第26-1話 雪花を見つけたら…
ハンネ・シッターというあの訓練員は死にたいんだな、とソルティアは結論付けた。
戦闘において1番重要なことは自分と敵の力量差を正しく判断すること。それがわからないうちは容易に動くべきではないし、仮に行動を起こさないといけない状況に陥った場合は、何かしらそこから逃げ切る方法を用意しておかなければいけない。
当たり前のことなのに、あの愚か者は一体何を根拠にあそこまで自信たっぷりでエルシィに突っ込んでいったのか。甚だ謎だ。謎すぎる。
この“遊び”においてエルシィは『僕に見つかったらだめ』と言った。それはまさしくそのままの意味なのだ。訓練員たちは見つかった時点でエルシィから逃れることは不可能。それをわかっているからアインゲルも早々に不可視の魔法を彼らにかけていた。
魔法使いであるアインゲル、ソルティア、魔狩り最強のアリサー隊員はエルシィから逃れる術がある。だからこれはいかにお荷物を隠しながら雪花を探せるかにかかっていた。まさかお荷物が勝手に動くと誰が思っただろう。
「私の判断ミスか。見事に凍ってるなぁ」
ハンネ訓練員は川の水諸共、エルシィの魔法によって凍らされていた。
実は、ハンネ訓練員が飛び出していったときにソルティアは彼を見切ってアリサー隊員と意思疎通を行っていた。
「彼はどうしますか、指導隊員さん」
「死なれると面倒」
本部に戻ってからの対応がか!とツッコミを入れたくなったが今はそんな場合ではない。
「では死なない程度に助けるということでいいですね」
アリサーはこくりと頷いた。
この間わずか30秒。ハンネ訓練員が木の陰から飛び出して見事エルシィに凍らされるまでの時間。あの状態で放っておけば確実に彼は凍死する。ソルティアは大きくため息をついてから魔法で氷漬けにされたハンネ訓練員の周りを、円を描くように紅い炎で覆った。
「あちちっ!」
その周りをふよふよと飛んでいたエルシィは突然の炎に驚いて距離をとる。ソルティアとしてはあまりエルシィを傷つけたくないのが本音だ。しかし中途半端にやったとしてもエルシィにずっと追いかけまわされるのは雪花探しが進まない。
よって、今ここでやることは1つ。
派手な魔法でエルシィの気を引いて、その間に逃げる。
「私がエルシィの気を引くのでその間にアレを回収してください」
ソルティアは氷が解け始めて気を失ったハンネ訓練員の上半身が見えたのを確認して、エルシィの周りにも同じように紅い炎の輪を作り出した。
「もうっ! 鬱陶しいなぁ。えいっ」
エルシィは雪の訪れを知らせる妖精なだけに熱さに弱い。すぐさま魔法で炎を凍らせた。しかし、それを見たソルティアの銀色の瞳はより一層強い輝きを放つ。
「ごめんね」
ソルティアの呟きとともにエルシィの視界は炎の壁によって遮られた。轟々と燃え盛る火柱が10mほど空に向かって伸びたのだ。エルシィは何か言っているがソルティアの元まで届いていなかった。
ソルティアが魔法で火柱を出現させてすぐにアリサーはハンネの回収をした。気を失っているが呼吸は正常。手足の先や顔の皮膚は所々赤くただれたようになっており、凍傷しているのだと判断できる。凍らされた際、目を開けていたため視力の方もおそらく影響がでるだろうなとソルティアは考えていた。最悪、失明していてもおかしくはない。
アリサーが無事にハンネを回収したのを確認してソルティアはこの場から離れたのだった。
エルシィとだいぶ距離をとったソルティアはハンネ訓練員を転移で医師のユリィが待機している基地へと送り飛ばした。これにて訓練員ハンネの訓練初日評価は0となった。ことの詳細はアリサーが持っていた連絡用魔晶石で説明したがユリィはなんとも間抜けでお粗末な訓練員たちの言動に大笑いした。
ソルティアとアリサーが雪花探しを再開した一方で、アインゲルと他3名の訓練員たちも森の中を走り回っていた。
「少しでも怪しい動きをしたら捕まえてあげるから注意しておくことね」
クリーム色でショートヘアの女性訓練員が威勢よく告げた。前を走っているアインゲルはそれを聞いて鼻で笑う。
「はっ、どの口が言ってんだよ」
アインゲルは霧の中で魔法に手も足も出なかった訓練員たちの様子を思い出す。しかも今は彼らに不可視の魔法をかけて周りから見えにくくしているのだ。意識して見なければ訓練員たちがエルシィに見つかることはまずないだろう。
なんだかんだお人よしのソルティアはあくまで訓練という建前を尊重してそんな魔法を訓練員にかけてやってはいないだろうなとアインゲルは思う。魔狩りたちの事情など知ったことではない。アインゲルは単純にエルシィとのこの遊びを楽しむつもりだ。
「近くの湖に行く。去年の冬に雪花を見かけた場所だ」
そう言って訓練員たちがぎりぎりついてこれる速さでアインゲルは駆けだした。魔法ばかり使っていては筋力が落ちる。仮にもアインゲルは15歳の成長期だ。できるときに運動はしておいた方がいいだろう。
「あっ、あのっ! 西域にはど、どのくらいのっ、魔法使いがいるんですかっ」
たれ目の男性訓練員が必至に走りながら唐突に質問をしてきた。アインゲルは少し意外に思いつつ暇つぶしに付き合ってやることにした。
「知るか。お前たち人間みたいな組織は魔法使いにはない。表から魔法使いが消える前はあったらしいが100年以上も前だし機能しているとは思えない」
人間と魔法使いの関係が良好だった頃は魔法使い同士もお互いの存在を把握するために、まとめ役を立てて組織を運営していたらしい。しかし、それはいつの間にかなくなってしまったとソルティアの師匠が話していた。
辺りがだんだんと薄暗くなってきて空には星がうっすらと見え始めた。もちろん、月も。足元に気を付けながらアインゲルと訓練員たちは先を急ぐ。
「なっ、なんで、そんなに強いんだっ? どうしたら、そっそうなれる?」
ありったけの勇気を振り絞ってたれ目の男性訓練員はアインゲルに投げかけた。その質問にアインゲルは表情を消す。
「お前、それ本気で聞いてんだったら頭の中スッカスカだな。……生まれた時から誰かに守られることが当たり前と思ってる奴には一生わかんねぇだろうよ」
これ以上無駄口叩いたら殺す、と本気で脅しをかけるとたれ目の男性訓練員はひっと情けない声をあげて黙った。他2名の訓練員もアインゲルの様子に息をのむ。
そうこうしているうちに目的の湖についた。
周りをよく見たがまだエルシィはいないようだ。さきほど近くで大きな魔力の揺れを感じたためおそらくソルティアが戦闘を行っているのだろう。エルシィがこちらに来る前に雪花を見つけようと訓練員たちと手分けして探し始めた。