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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ 西の王国テルーナ編 ~
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第5-1話 魔力は蜜の味


 エメルに香油を渡して1週間が経った。

 その間、エメルは仕事で一度も家には戻ってきていない。すぐに香油を売り出せるよう手配すると言っていたため、そろそろ準備も進んで売り出されるのではないかとソルティアは考える。


 仮にも自分が丹精込めて作った香油だ、どのように売られるのか多少は気になる。それに、もしかしたら首都に行けば金銭でのやり取り以外で、新薬を手に入れられるのではないかと思い至った。



 そんなこんなでソルティアは今、テルーナ王国首都ガランドにいる。

 ここ1週間、新薬のことばかり考えていたせいで、半ば催眠にでもかけられたかのように首都までやってきた。行き交う人々の姿を見て、ハッと気づく。


(人がいっぱいだ。うぅ、気持ち悪くなってきた…)


 1か月と半月前の自分に言いたい。人間との交流に疲れて街での便利な生活を捨てたソルティアは、1か月ちょっとで首都に赴いていますよ、と。


 自分にこんな無謀な一面があったなんて思わなかった。

 師匠との旅では、基本的に無鉄砲で頓珍漢な行動をとるのは師匠で、ソルティアはそんな師匠を抑える役目だったのだ。


 ひとまず、魔法を使わなければ瞳の色が変わることもないが、このたくさんの人の中に“聡い人”または“狭間人”がいたら一貫の終わりである。


 “聡い人”または“狭間人”とは、簡単に言うと勘が恐ろしく良い人間のことだ。勘の良い人間など探せばいくらでもいるだろう。しかし、魔法使いたちが言う勘の良いというのは、魔法使いを感覚で感じ取ってしまうということだ。魔力を感じ取れるだとか、人間とは異なる存在を見極めることができるだとか、色々な推測があるため、実際に彼らが何を感じ取っているのかはわからない。


 だが、その聡い人によって魔法使いが殺されることになった出来事がたくさんあった。魔法使いはそもそも生まれてくる数が少ない。そのため、不思議と自分たちに分け隔てなく接してくれる聡い人たちに心を開くことが多かった。だからこそ、裏切られたときの絶望が耐えられないものとなる。


 逆に魔法使いが人間に危害を加えたこともある。人間は数が多くいるだけに感情が伝播しやすい。そうやって、魔法使いに対して負の感情は広がった。


 今ではどちらが先に傷つけたのかなんてわからなくなってしまった。

 また、ソルティア自身も聡い人が原因で何度か嫌な思いをしたことや、危うく死にかけたこともある。


 こういったことから、ソルティアは人間とはできるだけ関わらないようにしていた。だが、今ではエメルという人間と共同生活をして、人間が大勢いる首都にまで来ている。思っていることとやっていることに矛盾がありすぎて、自分でも不思議でたまらないソルティア。


 しかし、せっかくここまで来たのだ。新薬の情報をあわよくば新薬そのものを手に入れようと気持ちを切り替えて、ひとまず首都で一番大きな薬屋へ向かってみる。


「すみません、最近発表された新薬について知りたいのですが、こちらで伺うことは可能でしょうか」


 薬屋の受付で聞いてみると、新薬について紹介された雑誌を手渡された。首都内で発行されている総合雑誌のようだ。薬屋の受付で薬について聞いているのに、総合雑誌を渡してくるとはどういう了見だ…と自分なら絶対しない対応に少々疑問を抱きつつ、雑誌を見ていると、


「あいたたた……」


 多くの人が行き交う道端で、人を避けようとして足をもつれさせた高齢の女性が地面に手をついていた。周りの人々は時間に余裕がないのか、ちらちらと見るだけで手助けせず通り過ぎて行ってしまう。


(人間は他人という存在に頼りすぎだ。だから他人任せな行動を取ってしまう)


 ソルティアは冷静にこの状況を分析する。あくまで状況の把握をしているだけであって、自分が高齢女性の手助けをしようなどとは一切思っていない。


 しかし、あろうことかその高齢女性とばっちり目が合ってしまった。こうなってしまっては、今から見て見ぬふりをするのはさすがのソルティアでも良心が痛む。


「大丈夫ですか」


 そう言って高齢女性の手をとり、近くのベンチまで誘導した。


「まあまあ、ありがとうお嬢さん」


「いえ」


 少し腰の曲がった高齢の女性はソルティアにお礼を言った。ソルティアはそれに返事をすると、雑誌を読みたくて早る気持ちをなんとか抑えて自然にその場を立ち去ろうとする。


「おばあちゃん!」


 人混みをかき分けて女性がこちらに向かってきた。おそらく、孫なのだろう。女性はその場を離れかけていたソルティアを見つけると、呼び止めてお礼を言ってきた。


「祖母を助けていただいてありがとうございます。一人で先に行かないでっていつも言ってるのに……」


 なるほど、このおばあさんは見かけによらず行動派なようだ。と少しズレたことを思うソルティア。


 別れ際に女性がお礼だと言って、ある香水店の新商品発表会の特別参加券を渡してきた。最初は断ったのだが、今首都で大流行中の香水を販売している店らしく、自分が作った香油とどのように違うか気になり、結局その券をもらったのだ。ちなみに、その女性は急用ができてしまったらしく自分は参加できないので、この特別参加券をどうしようか悩んでいたところらしい。


「香水店トール……」


 新商品発表会まで少々時間があるため、露店で昼食を買って新薬について書かれた雑誌を読むためガランド大図書館へ向かった。以前から首都に来たら図書館で本を読み漁ろうと思っていたのだ。



 新薬についてだが、どうやらそう簡単には手に入らないことがわかった。

 まず、エメルが言っていた従来の10倍効き目があるいう魔物を麻痺させる薬。それは、一般には出回っておらず、軍にのみ取り扱いが許されているようだ。各国との交易品にもなるらしく、入手するのはなかなか困難そうだ。

 その他3つは人間がかかると致死率6割の病気を緩和させるもののようで、これといって興味を惹かれる内容ではなかった。



 2時間ほどガランド大図書館で本を読んで、香水店トールへ向かった。店に近づくにつれ、ソルティアと同じように特別参加券を持った嬉しそうな顔をした人が増える。香水の人気度がうかがえる光景だ。


 ソルティアは、なんだか皆同じような顔をしているように思えて気持ち悪いなと感じた。


 香水店トールは、簡素な造りだが建物自体はとても大きい。中も香水店とは思えない広さだが、清潔感と落ち着きのある雰囲気で客は入りやすそうだ。

 店員に特別参加券を見せると、店内奥の広い部屋へ案内された。開始時間ぎりぎりだということもあり、すでに席はほとんど埋まっていた。若い女性が多いかと思いきや、男性客もいる。万人受けする香水を作るとは、ここの調香師はなかなか良い技術を持っているらしい。


 ソルティアは空いている席へ腰をかける。


「それでは、皆さまを夢と癒しの世界へ誘う香水店トールの新商品発表会を始めさせていただきます!」


 クリーム色でひざ丈のワンピースを着た清楚な女性がそう言うと、新商品らしきものが運ばれてきた。各方向から、おぉ、というため息ともなんともいえない呟きが聞こえてくる。


「ろうそく……?」


 運ばれてきた商品は、レースをあしらった赤紫色の少し太めのろうそくと、同じく色違いで薄い水色のろうそくであった。赤紫色の方は、現在流行中の香水に少し改良を加えたものらしく、違いを確認するため、”ノ・ラントゥ”という香水が各々に配られた。


 ソルティアはそれを受け取り、香りを嗅いでみる。一瞬、甘い香りがしてそのあとは不思議な香りがした。そして香水を両手で持ち、じっと見つめていると、


「――おっと」


 香水を落としそうになり、慌てる。


(驚いた。これ、微弱ではあるけど魔力を感じる)


 怪訝に思いつつ、新商品であるろうそくの方へ目を向ける。この香水に魔力を感じるということは、あのろうそくも魔力が込められている可能性が高い。ということは、魔法使いが絡んでいるのは確実。仮に製作過程で魔草を使っていたとしても、魔草の魔力は採った時から自然と霧散していく。だが、この香水から感じる魔力に霧散していく様子は感じられない。




 ……実は、ソルティアが何気なくやっている魔力の流れを見る行為、これは並の魔法使いにはできないことだったりする。大抵の魔法使いは、魔力を感じ取ることはできる。しかし、魔力の流れや違いを感じ取ることは高度な技術であり、意識していてもできずに一生を終える魔法使いもいる。

 そのため、並の魔法使いを協力者としているガードン警察は、まだ香水の中に魔草が混入してしまったという線を捨てきれていないのだ。



 多くの人が目の前の新商品に注目していると、1人の人間がろうそくのすぐ後ろに現れた。全身を覆う黒いマントに深くフードを被り、口元は若干紫色でうっすらと口が見える程度の薄さの布をつけている。目元しか出ていないので、表情はあまりわからない。


「今回は特別に、この香水”ノ・ラントゥ”の調香師をご紹介致します!」


 おお!と会場内がどよめいた。

 それに答えるかのように、その人間は衝撃的なひと言を言い放つ。




「私は魔法使いです」


 と。


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