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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ ガードン軍 特殊部隊編 ~
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第34-2話 貴族


「殿下、いかがです? 心は決まりました? というかさっさと決めてもらっていいですかね、面倒なんで」


「おい、心の声が漏れてるぞ。ビン」


 ミリアンヌ・ルクーティスと一曲踊り終えたリディノアはグラスを片手に一息ついていた。その間様々な令嬢と会話をしたがイマイチぴんと来るような令嬢はいない。今のところ有力な正妃候補は3人。


 1人目は北のオルセイン帝国の二大貴族であるルクーティス公爵家の令嬢、ミリアンヌ・ルクーティス。2人目はオルセインの大貴族で王族の外戚でもあるトルッセン公爵家の令嬢、イレーヌロット・トルッセン。3人目はオルセインの農業面で大きな力を持つボルテン伯爵家の令嬢、モナ・ボルテン。

 モナ・ボルテンは他の2人に家柄で少し劣るが、ここ数年オルセインは他国との貿易を強化するために特産物に力を入れている。そこで農業において大規模な改革が必要なためにボルテン伯爵とは良好な関係を築く必要があるのだ。


 リディノアがビンと話していると遅れてやって来たイルシットがなぜかまたミリアンヌを連れてきた。後ろには茶色の長髪をした付き人らしき男性がいる。柔和な笑みが印象的だ。

 ミリアンヌとイルシットは同じオルセイン出身で貴族の序列で言えばお互い高位な家柄のため元々知り合いなのかもしれない。


「遅くなった」


 相変わらずの無表情さ。どことなく不機嫌なのは、いつになく艶のある深緑の長髪にあるのだろうな。さしずめ、無駄に度胸のある執事がメイドたちを使って嫌がるイルシットの髪を手入れしたのだ。以前にも同じことがあった。


「いや、構わないさ。来てくれてありがとう。それにしても、二人はやはり知り合いなのか?」


 この問いかけにミリアンヌ嬢はニコリと笑った。


「ええ、リディノアさま。イルシットさまとは幼いころから仲良くさせてもらっています。幼馴染というものだとわたくしは認識しておりますわ。ね、イルシットさま」


 フランクな物言いにイルシットはちらっと視線を送っただけで返事はしなかった。それに対してミリアンヌ嬢は控えめにくすくすと笑うだけ。この感じからしても幼馴染であるということは事実だろう。


「まあ、まずは何か飲もう」


 軽く手を挙げると給仕の使用人がグラスを持ってくる。ミリアンヌ嬢には付き人の男が鮮やかなルビー色の飲み物を渡した。最近お気に入りのクランベリーとラズベリーのミックスジュースらしい。


「それでは、乾杯」


 カチンと軽やかな音がした。


 改めてイルシットとミリアンヌ嬢、そして自分で乾杯をする。ミリアンヌ嬢が飲んでいるクランベリーとラズベリーの飲み物が少し気になるから同じものを取り寄せようかなと思っていたその時、


 床一面に鮮やかなルビー色の液体がぶちまけられた。


「うっ」


 目の前でミリアンヌ嬢が倒れこむ。そばにいた付き人が慌てて華奢な体を抱え込むが意識がすでにないのかぐったりしたまま動かない。


「ミリアンヌ嬢っ!」


 名前を呼んで駆け寄る。異変に気付いた周りの人間たちがざわつき始める。幸か不幸か、会場内では常に宮廷音楽団が楽器を奏でているためすぐに他の人間たちが騒ぎ始めることはないようだが、王太子である自分は注目されている。そんな中、そばで倒れた令嬢がいれば好奇の目に晒されてしまうことだろう。


 ビンに宮廷医師と騎士を呼ぶように指示した。


「宮廷医師と騎士を! それと、事を荒げるなよ。退席することに関して客人たちには適当な理由を言っておけ」


「はい! 殿下」


 ビンが動いてすぐに会場の外に待機していた騎士が駆け寄ってきた。イルシットとともにミリアンヌ嬢を別室へ運ぶ。




 手先が冷たくなってひどく顔色の悪いミリアンヌ嬢を客室のベッドへ運んで数分、滅多に見ることがないほどの険しい顔で宮廷医師を呼びに行ったビンがなぜか一人で戻ってきた。


「宮廷医師はどうした!?」


「申し訳ありませんっ! 理由は不明ですが宮廷医師が全て出払っており、ミリアンヌ・ルクーティス様を診ることのできる者がおりません」


「そんなばかなっ!? 1人もいないはずないだろう!?」


 ここはテルーナ王宮。王族専属の宮廷医師たちやそれに連なる者たちが大勢いるはずだ。このまま手をこまねいていればミリアンヌ嬢の容態が悪化するばかり。


「仕方ない。今は医師確保が優先だ。信頼できる町医者を呼べ。ここは首都だ、優秀なものぐらいいるだろう」


「待て、ノア。こいつはただの貴族の令嬢じゃない。あのルクーティス公爵家の令嬢だ。町医者に診せたと知られれば面倒ごとになるぞ」


 意味の分からないことを言ってなぜかイルシットが待ったをかけた。王族ならまだしも貴族の令嬢を町医者に診せるだけのこと。それの一体何が問題なのか。無駄に苛立ちだけが募っていく。


「一体何を言ってる!? 貴族の令嬢に変わりないじゃないか! ビン、今すぐ行け」


「だめだ、行くな。ミリアがこの首都で滞在しているルクーティス公爵家の屋敷に使いを出せ。おそらくお抱えの医師か薬師がいるだろう。そいつを連れてこい。例えノアが信頼できるといっても得体の知れない町医者ではだめだ」


「なにをっ」


 今ばかりはイルシットが理解できない。宮廷医師でも町医者でも、医者に変わりない。ミリアンヌ嬢の様子を見ると、一刻を争うのは一目瞭然。食べ合わせが悪かったのか、何か体に合わない食べ物を摂取してしまい拒絶反応がでているのか。考えたくはないが、毒なのか。とにかく今ここでイルシットと押し問答をやっている暇はない。


 王太子としての権限を使ってイルシットを黙らせようかと一瞬頭をよぎったとき、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。


「何をごちゃごちゃと話しているんですか。私が診ます。あ、文句は軍に言ってくださいね」


 藍色の髪を高い位置でポニーテールにしてトーンの低い薄い水色の膝丈のドレスを着た女性が何の躊躇いもなく入ってきた。耳にはエメラルド色に輝くイヤリングが揺れている。


「なっ!」


「お前っ」


 一緒に深紅のパーティードレスを着た金髪でゆるふわカールの女性と青紫色で肩まである髪を持つ線の細い男性もいる。


「突然のご無礼をお許しください、殿下。ですが一刻を争う様子でしたので」


 口ではそう言っているがすでに視線はベッドの方へ向いている。



「ソルティア嬢……」


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