第33-2話 眠り姫
「お待たせして申し訳ない。責任者が少し立て込んでてな、代わりに対応させてもらう。一般第2兵隊中隊長のプラトンだ。こっちはネル隊員だが気にしないでくれ」
ガードン軍の応接室にて、プラトンは突然やってきたテルーナ王家の使者の相手をしていた。詳しく話を聞いたところ、その使者は王家というよりも王太子リディノアの命により手紙も持ってきたようだ。宛名はソルティア。
ちなみに、ネルは訓練をサボるためにちゃっかりついてきた。
「つまり、王太子殿下がうちの薬師であるソルティアを7日後の王太子殿下17回目誕生の宴に招待したってことか?」
にわかには信じ難い内容を繰り返した。ストリリン女学校で夢の書調査の際、止むを得ず魔法使いだということを知られてしまったということはすでにソルティアの方から報告を受けている。しかしそれ以上でもそれ以下でもない関係ときいていたが、王太子リディノアはなぜソルティアを招待したのか疑問だ。ガードン軍としてもただでさえ重要な立ち位置にいるソルティアという魔法使いを各国の要人が集まるパーティーに出させるわけにはいかない。
眠り姫が目覚めたら改めてリディノアとの関係を聞いとかないとな、と思いつつ失礼のない正当な理由でやんわりと断る。
「招待状はしかと受け取った。だが、生憎ソルティアは今体調を崩していてな。恐らく参加することは難しいだろうと王太子殿下に伝えてくれ」
「承知致しました。ソルティア様のご快復をお祈りしております。ですが殿下より”待っている”とお伝えするように言付かっております。招待状がある限り、いつでも参加することは可能ですのでお好きな時にぜひ」
そう言って使者は大きな荷物を差し出してきた。
「これは?」
「ソルティア様用のドレス一式になります。殿下が自らお選びになったものです。参加なさるときはぜひそちらをお召しになってください。きっと殿下も喜ばれることでしょう」
「えっ」
「まっ、……じか」
静かに聞いていたネルもこれには思わずぎょっとした。
これが何かのお礼という名目ならまだぎりぎり納得はできるし、本人が受け取るとしても無碍にはしないだろう。だが今回は王太子の17回目の誕生パーティーに参加するためのドレスを殿下自ら未婚の女性に贈るということはすなわち、好意があることを意味している。王太子妃がまだ決まっていない今の段階でこんな大胆な行動にでたリディノアは本気でソルティアを妃に迎えたいという意思があるのだろう。
この贈り物が、公式になのか非公式になのかとても重要なところだ。
冷や汗をかきつつ尋ねると、
「今回の件、まさか公式なものではないよな……?」
使者はニコリとしただけで答えない。
どっちだよ!?
これは一大事だ。仮にリディノアが求婚でもしてソルティアに注目が浴びてしまうのは絶対に避けなければならない。昔からテルーナ王国は魔法使いの存在を大っぴらにしていない。王家の教育がどうなっているのかはよくわからないが、リディノアがまた軽率な行動をとらないように何か対策を打つ必要がある。
「では、私はこれで失礼致します」
使者は綺麗なお辞儀をして応接室をでていった。最後までお手本のような笑みを浮かべていたさまはむしろ気味が悪い。
「うひゃあ、恋愛小説にありそうな話ですねえ」
「まじでこんな面倒な話、物語の中だけにしてくれよ!」
ネルの能天気な発言にプラトンはギロリと睨む。8割方、八つ当たりではあるのだが。
「……キャリアン隊長に報告しますかぁ?」
「それ以外方法はないだろ。お前たちの後始末は俺ら一般第2だが、魔法使いに関する権限は全て奴にあるしな。おい、お前が言ってこい。あいつに会うたび高血圧で死にそうだ」
「了解ですぅ~」
さっさと行けと投げやりに手を振った。それを見たネルは軽い足取りで特殊部隊隊長室へ向かう。
その頃、テルーナ王宮ではリディノアが自室で政務の手伝いの手を止め、幼いころから付き従っている従僕と雑談をしていた。
「今頃、ソルティア嬢への手紙は届いているよな?」
「はい、殿下。ガードン軍本部ということでしたので、すぐに着いているかと。その他のご学友の皆様にも今日か明日あたりには届くことでしょう」
メイドが静かにミルクティーを入れ、マカロンやクッキーなども置いていく。リディノアの最近のお気に入りはナッツがふんだんに使われたお菓子だ。今日もマカロンは生地にナッツが練りこまれており、クッキーには表面にごろごろと様々な種類のナッツがのっている。
「一つ気になることがあるんだが、今年は去年よりも貴族の娘たちが多くないか? そんなに暇なのか?」
「……殿下」
なぜか従僕が呆れた目をこちらに向ける。いつもはおっとりした性格なのにたまにこうやって何もかも悟っているような表情をするときがあるなこいつ。
「皇太子妃候補ですよ、殿下。陛下がさっさと選べとあなた様をせっついているのです」
リディノアの机の向かいにあるソファに座ってなにやら作業をしていた第一補佐官のビン・キートンが躊躇なく言い放った。
「もう少し待てと父上には申し上げたんだがなぁ」
「王太子という立場なのにまだ妃の一人もいない方が珍しいんですよ。自覚してください。そのうち女より男が趣味なのか!? みたいな噂が流れても知りませんからね」
ビンは手を止めず、リディノアの方も見ずに淡々と言う。どんな時でも冷静で有名な男でリディノアの乳母が自身の母であるため、子供の頃から兄弟のように育った。よって、お互い遠慮はない。
「妃の一人もって、この歳で何人もいる方がおかしいだろう」
「北のオルセイン王太子は15歳の時にすでに2人の妃と1人の夫人がいたようですが」
北の帝国オルセインの王太子は今年で24歳。リディノアよりも7つ年上だが、今では貴妃と呼ばれる正妃が4人に、夫人と呼ばれる側室が7人いる。もはや王並みの数だ。それだけ今の王太子の立場が確固たるものだという証でもある。
「…………規模と年齢が違う」
苦し紛れの一言はビンによって華麗に無視された。