はじめまして、おとーさん
義父が消えてから数日が過ぎたが、義父が帰ってくることはなかった。
天使か何かに義父は迎えられたのかと思うと同時に、義父の死を確認すらしていない私はどこかで義父が生きているかもと悲しい幻想すら抱いていた。
だが、幻想は幻想。
還らぬ義父を永遠に待つよりも、これからの事をした方が義父も喜ぶだろうと思うと行動を開始した。
まず、始めたのは義父の遺品の整理だ。
私の住んでいるツリーハウスの中には私も中を見たことがない場所がある。
それは義父の昔、旅をしていた時の旅道具をいれているという倉庫だ。
義父に何度か入室を願い出たが色々と危険な物があるから駄目と言われ続けた部屋でもある。
義父がいなくなった今ではそれを止める人などいない。
「おとーさん。もう、私も大人だよね? だから開けてもいいよね?」
義父はいないのだが、いつもの癖で何もいない空間にそう質問してしまった。
少し虚しくなってしまったが、気を取り直して
「そうしたら早速、鍵を探しますか」
倉庫に入るために倉庫の鍵を探さなければならないのでツリーハウス内に鍵が無いか探すことにした。
鍵についてはどのような形状だったかは、義父の部屋に入りたくて入りたくてしかたがなかった私はよく覚えている。
鍵の色は稀少金属である緋緋色金を思わせるような、燃えるような赤色。
形状は鍵の持ち手に竪琴のような金色の甘美な装飾がついていた。
そんなわけで色々と探してみた私だが、どこに見当たらなかった。
最後に残った部屋は義父が故郷にある「タタミ」というものを再現して貰ってた、「ワシツ」という床にそのタタミというものをひいてもらった部屋だ。
ワシツに入ると、なんとも言えない草のよい香りが私を包み込む。
このままタタミに横たわり寝てしまいそうになってしまったが、本来の部屋に来た目的を思いだし、周りを見渡す。
すると、部屋の中に机のような物が設置されていることに気づく。
その机の引き出しを開けると、ペンや羊皮紙などに混じって、先ほど言った赤色に輝く綺麗な鍵が鈍く光輝いていた。
ハンカチで埃を落とすと鈍い光が暖かみのある光へと変化し、鉱物であるはずなのに日溜まりのような熱さを感じた。
その鍵に思わず見惚れつつも、私は倉庫の前まで移動した。
そしてその鍵を鍵穴に入れガチャリと回し、扉を開けて早速、中に入ると……
「き……虚空間設置魔法! ! ?」
この部屋に施されていた高位魔術に思わずすっとんきょうな声が出るほど驚いてしまった。
虚空間設置魔法。
それはこの世界でも一握りの限られた魔術師にしか出来ない高位空間魔法。
この魔法は対象の空間の軸をねじ曲げることで、物理的に部屋を拡大、縮小することが可能な魔法である。
普段は遺失魔法とすら呼ばれる高度難解術式である為、ある場所といえば魔皇七大星時代の大型遺跡やそれこそ王城などの歴史的建造物でしか見ることは叶わないような魔法である。
私も父から魔術書を買って貰い、少し勉強していたので大抵の魔法は唱えることはできないが大抵の魔法は知っていた。
しかし、生まれてこの方遠くに出かけるとしても森を出て三時間程にある小さな町にしか出かけた事がない私には到底生では見たことなどない魔法だった。
そんな魔法が父の倉庫にはかかっており、そこには大広間に使っても問題ないくらいの大きな部屋が広がっていた。
「義父が勇者であったことは嘘ではなかった……」
しかし、義父が言っていた仲間の中に魔術師はいなかったはずだ。
旅の途中、もしかしたら高名な魔術師に会っていてこの部屋に術でも施してくれたのかなと思ったその時、私はツリーハウスを建てた直後の記憶を思い出した。
~回想~
「おとーさんすごーい! ! ! ツリーハウスだよ、ツリーハウス! ! !」
「そんなにララノアに喜んで貰えるとは建てたかいがあったよ」
「だから二人でこんな綺麗なお家を建ててくれてありがとうと言おうか。ありがとうガリアード」
「ガリアードのおじちゃん、ありがとう」
「おじちゃんって俺はドワーフだからそんな年じゃまだないんだが、そう喜んで貰ったなら職人冥利につきるな」
「だが、それでもまだ大事な仕上げがあるんだろケンジ?」
「あぁ、その為にわざわざ遠い森から来ていただくからね」
「おとーさん? 誰か来るのぉ?」
「あぁ、私がララノアと出会う前に知り合った、友人と呼べばよいのやら、師匠と呼べばよいのやらという仲の良い知人が来てくれるんだ」
「おとーさんのお友だちが来るの? おとーさん楽しみだね」
「あぁ、久しぶりに会うから私もすごく楽しみにしている」
「正直、迷いの森の人食い魔女と呼ばれるあの魔女と知り合いと聞いたときは不味い麦酒の飲みすぎかと疑ったが、それが本当だと聞いたときは思わず青くなっちまったぜ」
「まぁ、あんなところに住んでいるからそんな噂がたってしまっただけで、実際に人間を食べたりは多分しないよ」
「多分って、せめてここは食べないと言い切ってほしかったな・・・」
「にしても、人食い魔女は二mを越え、見た目は緑子鬼のように醜く、しゃがれ声で大型犬すらも怯えて狂死するって話だがよく話しかけようと思ったな」
「迷いの森の魔女……いや、ミカ導師はそのような方ではないよ、色白で大変美人な方だったよ」
「ところで? 本人がいる前で言えた事に私は敬意を称するよ、多分謝っといた方がよいよ」
「へ? まっ……まさか……」
ガリアードはギギギギギと壊れたブリキの玩具のように後ろに首を回す。
そこには色白のこの世の物とは思えない絶世の美女がいた。
だが、その美女はどこか魔性の雰囲気を漂わさせて、色白の顔を吊り上げガリアードを睨み付けていた。
「誰が緑小鬼で、犬を狂死させる声をしている化け物だって?」
品はあるが、ブリザードのような凍てついた声に、ガリアードは己の過ちに震え上がった。
ケンジもまた、人食いのところを否定していなかったのに気づきこちらも少し震えた。
「おねーさん? おとーさんのおともだち?」
「おや? この子がケンジの言っていた、エルフの娘さんね、ちゃんとお姉さんと呼ぶ辺り教育がされているじゃない」
「ありがとう、おねーさん」
「どうもいたしまして、可愛い娘さん」
「さて、ガリアードさん? 術式をかける所を教えてくれるかしら?」
「あぁ……あ、案内する……」
「いつまでもビビるんじゃないよ、ほら早く連れていきな」
そしてミカさんになかば引きずられながら、ガリアードさんはツリーハウスに連れていかれた。
~回想終了~
そうして、思い出した幼少期の記憶に私は驚いた。
ミカ導師。私も魔術歴史書でも見たことがある大魔導師である。
その年齢は種族の妖蛇族の平均寿命の二百歳を軽く凌駕し、その事から魂を喰らう白蛇とも呼ばれている。
魔術歴史書には百年ほど前に遣えていた王国を去り隠居したと書かれている方が、まさか生きていて、父の知り合いだったとは夢にも思わなかった。
そんなことに気づきつつ、部屋を改めて見直す。
見渡した部屋には数々の金銀財宝がきちんと整理され、飾られていたり棚に収納されていた。
その豪華爛漫さは、素朴な暮らしをしていた義父と結びつかず困惑する気持ちが沸き上がってきた。
「父のこと何にも私は知らなかったんだ」
いつも私に優しく話しかけてくれたおとーさん。
いつも私を愛してくれたおとーさん。
でも、それは義父の本当に一面でしかなかった。
義父のことを理解できていなかった。
それは私にとって心苦しいものだった。
義父のことをもっと理解したい知りたい
きっとこれは恋にも近い感情だろう。
義父がいなくなってから気づいたこの感情。
甘く虚しい今気づいてしまった切ない感情。
「おとーさん。愛しているよ」
ずっとずっと、義父に言えなかった言葉。
私をずっと愛してくれた義父に対しての言葉。
それから私は義父が使用にしていたであろう、大事に大事に保管してあった旅道具一式を眺め
「はじめまして、おとーさん」
私の知らなかった義父に改めて挨拶をした。
そして、私はひとつの決意をした。
「おとーさんのこと、もっともっと知りたいな。
だから私は義父さんと旅をすることに決めたよ」
これは、私の知らなかった義父に対しての誓いの言葉。
「おとーさんが私に会う前に出会ったこと、見たこと、感じたことを私に教えてほしい」
まるで、義父と私のデートみたいだなと、思ってしまった私はきっとおかしい人なんだろう。
でも、おかしくても構わない、愛した人と旅が出来ると思えるならこの寂しい思いも安らぐであろう。
そして私は旅の準備をすることに決めた。
この部屋からは四次元バックと多量の金銭、魔法の魔術書、地図、後、父が使っていたと思われる琴を持ち出すことに決めた。
四次元バックは義父のこの部屋に私の旅した思い出を思い出せる物を多く置けるように全て収納出来るように。
多量の金銭は、私だけでは行ける場所が限られそうなので、冒険者や馬が雇ったり、借りたり出来るように。
魔法の魔術書は旅の途中、冒険者雇えなかったりした場合に少しでも私だけで冒険を可能に出来るように。
最後の琴は義父の形見になるようなものが欲しかったからだ。
そして、部屋から出ると鍵を閉めてドアを見つめる。
次に入るときはきっと旅から戻ってきた時であろう。
「この家はアヤメさんに管理を頼もうかな?」
ツリーハウスを放置して旅に出るわけにもいかないので、アヤメさんにたまに掃除をしに来てもらう事を頼んでみよう。
ならば、アヤメさんの家に向かおうと玄関に向かおうとしたその時
「すいません、ここにララノア殿はいるか?」
見知らぬ女性の声が玄関の外から聞こえた。
こんな森の中で来客は珍しいので、思わず扉を開けていないにも関わらず身構えてしまう。
だが、次の言葉には私は別の意味で身構えてしまうことになる。
「ケンジ殿の旧知の仲である、スーザン・ライオンハートというものだ。娘であるララノア殿がいればドアを開けてほしい」
そう、義父の昔の女が家に訪ねてきたのだ。