第35-2話 再会
令嬢の症状から考えられる毒はベラドンナという毒草だ。ベラドンナは全草に毒を含むが特に根に強い毒性がある。用法によっては鼻かぜの薬になるが扱いが難しいため、普通の医師ですら使用するのを避けるものだ。
「おそらく、ベラドンナという毒草です」
幸い、摂取した量は微量のようで治療は難しくない。摂取量がこの程度であれば人によってはここまでひどい症状は表れないがこの令嬢はもともと体が弱いのだろう。
「むむぅ? ベラドンナって毒草でしたっけぇ? 貴族の女性陣がこぞって使ってませんでした? ほらぁ、瞳がきらきらして綺麗だって~」
ネル隊員が首を傾げる。それに同意するかのようにリディノア王太子もうんうんと言っていた。その様子を一瞥して治療の手を止めずに疑問に答える。
「確かにベラドンナは散瞳剤として貴族の間で流行った時期はありますが、使用量を誤って死人が出たことから北のオルセインでは使用禁止の薬草です。それにテルーナでは自生すらしていませんからあまり出回っていませんよ。たしか輸入の規制も厳しくなったんじゃないでしたっけ?」
そう言ってちらっとリディノア王太子の補佐官らしき人物に視線を送る。目があったその人物はこちらをじっと見つめると短く息を吐いた。
「おっしゃる通りです。ベラドンナはオルセインでの規制を受けてテルーナ国内でも生産・使用規制が見直されました。他国でも同じような動きがあります。……しかし、この情報はまだ公に広まっていないはずですが」
なぜすでに知っているんだ?という疑いの目を向けてくるが無視した。自分から調べずとも人ならざる者たちが親切心で様々なことを教えてくれる。魔法使いであれば誰でもそうだ。
ちなみに、テルーナでは自生していないベラドンナだがソルティアは密かに育てていたりする。ベラドンナだけではない、テルーナ国内で規制されている毒草は大方研究のために育てている。もちろん、誰にも見つからない方法で。
「ベラドンナの入手経路を調べろ。まだ規制を知らなくともオルセインで使用禁止の毒草をミリアンヌ嬢に使用したことは問題だ。毒殺を図ったと言っても過言ではないからな。ミリアンヌ嬢には申し訳ないが付き人を捕らえろ。一番疑わしい」
「そいつならここにいない」
イルシットが無表情のまま告げた。
「何?」
リディノア王太子は眉を寄せて聞き返す。今、部屋にいるのはリディノアとイルシット、王太子の補佐官にネル隊員とユニアス隊員、そしてソルティアとミリアンヌだけだ。部屋の外には騎士が2名待機している。
「ミリア専属の医師を呼びにテルーナでのルクーティス公爵家の屋敷に向かったぞ。それに付き人と言っていたあいつ、本来は付き人なんかじゃない。ルクーティス公爵の信頼が厚い相談役みたいな立場の人間なんだ。なぜミリアの付き人の真似事をやっていたのかは謎だけどな。だから、あいつはこの件には無関係だろう」
「――――え?」
治療のために持っていた道具が手から滑り落ち、がしゃんと大きな音を立てて床に散らばった。イルシットの言葉を聞いていたここにいる全員が何事かと一斉にソルティアを見る。
「どうしたんだい、ソルティアさん。大丈夫?」
ユニアス隊員が驚きつつも散らばった道具を丁寧に拾い上げてくれる。放心状態のソルティアに礼を言う余裕はない。小刻みに震え出す手をなんとか抑えるのに必至だ。
「す、すみません。手が、滑りました……」
すでに治療は済んだ。後片付けをする姿を見て、ユニアス隊員やネル隊員はソルティアがまだ本調子ではないのだろうと判断をつけたかもしれない。それなら良いが、イルシットだけがなぜかソルティアをじっと見つめている。
“ミリアンヌ”なんて貴族の令嬢の名前では特別珍しいものではない。しかし、よく見れば似ているではないか、
―――――あの男に。
シルバーブロンドの髪に同じ色の長いまつ毛、陶器のように滑らかできめ細かい美しい肌。一見物足りなさを感じさせるドレスだが、見る人が見ればわかる最高級品質の素材でできた生地にオルセインで公爵家にしか所有を許されていないサファイアのネックレス。耳には貴族の令嬢がつけるには珍しい家紋入りの純金のイヤーカフ。
ああ、なぜ気づかなかったんだろう。あの忌々しい家の特徴だらけじゃないか。
「治療は終わりました。そのうち目が覚めるでしょう。ですが絶対安静ですよ。このご令嬢は普通の人間以上に毒の耐性がない。専属の医師が来るまで寝かせてて下さい」
それだけ言うと足早に扉へ向かう。
早くここから逃げ出したい。リディノアやイルシットにどう思われようともここにいてはいけない。
「ソルティア嬢っ! 待ってくれ。医師が来るまでここにいてくれないだろうか」
足を止め、声のした方を振り返りながら強めの口調で返す。
「治療は終わったと言ったはずです。これ以上ここに私がいる意味はありません。私が今日ここにいるのは仕事であって王太子殿下の招待で来たわけではない。それでは失礼します」
リディノアへのぞんざいな物言いにむっとした補佐官が何か言おうとしたがそれをリディノアが手で制した。
「そうか、残念だがわかった。ミリアンヌ嬢の治療にあたってくれて感謝する」
眠って動かないミリアンヌの代わりにリディノアが礼を言った。
この令嬢の正体を知っていたら助けなかったのに。あの家の唯一の正統な跡取りなのだから、私でなくてもありとあらゆる手段で救ったことだろう。それにしてもこの人間は何も進歩していない。毒の耐性が全くないままだ。この人間のために私にしたあれらは何も生かされていないの? 薬師である今だからこそ毒に耐性のある体は便利だと思っているけど、それとこれとは話が別だ。
「それでは我々は任務に戻ります」
ユニアス隊員の言葉を最後に、ソルティアは険しい顔つきで足早に部屋をあとにした。