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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ ガードン軍 特殊部隊編 ~
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第30-2話 滴る密は血の味がする


 森の支配人カーチスはソルティアの次の言葉を待つ。


「まず確認ですが、人間がケープシィの子供を殺したことは間違いないですね」


 カーチスは毅然とした態度でこくりと頷いた。


「魔法使いが1人いたはずですがどうなりましたか」


 訓練員2名を逃すために魔法使いナンバー8が囮となった。いまだ連絡がとれないので死亡したと軍では考えているが実際のところはよくわからないのだ。


「ああ、あやつは虫の息よ。ケープシィへの手土産とする」


 つまり、まだ生きているということ。

 ソルティアはほっと胸を撫で下ろす。魔封じをした状態で戦闘を行ったと予想されるが、カーチスの方は本気で殺すつもりがなかったようだ。本気で殺すつもりだったなら魔法なしで戦って生きているはずがない。カーチスは森全体の采配を行う妖精。時には力で押さえつけることもある。普段は他の妖精や魔物に干渉することがないからこそ、カーチスの言動には重みがあり皆従うのだ。


 ガードン軍が収容した魔法使いに対してどのような認識でいるのかソルティアにはわからないが、人間に好意的な行動をとる魔法使いには興味がある。それが例え自らの罪を軽くするための交渉材料に使おうと考えていたとしても。それに、これは完全に勘の領域ではあるが紺色の髪をした色白の男性訓練員と魔法使いナンバー8は魔狩りと魔法使い以外の関係を持っていそうだ。それが少々気になるところではある。


「さて、そろそろ良いかの。銀の魔法使いよ、其方が対価を払うのだな?」


「はい」


 カーチスがゆったりとした足取りでソルティアに近づく。ユニアスの目にはカーチスが地面の上を歩いているように見えるのに、なぜか足音が全くしない。草や枝木を踏みしめる音さえしないのだ。後ろに(うごめ)く魔物の大群は不気味なほどに静まり返っている。


「我が同胞の中でも特に希少で大切なケープシィの子供を殺めた対価。それは双方に平等でなければならぬ」


「まさかっ!」


 ユニアスが目を見開いてソルティアの方を向く。ケープシィという妖精の子供の命を奪った双方にとっての平等な対価とは、すなわちそれはソルティアの命だ。


「ソルティアさん、だめだっ! そんなこと絶対にだめだ!」


 ソルティアはユニアスの必至な形相を見てくすっと笑った。


「……申し訳ないんですがカーチス、こちらとしてもそう簡単に命を差し出すわけにはいかないんですよね。そこで提案です。私の血はあなたたち妖精にとってとても魅力的ではありませんか?」


 ユニアスとアリサーはびりびりとした空気を全身で味わう。カーチスの殺気が強まったのだ。魔狩りの中でも優秀で有名な2人は今まで手を添えていただけの剣を鞘から引き抜いた。


「確かに其方の血は濃密な魔力が溶け込んだものだが命に替わるまではいかぬ」


 そう言ってカーチスはソルティアとの距離を詰めた。腕を伸ばしてソルティアの首を掴もうとする。さすがにこれ以上はまずいと思ったユニアスが一歩踏み出そうとしたとき、ソルティアがカーチスの動きを止めた。


「もっとよく見てください。濃密なだけではないはずです。あなたたち妖精が父にして母であるものを感じるはず」


 カーチスが短く息を吸った、ように見えた。そして目を細めて銀色に輝く瞳をじっと見つめること数秒。ゆっくり、ゆっくりと翡翠色の瞳が見開かれていく。


「……リーン……だ、と?」


 カーチスの口から零れ落ちた言葉にソルティアの強張った顔が少し和らいだ。どうやら狙い通り、カーチスが魔力に食いついてきたようだ。


「そうです。エルシィ曰く、私の魔力にはリーンの雫が溶け込んでいるのでしょう? 私の命よりもあなたたち妖精にとってはよっぽど魅力的かと」


 昔から、妖精は魔力樹、リーンの樹から生まれ落ち、リーンの樹へ還ると言われている。妖精が生まれる瞬間に立ち会うことなどないため定かではなく妖精自身よくわかっていないようだが古代の遺物にそのような趣旨の記述が残されているのだ。実際に妖精は生まれたときからリーンの樹を父や母と呼ぶため事実かもしれない。


「……良いだろう。我らが父にして母であるリーンに免じて其方の命ではなく、其方の血を対価と認めよう。密のついたその刃物で首を斬れ」


「その前にもう一つ。図々しいのは百も承知でお願いがあります」


 ソルティアは先ほどカーチスの気を引くために用いた迷える密がついた銀製のナイフを自分の首にあてがいながら言う。そんな様子を見てユニアスとアリサーはただ見守ることしかできない。


「申せ」


「ケープシィへの手土産にすると言っていた魔法使いを返してください。その代わり……私の血は好きなだけ差し上げます」


「なっ!」


 ユニアスはこの発言に愕然とした。対価として渡す血液の量が指定できないなどありえない。死ぬまで貪りとっても良いと言ったのと同義。つまり、命を差し出す方法が変わっただけで命を差し出すことに変わりはないのだ。


「よかろう。あのようなつまらん魔法使いなどリーンに比べれば惜しくもない」


 カーチスが両手を叩いた。さほど大きな音ではなかったが不思議と音は広がっていきこだまする。するとすぐにソルティアの横に、どさっと音を立てて魔法使いナンバー8と思われる全身傷だらけで赤く染まった女が横たわった。ユニアスがすかさず呼吸を確認するが、微かに息をしていることが確認できたようだ。


「次は其方の番だ」


 カーチスがソルティアへ血を差し出すように促す。ユニアスが止める間もなくごく自然な流れでソルティアは自分の首を蜂蜜色をした密が塗られた銀色に輝くナイフで裂いた。


「っ――」


 真っ赤な血で体が染まるかと思いきや、ソルティアの白くて細い首から噴き出た温かくて赤いものはカーチスの力によって頭上に集まり始める。止まることなくずるずるとソルティアの首から血が流れていき、カーチスの頭上で赤黒い大輪を咲かせた。


「まだだ」


 カーチスは残酷に告げる。人間の致死量に到達したとみられる量の血が搾り取られたところでユニアスが我慢ならずにカーチスへ剣をふるおうとしたが、


「だめッ!」


 ソルティアの鋭い制止がはいった。


「なっ――、んでッ!!」


 これ以上は死んでしまう、ユニアスはそう叫ぶがソルティアは手を出すなの一点張り。気づけば足元には蔦が巻き付いており周りには狼に似た魔物が牙をむき出しにして威嚇をしている。


「だぃ……じょっ……ぅ……」


 ソルティアの視界が霞む。手足がしびれていき感覚がなくなっていく。鮮明に聞こえていたユニアスやカーチスの声も遠くなる。さすがに立っているのは辛いと思った瞬間、体が傾いた。地面に倒れていく。


 だが、痛みは感じなかった。

 感じるのは誰かのぬくもり。



「一人で突っ走りすぎ」



 耳元で誰かの声が聞こえた気がした。


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