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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ ガードン軍 特殊部隊編 ~
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第29-1話 妖精殺し


 雪の訪れを知らせる妖精エルシィとの遊びで身勝手な行動をして大怪我を負ったハンネ・シッター訓練員は医務室で治療を受けていた。


「残念だけど、左目はもう使い物にならなそうね。命があっただけでも感謝しなさい」


 意識が戻ったハンネにユリィが医師としての診断を下した。エルシィの魔法で凍らされたハンネだったが、ソルティアの迅速な対処により手足の壊死や腐敗といったことはなく、完治に時間はかかるが凍傷のみで済んだ。しかし、左目だけは光を認識するのみでほぼ見えない状況だ。特殊部隊員として戦闘を行うのは難しい。


「あっ、ありえないっ!! この俺が!」


 綺麗に整えていたアッシュグレーの中央分けの髪は今は激しく乱れていた。まだ力の入らない手で掛け布団を握ってわなわなと震える。もっと暴れるかと思っていたが意外と静かだ。


「その状態の視力をもとに戻す方法はない。一応、言っておくけど魔法に治癒はないからそっち方面も頼れない。とにかく今は手足の治療に専念しなさい。感染症にでもなれば命が危なくなる」


 ハンネにとって左目の視力を失ったということの衝撃が大きすぎてユリィの言葉が聞こえていないようだ。ハンネの状態はさきほど特殊部隊の隊長に連絡を入れておいた。そのうち医務室にやってくるはずだ。


 ユリィは治療に必要な薬をソルティアに頼んだり、書類の作成などを行う。ハンネに医師としてこれ以上話すことはないのだ。今後の身の振り方はハンネ自身が隊長と話し合わなければいけない。


 今後の治療の計画を立てていると、医務室の扉が開いた。


「ハンネ・シッター訓練員はここかにゃ~ん」


 特殊部隊の制服に豪華なマントを羽織った身長140cmほどの少女が医務室に入ってきた。赤みかかった茶髪を編み込みにして後ろでひとつにまとめている。誰がどう見ても小さな女の子だ。見た目年齢12歳ほど。


「相変わらずちい――」


「それ以上言ったら狩っちゃうぞ☆」


「……」


 ニコニコした愛らしい顔に似合わない言葉をユリィに投げかけそのままの笑顔でハンネが横になっているベッドに近づく。


「たっ、隊長っ!」


「はいはい。わたしが特殊部隊の隊長キャリアン・グリモアちゃんですよ~っと」


 よっこいしょ、という言葉とともにぽすっとベッドの近くにあった椅子に座る。ざっとハンネの状態を見てからユリィに背を向けたまま質問をした。


「にゃ~ん、痛そう~! ねえ、治療をすれば手足は動くんだよね~?」


「今まで通りをご希望なら本人が死ぬ気でリハビリすれば可能。左目は諦めて」


「ふむう~。まあ、左目はいいや。なくても戦えるにゃ~」


 キャリアンの発言にハンネ訓練員はピクッと反応した。


「左目は……いい? お言葉ですが隊長! 目が見えなくてどう戦えというのですかっ!?」


 血走った目をキャリアンに向ける。そんな様子を見てキャリアンはニコニコした顔のまま、どこから取り出したのかわからない大きな飴をぺろぺろとなめる。


「にゃに甘いこと言ってるの~。まだ右目があるでしょ? 手足は動くんだから戦えるに決まってるじゃにゃいか~。遠近感覚は狂うだろうけど訓練なさいな~。そもそもこんな失態を犯しておきながらまだ軍にいれることを感謝してほしいにゃ~ん」


 怪我を負っている部下に対して辛辣な言葉を告げるキャリアンだが、これは彼女なりの優しさでもあった。特殊部隊は危険な任務が多いため、それなりに給料が良い。ハンネは両親がいなく年老いた祖母と幼い妹2人と暮らしているため何かとお金が必要なのだ。怪我を負って使い物にならないからと言って追い出すには不憫な境遇だ。


「し、しかしっ」


「お黙り~! 1か月後の山脈訓練までになんとかするにゃ~。不可侵の森での訓練は免除で、この分はまたあとで決めるにゃん。……簡単に傷のつくプライドなんて捨ててしまいなさいな~」


 そう言うとキャリアンは椅子から立ち上がって医務室から去ろうとする。その後ろ姿にユリィは何かに気づいて待ったをかけた。


「確かこの前の検診で虫歯があったわよね。なんで飴なん――」


「こらこら、ユリィちゃん☆ それ以上言ったら君の大切なトス君が激務で過労死なんてことになるかもだけど良きかにゃ?」


「どうぞ」


 ユリィは即答した。


「おいっ! そこは嘘でも良くないって言ってくれ、頼むから!」


 丁度医務室に入ってきた一般第2兵隊のトス隊員がユリィの発言に突っ込みを入れた。ユリィはちらっとトスを見たがすぐにふいっと興味を無くしたかのように視線をそらした。


「ん? トス君、何か用かにゃん?」


 今は訓練のために森で指導隊員と訓練員ごちゃ混ぜの“死ぬ気で鬼ごっこ”が行われているはずだ。トス隊員は連絡要員として基地の会議室に待機しているはずだが、持ち場を離れてわざわざここにやってきたということは何かあったのだろう。


「はい。訓練員2名が魔物と思って狩ったものがどうやら妖精だったらしく、それにより妖精の怒りを買った訓練員が戦闘を開始。近くにいた魔法使いナンバー8が戦闘に加わりましたがそのまま連絡が途絶えました。現時点では死亡したと考えられます」


 キャリアンはあちゃーと呟いて続きを促した。


「妖精の種類は判別できなかったそうですが、その戦闘に触発された魔物たちが森の外に向かっているようです。ユニアス隊員からの連絡ではどうやら妖精が魔物をけしかけているようで、その妖精をどうにかすべきだと」


 妖精と魔物は別物だ。妖精は人間や魔法使いと心を通わすことができ、より高度な技術や力を持つ存在もいる。一方で魔物は獣に魔力が宿った存在。基本は攻撃的だが妖精とは同じ森で暮らす隣人のようなもの。そんな魔物を率いて妖精が動いているとなればただ事ではないし、妖精が関わっているとなれば人間がどうこうできる問題ではなくなる。


「にゃ~ん。良かったー! 魔法使いを連れてきてて。ソルティア・カーサスに連絡して今すぐ対処するように伝えて。わたしはこれからお昼寝の時間だから起こさないでね☆ あとはプラトンに任せるって誰か伝えといてにゃ~。いやー、それにしても妖精を殺すなんてある意味天才なおバカちゃんは一体誰かにゃ~ん」


 それだけ言うとキャリアンはあくびをしながらすたすたと医務室から出ていった。残されたトスは死にそうな顔をしながらソルティアへ連絡を入れ、プラトンへ指示を仰いだりと忙しく動き始めた。


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