まったく才能の無い村人Aを〈勇者になれる〉と信じ込ませ、追放したギルドマスターのオレは実は魔王でした。さあ、かかって来い。最強勇者よ!!
「セイッ…!! ヤアアッッ!!」
「そうだ、その調子だ」
ここは最後の国、ルフレーヌ王国の近くの隣接する森林。あたりは真っ暗になり、月が昇る頃。
そんな中、ギルドマスターのオレと村人の彼女は剣の稽古をつけていた。
「よし、今日はここでおしまい。 また明日…と言いたいところだが」
「はあ…はあ…」
10年前。まだギルドができる前から、手塩をかけて勇者にさせるべく彼女を育ててきたオレ。
当時は5歳だった彼女も、もう15歳になる。ずいぶんたくましく成長したものだ。
「キール。 お前には後でみんなと話し合いたいことがある。 これを片付け終えたら、宿屋にこい」
「はい。 カシマ先生…」
2時間後。宿屋についたオレとキールはギルドのメンバーと共に、夜遅く話し合いすることとなった。
その議題は、〈誰を追放するか〉についてだった。
「オレは最強の剣聖だから、このギルドには必要不可欠だろ? それよりも、まったく才能の無いただの村人のキールを置いている意味がわからない」
「そうよ。 私なんて、有能な黒魔術師なんだから追い出される理由はないわ。 追放するのはその薄汚い小娘で決定よ」
「全くもって同感ですな。 私も聖職者の端くれ。 神のご加護が聞こえます、キールを追い出すべきだと」
「ま、待ってください!! 私にも、勇者の才能があります! きっとこれからいっぱいユニークスキルだって…」
キールは物悲しそうにオレの方へと顔を向けて訴えてくる。だが、今は本当のことだ。
オレは彼女に向けて、顔を横に振った。
「残念だが、これで決まりだな。 このギルドから追放するのは、キールにする」
「そんな…今までの努力は一体…カシマ先生」
「お前に目をつけたオレにも悪いところはあったが、そうだな。 何度でも同じことを言おう。 お前にはまったく才能はなかった。 それだけのことだ」
キールの表情は曇り始め、挙げ句の果ては悲しみに顔を歪ませた。
でも、これでいい。全ては計画通り。
オレは、ギルドマスター。勇者と偽り、人の姿をした魔王なのだ。
だが、それも全ては世界の平和のため。
モンスターの歴史は長く、この戦争を始めたきっかけを作ったのもオレだったし、長きにわたる戦いの歴史の中で無数の人間を殺させてしまった。これはオレのただの罪滅ぼしだ。
今度は、オレが先導して死ぬことで、人間社会にも平和が訪れることだろう。
彼女を追放することでその長年、培ってきた力と眠っているスキルをいつか発揮できると見込んでのことだった。
キールにも才能が無いわけじゃ無い。今はただの村人だが、あと3年もすれば立派な勇者になれることをオレは知っていた。
翌日。朝になってギルドのメンバーはさっさとキールを宿屋から追い出すことにした。
「痛いっ!!」
「うるせえ…このゴミ女が。 今までギルドを散々、引っ張ってきやがって。 これでせいせいするぜ」
「そうね。 この先、最初の村に戻るとしても、最悪のモンスターがうじゃうじゃいるわ。 あんたのレベル10ぐらいじゃ、のたれ死ぬわね。ざまあみなさいな」
「ああ。 神よ。 この小娘にさらなる厄災を。悪運をもたらしたまえ!」
ギルドのメンバーがおのおの、キールに罵倒した言葉をかける。
「これは最後のせん別だ。 勇者のオレが昔、装備していたさびた剣だ。 せめてもの報いだ。 お前にはこのさびたゴミがお似合いだろうさ」
地面に押し倒されたキールと共に、さびた長い剣を投げ捨てるように渡す。
あのさびた剣は、持ってる者のチートスキルを覚醒、勇者として力を目覚めさせる伝説のオリハルコンの剣なのだ。その剣にあらゆる付与魔法を付けて、のちに、解放されるように仕込んだ。
そして、彼女はその剣と力でもって、私に立ち向かい。私を打ち負かしてくれるだろう。
「この報いは…必ず」
「ああ。 返せるもんなら返してみろ。 今のお前にできるもんならな」
***
それから、3年経った頃だった。
SSS級のギルドであるオレら以外に、それと同じくらい強い最強ギルドが出始めたという噂を聞いた。
きっと、チートスキルを覚醒させた勇者になったキールの集団だろう。そんな気がした。
「クッソ!! これじゃあ、オレらの面目も丸つぶれだぜ」
「なんで、あのキールが〝真の勇者〟として、世界中であげ祭りられているの? あのザコかった小娘がなんで…」
一方、オレらのギルドはモンスターの討伐クエストの数が激変して、身動きが取れない状態にいた。
それも全て、キールが所属するギルドが8割のモンスターを討伐しきってしまったからだ。
「こんなはずじゃなかったんだ。 このまま世界最強のギルドになれるはずだったんだ…でも、キール1人追放しただけで、こんなことになるなんて」
クエストで金銭を稼げるわけでもなく、ただただ生活だけが苦しくなっていく一方。堕落し、落ちぶれたギルドの姿がそこにはあった。
***
「カシマ先生。 ずいぶん落ちぶれたんですね。 このギルドは」
「そうだな。 それもこれもお前たちのせいでこうなったんだよ。キール」
「当然の報いです。 そして、その報復としてここで決着をつけにきました」
「ギルドといっても、もう誰もオレ以外いない。 ギルドとして形が残ってるだけさ」
「先生。 行きます」
「殺しに来る覚悟で、来い」
「そのつもりです!!」
昔、ルフレーヌ王国の近くの森林で剣の稽古を付けていたのが懐かしく思える場所で、オレとキール率いる最強ギルドとの戦いが始まった。
「遅いな。 脇が甘い!!」
「私も勇者になれたんです。 せめてもの報いとして見せてあげましょう」
キールは勇者であるチートスキルを使い、自分のあらゆる能力を付加し続けた。
剣術:999
守備:999
拳術:999
魔法:999
回復:999
防具:999
それ以外にもたくさんの数えきれないステータスを上げて、オレに向けて剣術を仕掛けてくる。
目にも止まらぬ速さ。長らく戦ってなかったオレにとって限りなくエッジの効いた攻撃だった。
「これで最後です」
「クッッ…!!?」
瞬間、避けきれない彼女のオリハルコンの一撃が迫ってくる。走馬灯が頭に流れていく。
長い銀色の髪をした幼いキールのことや、今まで自分を信じていった人間たちのこと。
全てはこの日のためにあったのだと確信した。そして、ゆっくりと目を閉じる。
自分には感じた。死の予感とやらが、迫ってくるとわかった。
「先生が魔王だってこと、昔から気づいてました。 だからこそ、この世界の思い無駄にはしません。 さようなら、カシマ先生。 ずっと好きでした」
オリハルコンで胸を引き裂かれる間際、彼女の口からそう聞こえた気がした。
のちに彼女、キールは魔王を倒した勇気ある〝真の勇者〟として長きにわたり讃えられるだろう。
そんな彼女の姿を想像しては、目を閉じたまま、ゆっくりほくそ笑んだ。