第32話 金色の嘆き
人の姿をとった森の支配人カーチスがソルティアから搾り取った血で頭上に大輪を咲かせたまま森の最奥へ戻ろうとしていると、その歩みを止める者がいた。
「やあ、カーチス。面白いものを持っているな」
「む?」
カーチスの前にはいつの間にか金色の瞳を持つ魔法使いが立っていた。ゆっくりと近づいてくるが、後ろにいる魔物たちが唸り声をあげて警戒している。
「ふむ。長い時を生きる魔法使いのようだが、何用じゃ?」
妖精は種によって寿命が異なるが、その中でもカーチスは長寿。しかしそれ以上に目の前にいる金色の魔法使いは長い時を渡っている。
「僕さ、今は色んな記憶を集めているんだけどまさかこんなところにリーンの祝福を受けた血があるなんて思わないじゃん。運がいいなぁ」
とても嬉しそうな顔を頭上に咲かせた血の花に向けている。事情はよく分からないがこの血を横取りしようとしているということだけは確かなようだ。カーチスは突然の乱入者に眉を寄せる。
「事情はよくわからぬが、これは我らのものじゃ。去るが良い」
「そーゆうわけにもいかないよ。ただの血よりもそっちの方がいい。リーンにリーンの祝福を受けた血を注ぐのさ。そうすれば目覚めも早くなるだろう?」
「……一体何の話をしておる?」
金色の魔法使いはまるでリーンの樹が自分の手元にあるかのような言い草。それに違和感を覚えたカーチスは魔物たちを静めて話を聞く態勢をとった。
「ん? ……ああ、なるほど。今のカーチスはあの時のカーチスじゃないのか。君たち妖精は生まれ変わって見た目がそのままでも記憶は受け継がれないんだっけ」
妖精は寿命を終えると父にして母なるリーンの樹に還るが、それと同時に次の世代の妖精がまた生れ落ちる。それは見た目が全く同じだが記憶は共有されない。唯一何世代も記憶を共有するのは妖精王だけだ。
どうやら、金色の魔法使いは前の世代のカーチスを知っているようだ。しかし、今のカーチスとは記憶を共有していないため魔法使いが言わんとすることがわからない。
「我の前のカーチスを知っているようだが、すまんの。記憶は受け継がれていないのじゃ。前の我が何か約束していたとしてもそれはその時の我が還るまでのもの。今は其方の力になることはできんよ」
そう言ってカーチスは魔物を引き連れて行こうとする。
「はあ、リーンが嫌がるから妖精相手にあまり手荒なことはしたくないんだけどなぁ。でも彼女を目覚めさせるのが最優先だよな」
「なに?」
すでに背を向けていたカーチスは金色の魔法使いの雰囲気が一変したことに驚き魔物たちを前に出させる。涎を垂らして牙をむき出しにした魔物たちは鋭い目で金色の瞳を捉えた。
「リーンの名を持ち、リーンの祝福を受けた魔法使いは眠り続けている。そしてその眠りも終わりに近づいているのさ。森の支配人カーチスよ、妖精王にこう言え。お前たちはまた傍観に徹するのか? どれだけ森が焼け落ちようが、どれだけ魔法使いの命が奪われようが無関心を貫き通すのか? 900年前のあの惨劇を忘れたか? と、ね」
900年前といえば、魔法使いという存在が世界各地で確認始めた頃、遥か昔の時代。もちろん今のカーチスは生まれていないが、お喋り好きの妖精王が昔話をしてくれたことがある。
今から約900年前、魔法使いと呼ばれる者たちがお互いの存在に気づき始めた。ある者は同胞を求め旅をして、ある者は力を持たぬ人間たちから迫害を受け、ある者は力を振るって独裁をした。様々な選択をとった魔法使いたちはやがて恐怖の対象となっていった。
ある時、力を持たぬ人間たちの中で魔法使いを見分ける力を持った人間が現れた。それは魔法使いに対して嫉妬と敵対心を持った人間たちにとって希望となる。しかし、その者は当時魔法使いの象徴的な存在であった若い女性の魔法使いに恋をしてしまう。それが悲劇の始まりだ。
様々な出来事を経て、魔法使いを見分けることのできる人間が少年から青年へと成長したとき、当時存在が確認できていた魔法使いをほぼ全て殺めた。恋をした若い魔法使いと妖精たちを利用して。
「まさかお主、900年前のあの魔法使い狩りの生き残りか……?」
カーチスは少し驚いた顔でまじまじと金色に輝く瞳を見つめる。魔法使いの寿命は人間のそれと大差ない。むしろ魔法を使うたびに体を酷使するため早死にする者が多い。しかし金の魔法使いは長い時を渡っている香りがするのだ。古の魔法使いたちの魔法で体の時を止めるものがあった。もしかするとそれを行使したのかもしれない。
金の魔法使いはカーチスの言葉で真顔になる。
「ふむ。なるほど、古の亡霊というわけか。だがすまんの、やはりお主にこれを渡すわけにはいかんのよ。これは我らが貰い受けるべき正当な対価じゃ」
「……そう、残念だよ。それじゃあ、死んで」
「なッ――――」
カーチスが反応する間もなく金色の化け物はカーチスの命を刈り取った。
これにより、統制を失った魔物たちは森の中で暴れ、特殊部隊訓練員の魔物狩り訓練は例年以上に厳しいものとなった。