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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ 西の王国テルーナ編 ~
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第4-1話 金の香りは死の前兆


「その香油、首都で売ってみたらどうだい」


 熊頭の男が急にそんなことを言い出した。

 ソルティアは聞こえなかったことにして出来上がった香油を小瓶に注いでいく。今は研究部屋ではなく温室で作業をしている。そのため、エメルも気軽にその様子を覗けるのだ。


 ソルティアとエメルが共同生活を始めて1か月が過ぎた。とは言ってもエメルは仕事で6日ほどしかこの家で寝ていないので、お互い話をする機会はほぼない。今日は珍しくエメルが明るい時間に帰宅したため、夕食時以外で会話をしている。


「最近、首都では男女問わず香水が流行しているんだ」


 ソルティアは無視したはずだが、エメルは気にすることなく続ける。


 そもそもソルティアが香油を作るのは、薬の調合の合間に趣味としてやっているだけであり、自分でしか使わないので量も少ないのだ。売れるかどうかもわからないものを大量生産する気はない。それに、特にお金に困っているわけでもない。


「私は薬師であって調香師ではありません」


 熊頭はうんうんと首を縦に振りながら、


「心配しなくていいよ。知り合いに香水店を営んでいる人がいてね、調香師は伏せて不定期で数量限定で売ればいいんだ。それぐらいの融通は利かせられるよ。僕が仕事に行くとき一緒に持っていくから君がわざわざ首都に行く必要もない」


 会話が成り立っているようで成り立っていない。初めて会った時もそうだったが、この男、少々強引なところがある気がする。マイペースなだけなのか、確信犯なのか…。

 ソルティアは注ぎ終わった香油の瓶に、一つ一つ蓋をしながらはっきりと言う。


「この香油を売る必要性を感じません。それに、お金には困っていないです」


 温室内のソルティアが手塩にかけて育てている薬草たちを、変態熊頭が指先でつんつんしつつ会話を続ける。


「つい先日、首都にある王立研究所でいくつか新薬が発表されたんだ。中には魔物を麻痺させる従来の薬より10倍効き目があるものもあるらしい。凄いよね、物騒だ」


「……新薬」


 ソルティアはぽつりと呟く。


「一般人への販売も始まっているけど、とても高いらしい。お金がないと手に入らないね。すぐに欲しい人達は大変だろうな」


 そう言い残してエメルは温室から出て行った。自室へ戻るのだろう。ちなみに、エメルの部屋はソルティアの寝室の隣、つまり倉庫にしていた部屋だ。


 先ほどソルティアが言ったお金に困っていないというのは、森での生活は自給自足のためお金を使用する機会がないという意味だ。決してソルティア自身、お金持ちというわけではない。それでも、衣類などは街を出る際に買い込んであるため、当分は必要ない。


 だが、ここで新薬という心惹かれる単語を聞いてしまったソルティア。人間が作る人間の為の薬にはさほど興味は湧かないが、対象が魔物ときた。ということは、魔法使いにも応用できる薬かもしれない。そう考えると、ソルティアの好奇心がくすぐられる。


 人間とはどんな形であれ関わりたくない、けど新薬には興味がある。でも人間とは…


 こうして10分たっぷり悩んだ末、ソルティアはついさっき出来上がった香油の瓶をいくつか手に取りエメルの部屋へ向かった。


 

 その後、ソルティアの機嫌があまり良くなく、夕食は各自別々に取った。エメルは未だソルティアに素顔を晒していない。食事を共にするときは、器用に被り物の下の方から食べ物を運んでいる。また、マイストローを常に持ち歩いており飲み物はそれで飲むのだ。


 翌日朝早く、エメルはソルティアから渡された香油の瓶を持って仕事へ出かけて行ったのだった。




 テルーナ王国首都ガランドでは、男女問わずある香水が流行している。

 主に使っているのは平民たちだ。特権階級の貴族たちが使うものとは違い、値段もそれ程高くないのに質が悪いというわけでもない、強いて難点を挙げるとすると香水の容器がいたって質素だというところぐらいだろう。だがそこが逆にシンプルで良いと平民たちの間で流行っているのだ。


 香りの特徴としては、草花をイメージしたような爽やかで優しい香りだ。少し甘い香りが強いかもしれないが、一瞬だけなのでそれほど気にならない。色は鮮やかな赤紫色で、最近では一部のミーハーな貴族たちの間でも人気になり始めている。


 しかし香水が流行るのと同じ頃、街中での暴力事件が増え始めた。また、体調を崩すものがちらほらとでてきたが、これは季節の変わり目ということもありそれ程注目はされなかった。このようなことが重なり、人々はより気分が癒される香水を求めるようになる。


 香水の名前は、“ノ・ラントゥ”。調香師は不明。




 

 首都ガランドには、ガードン軍本部がある。

 国の秩序を守るため人間を取り締まる一般兵隊に対して、魔物と魔法使いを取り締まる特殊部隊も存在する。また、テルーナは王国であるため王直属の近衛兵もいるが、それらは軍に干渉することができない決まりになっている。首都ガランドがまだガードンという名前であった260年前、王族と軍の癒着が国民を苦しめた過去があり、それ以降この体制は続いている。



「失礼致します。トスです、起きて下さいプラトン中隊長。報告です」


 トスと名乗った男は、一般第2兵隊中隊長であるプラトンが突っ伏して寝ている机をコンコンと指でたたいた。


「んああー…、トス君。君ねえ、徹夜明けの俺に対してもうちょっと優しくてもいいんじゃない。もう1時間寝かせて、なんならこのまま明日の朝まで寝かせて」


 そう言うとプラトンは机から離れて近くにあったソファに横になった。


「一体何時間寝るつもりですか。仮眠は報告を聞いた後にして下さい。報告です、私達が担当していた9件の暴力事件ですが、特殊部隊が調査している香水と関連があると判明。それにより、本日から一般第2兵隊と特殊部隊の合同調査が決定致しました」


「あ”あ”ん”っ!?」


 プラトンは半ば叫び声のような声を上げて、勢いよくソファから起き上がった。


「3時間後に特殊部隊との合同会議があるので、それまで仮眠してていいですよ」


「寝れるかぁっ、ボケ!最悪だ、最悪すぎる。よりによってあの女狐が山脈調査から戻ってきてるときに……」


 プラトンはそう言うと、右手で髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら慌ただしく部屋を出て行った。一人部屋に残されたトスはというと、腹減ったと呟き食堂へ向かったのだった。




 ガードン軍本部会議室にて、


 何の前触れもなく会議室の扉が勢いよく開いた。


「ごっめーーん。寝坊しちゃったわ~。続けて続けてー」


 手をヒラヒラさせながら、セミロングでカールした薄桃色の髪を揺らして30代前半ぐらいの女性が入ってきた。それを見たプラトンが拳をドンッと机に叩きつけて、


「まだ始まってねえッ。お前を待ってたんだよ、ビアンナ!」


 ビアンナと呼ばれた女性は鼻歌でも歌いだしそうな軽い足取りで、自分のために空けられた椅子へと向かう。170cmほどある身長は女性にしては高い方だが、女性らしいめりはりのある体つきから、男性から見ても女性から見てもバランスの整った体形をしていることがわかる。


「あっらぁ?プラトンじゃない。…っあー!そっか、一般第2ってあんたのとこか。りょーかいりょーかい。みんな待っててくれてありがと。さっ、はじめよー」


 はあっと大きなため息をつきながらプラトンはトスへ手を振り、会議を始めるよう促した。


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