学生が好む、日本のマンガやゲームに出てくるような、エルフの姫騎士の様でもあった。
もう、生きてはいないだろう。
そう思って、ゆっくりその人影に近づこうとした、その瞬間だった。
「嘘だろ……」
人影が、動いた。
よく見ると、人影の輪郭がうっすらと緑に輝いている。ぶつぶつと、何かシャーマンの呪言のようなものをつぶやいている。すっ、と掲げられた右手に、まるで植物の蔓が絡み合うように光の筋が伸びて、剣の様なものを描き出す。
妙に育ちのいいコカイン畑、こういう手品だったのか。異世界から持ち込んだ技術。まだ生きているそれを扱えるとは。エルフの女――騎士が、弱く、淡いその光の剣を正面に構える。アレハンドロはヘルメットを脱ぎ捨て、左手で鉈を引き抜いた。柄頭に小さく結びつけられた、オークの一族に伝わるお守りが、揺れる。
二人同時に駆け出す。上段から振り下ろされた光の剣。それを鉈の腹で受け止めると、りん、と弦をはじいたような音が響く。アレハンドロはそのまま鉈で剣を横に払いつつ、開いた右手でエルフの女騎士の襟をつかむと、地面に引き倒そうとする。しかしそれを読んでいる様に、女騎士は彼に足払いをかけた。脛当て同士がぶつかり、密着距離だった二人が再びお互いの間合いの外に出る。
じり、じり、とお互い円を描くように動く。お互いの獲物を自分の正面に構えたまま、一瞬たりとも相手から意識を外さない――その、はずだった。
「ウォートホグ3!」
隊長の声が響く。エルフの女騎士の意識が、それた。アレハンドロは弾かれたように動いた。きつく鉈を握りしめ、横薙ぎに振るう。女騎士が一瞬それに気づくが、かろうじて光の剣を軽く動かすことしかできない。
光の剣と、鉈が盛大にぶつかる。光の剣は、まるで下草が払われるかのように、もろいガラス細工を殴りつけたかのように、あっけなく砕け散った。同時に、淡く輝いていた彼女の輪郭の光が、最後の力を使い切ったかのように、消える。
「……」
エルフの女騎士が、そのままへたり込む。がっくりうなだれる彼女に、鉈をつきつけながらアレハンドロは彼女を見据え続けた。燃え盛る一面のコカイン畑が、二人を照らす。
「……殺せ」
小さくエルフの女騎士が呟いた。どこか片言さが抜けきってはいないが、流ちょうな英語。アレハンドロは、それはできない、と英語で返す。
「俺たちは軍警察だ。可能であれば、確保する様に命令を受けている」
「……はは、オークが騎士で、私は野盗、か」
ぞろぞろと、ノーマッド3の部隊が集まってくる。ヘリの音も遠くから聞こえ始めた。両手を頭につけたエルフたちが、他のノーマッド隊に銃を向けられながら広場に集まってくる。
「……オークよ、教えてくれ」
エルフの女騎士は、アレハンドロに語り掛ける。彼は、何も言わない。
「私たちはどこに帰ればいい? 異郷の地で、どこにも馴染めず、受け入れることも受け入れられることもできなかった私は、皆を、どこへ返せばよかったんだ……!」
絞り出す様に、懺悔するように言う彼女。
「やったんだ、必死に。だけど結局、先祖から受けついだ技を使ってまで麻薬を作り、野盗まがいのことを行って――エルフの、誇りも、伝統も、すべて……!」
「――それは、これから考えるんだな。少なくとも、あんたはまだ生きている」
エルフの女騎士が、隊員の一人に手錠をかけられる。その間、彼女は一言もしゃべらなかった。
ヘリが飛んできて、辺りをライトで照らす。アレハンドロは、ずっと握りしめていた鉈をふと眺める。柄頭にぶら下げられた、動物の牙と、いくつかの石を削って紐で並べた、一族のお守り。アレハンドロは、何も言わずに鉈を鞘に仕舞う。ヘルメットを拾って、広場に着陸した迎えのヘリへと歩いていく。仕事は、終わりだ。
実家が、どこか無性に恋しかった。
―
――
―――
30年前、世界中に異世界に繋がるゲートが開いた。ゲートの向こう側は、滅びゆく世界だった。
ゲートから難民が押し寄せ、やがてゲートは閉じた。難民は、混乱の中にあったこの世界をさらなる混乱へと叩き落した。
混沌が秩序へと結晶化し、世界は復興へと歩み出した。
しかし、そこには見えないが、明確な境界線が引かれていた。
この世界へ馴染めたもの。
そして、ついぞ馴染むことができなかったもの。この世界の『人間』に、なれなかったもの。
彼らは今でも、どこにもない故郷を探し、世界の裏でさまよっている。
>>ブラジリアン・タイムス 2070年8月号 コラム”増加する非帰化異世界民による犯罪”より抜粋