第25-2話 雪の訪れ
雪花とは雪の訪れを知らせる妖精エルシィだけが作り出せる雪の花だ。エルシィが姿を現して雪が降り始めるまでの短い時間しか咲かないため、見つけたら幸運が訪れると昔から言われている。
訓練中に予想外のことが起こっても対処できる自身があった。だが、青髪の魔法使いや妖精の登場に今だに戸惑っている自分がいるのも確かだ。それなのに、自分より年下であろう魔法使いソルティア・カーサスはなぜあそこまで冷静に物事を判断して上手く立ち回っているのか。
魔法使いだから? 経験値の差? 性格の違い?
銀色に輝く瞳を見て訓練員ハンネは悶々と考えていた。
「雪花は澄んだ水のそばに月明かりを浴びて咲くことが多いんです。ですから考えつく小川、湖を回ります」
ソルティア・カーサスがこれからの行動について提案した。そもそもなぜエルシィなどというよくわからない妖精の相手をしないといけないのか納得はしていないが、俺たちの不用意な言動が原因であるらしい。だがどう考えてもそこに俺は含まれていないと思う。妖精エルシィに話しかけたのも森を甘く見ているのも俺でなく他の奴らだ。
入隊してから常に主席のこの俺があんな奴らと同じわけがない。現に俺は北の帝国オルセインでもガードン軍でも優秀だと皆が一目置くアリサー隊員と行動を共にしているのだ。他の奴らがどんなに頑張ろうともそれをアリサー隊員が見ていなければ評価などされるはずがない。
状況をよくわかっていない他の訓練員たちが仮にここで脱落してもガードン軍にとって痛くも痒くもないはず。だが、主席のこの俺ハンネ・シッターがいなくなるのはさすがに困るのだろう。だからアリサー隊員もこの俺と行動を共にするのだ。
だが、一つ気にくわないことがある。
魔法使いが動きやすい森という環境だからといってソルティア・カーサスに好き勝手されるのは不快だ。この小娘は所詮、若い魔法使い。こんな風に威張ってはいるがガードン軍から逃げ出せない首輪付き。それにここには監視役であるアリサー隊員がいる。何か怪しい動きをすればアリサー隊員と一緒に捕縛してしまえばいいのだ。
「まずはここから一番近い小川に向かいます」
そう言ってソルティア・カーサスは魔法で体を浮かせて動き出した。そして小川に差し掛かる少し手前でさっそく妖精エルシィに出くわしてしまった。俺たちは息を殺してそれぞれ木の陰に身を潜めた。くんくんと香りを嗅ぎながら探し回る妖精エルシィが去るのをじっと待つ。
「……」
ごくりと自分の喉が上下する音がとても大きく聞こえた。木々がこすれ合う音、どこか遠くで野鳥が鳴く声、風の抜ける音、いつもなら全く意識しない音を全身で感じているようなそんな感覚。たかが妖精1匹が去るのを待つだけなのに、なぜこんなにも緊張しなければいけないのか。このよくわからないバカげた”遊び”を早く終わらせる方法はないのか。
妖精エルシィはくんくんと香りを嗅ぐのをやめ、くるくると川の上で遊び始めた。雪花探しを忘れているのではないかと疑うほどの余裕だ。
「あ……そうか」
俺は剣をしっかりと握りなおして木の陰から飛び出した。驚愕に満ちたソルティア・カーサスの顔がちらついたが無視だ。せいぜい木の陰で俺の戦う姿を見ていればいい。
姿勢を低くして一気に妖精エルシィとの距離を詰める。
「あっ!」
妖精エルシィの驚いた顔を視界に入れながらするりと鞘から剣を抜く。
さっき俺たちがこんな妖精に翻弄されたのはこいつが強いからじゃない。“不意をつかれた”からだ。なら、こっちも不意を突けば勝てる。このバカげたお遊びに付き合う必要もない。
剣先が妖精エルシィを捉えた。素早く右肩を狙って振り下ろす。
しかし、何かを斬った手ごたえがない。勢いよく川の中に足をついたせいで大粒の水しぶきが舞う。一瞬視界を奪った水しぶきを鬱陶しく思いながら視線を上げると妖精エルシィの姿が歪んで見える。どことなく曇ったガラス越しに見ているようなそんな感じだ。
幻術の類か?
そう言ったつもりだった。
なのに……
音が消えた。
思考が凍った。
時間が止まった。
お読みいただきありがとうございます。
キリが良いので今回はいつもより少なめです。