第35-1話 再会
不可侵の森での一件のせいで20日以上眠っていたらしい私は、リディノア王太子の誕生パーティーの前日に目覚めた。2年間の眠りから目覚めて以来、一番長いものかもしれない。それほどに森の支配人カーチスへの対価は命に関わったということだろう。
医師のユリィに一通り体に異常がないか診てもらったあと、プラトンが大きな荷物を持ってやってきた。
「なんともないようで何よりだ。目覚めてすぐで悪いんだけどな、嬢ちゃんに招待状が届いてるぞ。行くか行かないかは自分で決めてくれ、と言いたいところだったんだがなぁ……」
プラトンは渋い顔をして言い淀む。手渡された真っ白の封筒をよく見ると、テルーナ王家の紋章が入っていた。何かやらかしたか自分?テルーナの王族に知り合いなんていないし、と思ってはたと気づいた。ストリリン女学校での夢の書の件でリディノア王太子に正体を知られていたことに。彼自身、なぜか魔法使いに対して好意的であったため今の今まで存在を忘れていた。
「誕生パーティー? なぜ私なんかを……」
封筒の中身はリディノア王太子17歳の誕生パーティーへの招待状だった。ドレス一式を贈ると書いてあることにも驚きを通り越して呆れる。こちらを懐柔しようとでも思っているのか。それにしてもプラトンの言葉の続きが気になる。
「今朝、匿名で本部に投函があったんだ。明日予定されているリディノア王太子殿下誕生パーティーに魔法使いが無差別殺人を行うってな」
「……何ですって?」
「匿名のため信憑性は欠けるが、投函があった以上は軍として対策をしなければいけない。王直属の近衛兵にも連絡をとった結果、特殊部隊員が来客に紛れて警戒を行うことになった」
それでだ、と言いにくそうにプラトンは続ける。
「体調に問題がなさそうなら協力してほしい。誤解のないように言っておくが、嬢ちゃんはよほどのことがない限り動かなくていい。やってほしいことは、怪しい動きをしている奴を見つけることだ」
今回の無差別殺人予告がただの人間の仕業なら特殊部隊員で十分事足りるが、魔法使いが絡んでいるなら早めに対処したい。なにせ会場はこの国の王太子の誕生パーティーだ。被害は最小限に、迅速に行動する必要がある。そのため、魔力に敏感なソルティアがその場で監視するだけでも十分意味がある。
ソルティアは少し考える素振りをしてから了解の意を表した。さきほどプラトンに手渡された大きな荷物を開けてみる。
「まあ、いいでしょう。体調の方も問題ないですし。というかちょっと寝すぎて元気が有り余ってる感じがします」
荷物の中にはドレス一式が入っていた。ますます意味が分からない。見なかったことにして静かに元に戻した。
「そ、そうか。それは良かった。今回の任務にあたる隊員は特殊部隊からユニアス隊員、ネル隊員、フェナンド隊員、ビアンナ隊員、バンデル隊員で一般第2兵隊員は10名会場内と外に配置する予定だ」
特殊部隊員は基本的に2人1組。魔力耐性の関係から私はユニアス隊員と組むことになるらしい。人数的にも妥当だ。
リディノア王太子には申し訳ないが用意してもらったドレス一式を着ることはできない。なぜなら丈が長いからだ。今回は任務でパーティーに参加するため動きやすい膝丈のドレスがいいだろう。その旨をプラトンさんに伝えて必要なものを用意してもらうように頼んだ。
「ああ、そういえば……その、アリサー隊員に何か話とかあるか? 呼ぶか?」
「は?」
いきなりなぜアリサー隊員の話が出てくるのだろう。
「いえ、特に何も用はありませんが……」
「そ、そうか。……一応伝えておくと、明日アリサー隊員は一日休暇だからいないぞ」
「はぁ」
その情報は一体何のために私に伝えるのか。プラトンさんの様子がどうもおかしい。私が眠っている間にアリサー隊員と何かあったのだろうか。
よくわからない疑問を残したままリディノア王太子の誕生パーティーへ参加することとなった。
そして、今この状況だ。
パーティー自体は特に何事もなく進んでいたのに、王太子とともに談笑をしていたどこぞのご令嬢が派手に倒れた。会場内を注意深く観察していた隊員たちはすぐに異変に気付いたのだ。すぐに状況を把握するとソルティアが動いた。
無礼だということは百も承知でリディノアへの挨拶は簡単に済ませて倒れた令嬢に歩み寄る。顔色は悪く、呼吸も不規則。すでに2回ほど嘔吐もあったようだ。瞼を開かせて瞳を見ると散瞳しているのが確認できた。手足の先は若干痙攣もしている。
こちらをリディノアとイルシットが唖然と見ている。リディノアはもう一人いる初対面の人間に耳打ちをしている。格好からして騎士ではなく政務における補佐官といったところだろう。
「この方が飲んだものと同じものはありますか」
誰に聞くでもなく問いかけた。するとネル隊員がそそくさと赤い液体が半分ほど減ったボトルを持ってきた。
「付き人さんがくれましたよぉ。クランベリーとラズベリーのジュースらしいです~。ちなみにこっちはそのご令嬢が飲んだグラスの破片をかき集めましたぁ」
グラスの破片には赤色の液体がまだ残っていた。二つを見比べて、まずはボトルの方に指を突っ込んでそれを口に含んだ。
「おいっ!」
イルシットが焦った表情で近寄ってきた。それをユニアス隊員が止める。ひとまずイルシットのことは後回しで次にグラスの破片についている赤い液体をすくってなめる。
「っ!」
予想していた味ではない、だがある意味予想していた味に舌打ちをしたくなる。すぐに口の中のものを吐き出した。口元をぬぐってから令嬢が倒れた原因を告げる。
「毒です」
「なんだとっ!?」
リディノアが目を見開いて信じられないと叫んだ。しかしイルシットはある程度予想していたのか顔をしかめて何やら考え込んでいる。