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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ ガードン軍 特殊部隊編 ~
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第31-2話 犠牲が微笑むそのときに


 ユニアスはナンバー8を基地の医務室へ運んだ。ユリィの診断によると、全身打撲と左腹部の裂傷、内臓損傷が確認できたらしいが命に別状はないようだ。傷の治りを早めるためにも魔封じは解除してある。たたでさえ魔封じは魔法使いの体に負担がかかるもの。治療を行うためにも取り払う必要がある。魔法なしに森の支配人カーチスと殺り合ったのにこうやって命があるだけでも奇跡だ。おそらく、死ぬ一歩手前の状態でいたぶられ続けたのだと予想できる。


「あの、ユリィさん。ソルティアさんはどこですか?」


 ソルティアの状態が心配でたまらないユニアスは様子を見に行こうとユリィに居場所を聞いた。


「治療は終わった。今は眠っているだけよ。いつ目覚めるかはよくわからない。あの子の体はリーンの雫の影響で特殊な状態だから私でも判断がつかないわ」


 ナンバー8を治療した道具を片付けながらソルティアのことはそっとしておくように言われユニアスはプラトン中隊長が訓練員を集めている訓練室へと向かった。



 予想外の妖精絡みによる訓練員たちの負傷や離脱により、訓練内容の見直しが提案されたが特殊部隊隊長のキャリアン・グリモアが頑なに首を縦に振らなかったため当初の予定通り進められることとなった。ひとまず今日は訓練員たちの訓練は中止とし、明日以降に備えるように伝え、指導隊員たちは会議室に集まっていた。


「まっじで何考えてんだッ! あんのクソ隊長!」


 訓練の見直しを強く要望していたプラトンは憤慨する。


「残る訓練は森の中腹部における魔物狩りを1週間、基地内訓練場にてトーナメント制の組手大会、そして協力者との対魔法訓練ですが……」


「メインである魔法訓練にそのまたメインがいないってことだろ」


 トスの説明を聞きながらプラトンは雑に一般兵隊の制服を着崩していく。


 対魔法訓練ということで魔法使いと訓練員が戦う訓練が予定されており、ソルティアが回復するのを待って日程を最後に回すとしても目覚めてすぐにソルティアが戦闘を行えるとは限らない。それに今は協力者の中でも腕に覚えのあるナンバー8も戦闘不能状態にある。残りの2名の協力者も決して力不足というわけではないが、たった2名の魔法使いが十数名の訓練員を立て続けに相手にするには無理がある。ソルティアほどの戦闘力があるなら話は別だが。


「対魔法訓練を2回に分けるべきかと」


 いつも通り大人しく黙っていたフェナンド隊員がプラトンに提案した。


「……そうだな、それ以外良い方法は思いつかん」


 プラトン含め隊員たちの前でソルティアが魔法を行使する姿はまだ数回しか見せていないが、どれも圧倒的なものだった。そのため今回の訓練でソルティアが戦闘不能になるほどの怪我を負うとは誰も予想していなかった。ユリィ曰く、周りへの被害を考えずに妖精と戦えばソルティアが負けることはなかったらしいが、訓練員や森への配慮でソルティアは下手に出たのだ。


 それに妖精を相手にする方法が他になかったとしても、今回出会ってしまった雪の訪れを知らせるエルシィ、森の支配人カーチス、未刻の瞳を持つ希少種ケープシィは妖精の中でも厄介な部類。そんな妖精たちと衝突するこのような事態を招いた今期の訓練員たちは悪い意味で引きが強いと言える。


 会議の結果、フェナンド隊員が提案した通り対魔法訓練は2回に分けて行うこととなり、2回目は最終週に回してソルティアは目覚め次第参加することで話はまとまった。



 トスはプラトンにナンバー8の様子を見てくるように言われ、会議室を出て医務室へ向かうとすでに来客がいるようでなにやらユリィと話していた。話の邪魔にならないようにキリの良いところで入ろうと様子をうかがう。だが、どうもユリィの機嫌があまり良くないようだ。


「……あら、ヘリナの生死に関心があったなんて意外だわ」


 ユリィの刺々しい声が紺色の髪をした色白の男性訓練員に突き刺さる。ナンバー8は訓練員2名が判断を誤って妖精ケープシィを狩った結果、死にかけた。カーチスの相手にならないから逃げたとしても魔封じの解除ができていない状態のナンバー8を囮としたため、死ぬとわかっていて見捨てたも同然だ。


「っ! な、んで、名前……」


 男性訓練員はナンバー8の本当の名前をユリィが知っていたことに驚いた。トスは逆に訓練員が魔法使いであるナンバー8の名前を知っていたことに驚く。ガードン軍で収容している魔法使いと一訓練員に接点がある方がおかしい。考えられることは一つ。ナンバー8とこの訓練員が以前から知り合いであるということ。


「そんなことどうでもいいわ。あんたはグレル・コミー。……どう? 家族も同然だったヘリナを2度も(・・・)見捨てた気分は」


 先ほど以上にグレルという名の訓練員は驚きの顔を見せる。医師のユリィは収容されている魔法使いの管理をするのも仕事のひとつであるため、その一人一人と話しをする機会が多い。そこでナンバー8であるヘリナとグレル訓練員の関係を知った。


「だまれっ! お前に何がわかる! その女は人殺しだ。これがそいつの役割なんだよッ」


 ヘリナとグレルは同じ孤児院出身で血は繋がっていないが姉弟として同じ里親に引き取られた。しかし、その里親がどうしようもない人間だったのだ。初めは暴力だけだったがグレルが15歳、ヘリナが16歳になった頃、養父がヘリナに手を出した。最初の数回は我慢をしていたヘリナだが、ある時養父がグレルの前でヘリナに手を出そうとしたのだ。それに耐えかねたヘリナは感情が高ぶり今まで自分でも気づかなかった魔力が暴走した。それにより、グレルの前で養父と養母の頭を吹き飛ばし、家中を真っ赤に染め上げた。


 今まで姉と慕っていた者が魔力という得体の知れない力を振るってあっという間に人間の命を奪った。密かに姉以上の想いを抱いていただけにグレルが受けた衝撃は大きかった。


「あれだけ広い森の中、訓練の最中に偶然(・・)あんたの近くにヘリナがいた意味をもっとよく考えることね。3度目はもうない。これは忠告よ。私の方からヘリナを別の支部の協力者として推薦することもできるってこと、覚えておきなさい」


 それを聞いたグレルは何か言おうと口を開くが、結局何も言わずに傷だらけのヘリナの顔をじっと見つめると足早に医務室をあとにした。


「……お前らしくないな、ユリィ」


 グレル訓練員が出て行ってからトスは静かに医務室へ入ってきた。


「……」


 明らかに不機嫌そうな表情のままユリィはトスに背を向けて無言で椅子に座った。


「俺たちと重ねてるだろ」


「まさか」


 ユリィは自嘲気味につぶやく。

 トスとユリィは隊員と魔法使いという関係である前に幼馴染であり、それ以外の関係もある。それについてトスは言っているが、ユリィは目を合わせようとしない。至って冷静な気持ちでユリィに近づいたトスはユリィがかけている赤い眼鏡をとり自分の方を向かせる。


「……何よ」


「別に」


 それでもユリィは目を合わせない。


「これ以上近づいたら殴るわよ、ガキ」


「俺の方が2歳下ってだけだろー。それにもうゼロ距離だから」


 ユリィは目を合わせないまま静かに目を閉じた。


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