婚約破棄され、国外追放されてしまった私の妹
読んでいただきありがとうございます。
適当設定ですので、頭をゆるーくして読んでいただければ。
また、前作を読んでいただいたり、評価、ブクマしてくださった方、
ありがとうございました。
「シェリルが婚約破棄されただと!?」
数日ぶりに我が家へ帰ってきた私を迎えたのは、最悪な知らせだった。
青褪めた妻から渡された手紙は、確かに妹の自筆であり、詳細に且つ簡潔に物事が記されていた。王都の学園で勉学に励んでいるはずの妹が、婚約破棄され、既にこの国にはいないという事実を。
謂れのない罪を着せられた妹は、婚約者の第二王子から糾弾され、衆目環視の中で婚約破棄され、更には国外追放を言い渡されたという。
しかも、国王陛下や王太子となる第一王子が隣国の王の即位記念式典で留守にしていたせいで、ことは誤ったまま、迅速に為されてしまった。
手紙は、他の貴族からのうんざりするほど大量の茶会の招待状や、さして緊急でない商談の手紙などにひっそりと紛れ込んでいたという。こんな最重要案件が、届いてから一週間も過ぎてから私の目に触れるなど。
せめて直後に知っていれば、手の打ちようもあったろうが、今ではもう遅すぎるだろう。
『――とはいえ一応は王子の命令ですから、隣国へ追放されてしまえば、しばらくお兄様達にお会いすることもできないでしょう。
不出来な妹をお許しください。どうぞ、アメリアお姉様と、ソフィア、オリバーを大切になさってね。
お祖父様、お祖母様にも健やかにお過ごしくださいとお伝えいただければ幸いです。
離れていてもお兄様の愛する妹、シェリルより』
そう結ばれた手紙は、私を衝撃の渦へと突き落とした。
ところどころ、涙が落ちて滲んだような手紙を茫然と見つめることしか、できなかった。
この涙は、確実に嬉し涙だろうとの確信はあったが。
どうして、こんな事態になるまで放っていたのか。妹の頭脳と手管を持ってすれば、そんじょそこらの甘ったれ顔だけ王子など、掌の上でころころ転がす玩具に等しい。婚約破棄、ましてや冤罪をかけられての断罪など起きるはずもない。
もし、妹の本意でないことを第二王子がしでかそうとしたならば、それを企てた時点で、社会的にも精神的にも物理的にも地獄に落とすことができるだろうに。
いや、待て。
「追放の先は、隣国のアスールだと書いてあったが……あいつ、アスールの海が目当てでわざと国外追放に乗っかったか」
傍らで一緒に手紙を覗いていた妻が神妙に頷く。お茶の用意をして佇んでいた侍女も執事も同じように頷いていた。
この事態は私にとって突然の出来事なだけで、妹にとっては予定調和の一つなのだろう。私が領地の視察に出ている時期、そして両陛下、王太子殿下の留守に合わせて事が起きたのが何よりの証拠だ。
それに、不自然なほど目につかないような地味な手紙で報告してきたことも。せめて、我が家の紋章や封蝋が使われていていれば、私が留守だとしても、家を任せている妻か執事がすぐに気付いて知らせてきただろう。
だが、予定調和だとして、ここまで事を荒げる必要はあったのだろうか。
「わざわざ国外追放の形をとらなくてもなあ。隣国へどうしても行きたかったならば、すぐに手配して、あのぼんくら王子の有責でこちらから破棄して自由にしてやったというのに」
「よほど、第二王子殿下のことが腹に据えかねていたのでしょうね。ただの婚約破棄ぐらいではおさまらなかったぐらいに」
「――十中八九、そうだろうな」
私が溜息を吐けば、
「シェリルは何度も王子を窘めていたと聞いておりますもの。素直に言うことをきくような御仁でしたら、今頃ただの婚約解消で、傷は浅かったでしょうに。冤罪で辺境伯令嬢を追放したなんて、さすがの王家でも厳しい対応をとらねばならぬでしょうから」
妻が穏やかな笑顔で毒を吐いた。
もともと、我が家は第二王子と妹の婚約には乗り気ではなかったのだ。
早くに両親を失ったものの、辺境の砦といわれた戦神のような祖父と、領地経営の女傑と呼ばれていた祖母によって、私と妹は、何一つ不自由な思いをすることなく育てられた。辺境のため魔物を狩ることが日常であったりはするが、領地は豊かで何の問題もない。
まだ年若い私が家督を継いでからも、経営は順調だ。
それに、妹は幼い頃から頭脳明晰で、誰も思いつかないような突飛な発想をしては、領地への貢献をしてくれていた。ここ数年では、妹が発案した温泉を中心とした保養地の観光が我が領の目玉であり、大きな財源となっていた。
おかげで、国から独立してもやっていけるんじゃないかと囁かれるほどの、王国一の領地に成長してしまった。
世間でそうは言われていても、我が家は代々、辺境でのんびりと暮すのが性に合っている。華々しい王都の貴族的な生活には全く興味もなく、ましてや、王家と縁を結びたいなどとは露ほども思っていなかった。
だが、五年前、身分を隠して保養地に遊びに来ていた第二王子が、妹を見初めてしまったのだ。
妹は、一目惚れだと王子から結婚を請われた時すげなく断ったのだが、改めて王家として打診されてしまえば、断りづらい。
恐らく王家は独立が囁かれるほどの我が家を上手く取り込みたかったのだろう。婚約の話は驚くほど素早く進められた。
どうやって断れば角が立たないか迷っている私に、家のことを考えるなら受けるしかないでしょう、そう妹が決断してくれたけれども。
「ああ、やはりあの時、しっかりと断っておけばよかったのだ。シェリルは、怒って帰ってこないかもしれん……」
「旦那様は、お嬢様にいつでも婚約を解消なさっても良いと仰っておりましたから、案ずることはございませんよ。それに、冤罪だということは国王陛下がお戻りになれば、明らかにされることでしょう。すぐに、お嬢様の名誉は回復されますよ」
「そうですわ、あの子のことですもの。全ての手は打ってから、旅立ったことでしょう。手紙には、しばらくと書いてありますし、隣国を気がすむまで満喫すれば戻ってきますわよ」
執事と妻の慰めに、それもそうかと思い直した。
しかし、実際問題、妹が青春を謳歌できる五年間を無駄にさせられたのは、許しがたい。
あの顔だけ上っ面王子は、妹を手に入ればそれで気が済んでしまったのだろう。妹がわざわざ王都の学園へと入学したにも関わらず、ほとんど妹と顔を合せなかったという。
王子妃としての教育を受けるため、王城へと登城してもお茶の一つも誘われなかったらしい。
五年前はあれほど情熱的に口説いてきたというのに、それを王子は愚かにも忘れていた。いや、忘れていただけならまだしも、記憶の改竄までしてしまったらしい。
周囲へは妹が王子に惚れこんで、言い寄ってきたと吹聴していたという。それに、貴族も庶民も、未婚も既婚も問わずに、次々と手をつけるという女癖の悪さは評判になっていた。
あまりに浮名を流す王子へ苦言を呈する妹を鬱陶しく思っていたらしい。これみよがしに人前で妹を罵倒することさえあったという。
ちなみに、現在は“真実の愛”を見つけたとかで、男爵家の令嬢に夢中だということも調査で分かっている。
これらは、妹につけていた護衛を兼ねた従者から月に一度届いていた報告書の内容だ。
全て、協力的な学園の生徒や教師たちから入手した情報だという。
妹は、シェリルは、学園では秘かに月の女神と呼ばれ、多くの生徒たちから慕われてたらしい。
美しく煌めく銀の髪に、凪いだ湖面のような深い青の瞳。
いつも穏やかな微笑みをたたえ、物静かで声を荒げることもない。洗練された仕草は指先一つまでたおやかで、思わず見惚れてしまうとのことだった。
美しさや地位を鼻にかけることなく、誰にでも分け隔てなく接している妹の評判は素晴らしく高かった。更には、学年一の才女でありながら、皆へと自身の知識を惜しみなく与え、試験の頃になれば、希望者を募って教室で勉強を教えていたという。
男子生徒からも、女子生徒からも称賛の声が多く、王子に虐げられた悲劇の婚約者の役に立ちたいと次々に情報を教えてくれたというわけだった。
最初の報告を聞いた時には、思わず飲んでいた紅茶を吹き出してしまったものだ。
妹の猫かぶりは子供のころからの筋金入りだが、王都では更に念いりなのだなと感心しつつも、王子のあまりの態度に我が家としては、即刻婚約を解消し、厳重に王家へと抗議するつもりだった。
だが、妹が止めたのだ。
「一度は、縁あって婚約したのですもの。 もう少し、頑張ってみますわ」
領地へ戻ってきた時に、辛くないかと心配した私に、そう妹はあっけらかんと答えたのだ。
「それに、王都一の学園は設備が色々と整っていて。滅多にお目にかかれない稀少本が図書館に揃っていますのよ。全て読み終わるまでは、領地へ帰れませんわ」
ああ、図書館が本当の目的だなとは思ったものの、妹の力ならば自力で解決できるだろうと、それ以降はまかせっきりにしていた。
定期的な報告を受け、動向は常に探っていたが、度胸も知恵も皆無な王子に、まさか婚約破棄をするほどの気概があるとは思っていなかった。“真実の愛”の相手の男爵令嬢は、庇護欲をそそる見た目に反して、随分と強かで計算高いようだという報告があったから、そちらに唆されたのかもしれない。
望んだ婚約ではなかったというのに、何をしても許されるほど愛されていると勘違いされ、次々と浮気相手を変え、遂には“真実の愛”を手に入れたなどと、王子が寝言を言いまくっている状況は、どれほど悔しく惨めだったろう。
いや、妹のことだから、王子が何か言ってきていても、ただの騒音と片づけ、目にも耳にも入っていなかった可能性が高いが。
だが、それでも請われて婚約したのだから、妹も思うところはあったのだろう。途中から、王子を窘めることは諦めていたようだし、愛は欠片も無かったようだが。
辺境に住んでいる我が家ですら、王子の動向は掴めていたのだ。王家も事実を把握していただろうに、放っていたのは何事だ。
妹の計算通りであろうことはとりあえず胸にしまって、王家へは、我が家からの調査書も併せて提出し、断固抗議させて頂こう。
どれだけ誠意を見せて頂けるのか、今後の王家との付き合いを図るのにもちょうどいい。
王領になっているあの土地を盛大にぶんどろうか、街道と運河の主導権を王家から我が家へ移させるか、それとも辺境警備のための砦の改修費を国からもぎとろうか――いくら領地が豊かだとはいえ、金はいくらあってもいい。妹がこんなにも良い舞台を作ってくれたのだ。これを活用しなければ、戻ってきた妹から今度こそ怒られてしまう。
せいぜい、我が家の評判が落ちない程度の慰謝料をたんまりと頂かなければ。
「王都へ向かう、今すぐに」
数日ぶりの我が家で落ち着く暇もなく、私は旅立った。王都を脱出し、隣国へ向かった妹とすれ違いに。
読んでくださった方、評価ブクマしてくださった方が前作たちよりも増えており、嬉しい限りです。ありがとうございます。次回も頑張ります。
追記:皆様のお力添えにより、ランキング入りすることができたようです。本当にありがとうございます。