第23-2話 氷と亀裂
ソルティアが参加する班は訓練員4名に指導隊員はアリサー隊員の1名のみ。派手な登場をしたソルティアに対して案の定、訓練員たちは良い印象を抱いていないようだ。もともと魔法使いに良い印象を持った人間などいないのだが。
「アリサー先輩、訓練員ハンネ・シッターです。改めてよろしくお願い致します。訓練内容はどうしますか?」
前髪を中央分けにしたアッシュグレーの髪を持つ訓練員がソルティアをガン無視してアリサーに話しかけた。切れ長の目で整った顔をしている生真面目そうな印象だが、どことなくプライドが高そうだ。
「4人一斉に相手をする。好きに切りかかってこい」
「えっ……、あの、剣も使用してでしょうか」
アリサーはこくりと頷く。訓練員たちが驚きと戸惑いをみせる様子をソルティアはまあ妥当だろうなという気持ちで眺めていた。
アリサー隊員は他の隊員が認める実力の持ち主。身のこなしや気配に隙がない。実戦経験のない訓練員が何人束になってかかろうとも傷を負わせることは難しいだろう。実際にしっかりと戦っているところは見ていないのでこの機会に見ておくのも悪くはない。
きっと、私を殺せるのはアリサー隊員ぐらいだろうから。
訓練の間、やることがないソルティアはどうしようかなと思っているとアリサーがこちらを向いて空を指さした。一瞬何をしているのかと思ったがすぐに空に待機していろという意味だと気づき、頷いでから魔法で氷の翼を作って飛翔する。
そんな二人のやり取りを見ていた訓練員たちは、なんであのしぐさで理解できるんだよ。とアリサーとソルティアの微妙に息の合った様子に驚いていた。
訓練員たちはアリサーが言ったように4人一斉に攻撃を仕掛ける。最初に真正面から切りかかった茶髪でたれ目の男性訓練員は軽くあしらわれ、次に剣先がアリサーに届く距離にいたクリーム色でショートカットの女性訓練員は回し蹴りをもろに食らって吹っ飛んだ。
全く容赦のないアリサーにソルティアは顔を引きつらせる。
次にハンネ・シッターと名乗ったアッシュグレーの髪をした男性訓練員がアリサーに切りかかる。アリサーはそれを受け止め弾く。それを10回ほど繰り返したところでアリサーが強く踏み込みハンネの剣を弾き飛ばした。そしてその剣はソルティアのもとへ一直線に飛んでくる。
「おわっ!」
ソルティアは風を操り剣を受け止める。キッとアリサーの方を睨むとすでに訓練員たちが全員地面に臥せっていた。最後に相手をした金髪でボブの女性訓練員は意識を飛ばしてしまっているようだった。
アリサーは訓練員の実力が把握できたのか、今日の訓練はこれで終了となった。その後は各々自由に過ごし、午後18時に食堂で夕食となる。今日は初日ということもあり訓練員たちが先輩隊員に色々と話しを聞けるチャンスだ。ネル隊員の周りには男性隊員が、ユニアス隊員は女性隊員に囲まれていた。
食事のトレーを持ってどこに座ろうか食堂内を見まわしていると、ユニアス隊員とばっちり目があった。ニコニコした顔でちょいちょいと手を振っている。周りの女性隊員4名がソルティアを見て嫌な顔をしたのをソルティアは見逃さなかった。
(うわあ……行きたくない)
ユニアスの誘いを無視するのはさすがに感じが悪いと思い、ソルティアはこれから起こるであろうめんどくさいやり取りを想像しながらユニアスの右隣に座った。ちなみに、女性訓練員たちはユニアスの左隣に1人、その正面に2人。ソルティアの正面には誰もいない。
「お疲れ様」
「ユニアス隊員もお疲れ様です」
今までわいわいとおしゃべりをしていた女性訓練員たちはソルティアが来た途端に口をつぐむ。ソルティアは特に気にせず3人前はあるであろう目のまえの食事を黙々と食べ進める。
「ユ、ユニアス先輩! 先輩は今までどのくらい魔法使いを確保されたんですか」
ソルティアが参加している1班にいた金髪ボブの女性訓練員が質問した。
「オルセインで訓練生だった時に3人、こっちでは1人かな。やっぱり西域は魔法使いの数自体少ないと思うよ」
「わあ! さすがです! そもそも魔法使いって話が通じるんですか? 私たち人間とあらゆる感覚が違うって聞きましたけど」
悪意ある言葉を投げかける。
それに同調して他の女性訓練員たちもソルティアには構わず好き放題言い出した。
「そうそう、人間に紛れて生活してるって聞いたけど目的は何?」
「私たち人間に迷惑さえかけなければこっちだってわざわざ狩りに行かなくてもいいのに」
ソルティアは無視を決め込む。真面目に対応したところで面倒ごとになるのは間違いない。彼女たちは魔法使いを狩る側の選ばれた人間として優越感に浸りたいのと、ユニアス隊員とソルティアの関係が良好なことに嫉妬しているのだ。だからこそ、ユニアスの前でソルティアを侮辱する言葉を発した。
「言葉には気を付けて。協力的な魔法使いだっているからね」
ユニアスはそんな彼女たちに対してやんわりと注意する。しかし、ある女性訓練員が強気でユニアスへ質問した。
「でも、ユニアス先輩はオルセイン帝国出身なんですよね。蒼炎の悪夢は身近だったんじゃないですか」
“蒼炎の悪夢”の話題を持ち出したことに周りがしんと静まり返った。
「私は……私はッ! あの事件で旅行中だった母と幼い妹が死にました! そのあと母を失った悲しみから立ち直れなかった父が自殺しました! 私は一人取り残されてッ……うぅ、……許せない! なんで罪もない人たちがあんなッ!」
涙を流す女性訓練員の背中を隣に座っていた訓練員が心配そうにさする。
「だっ、だから! 私はあんなに大勢の人を殺すことができる化け物は何か制御できるものの管理下に置かなければいけないと思います! もしくはっ! 全て狩りつくし――」
「うるさいなぁ。食事中に喚かないでください」
「え?」
感動的に決意を語ろうとする女性訓練員の言葉をソルティアは煩わしそうに遮った。それに周りの訓練員たちは信じられないものを見る目で見てくる。
「てっめぇ! ふざけんじゃねえよ!」
違う班であろう男性訓練員が机をバンっと強くたたいてソルティアに対して怒りを露にした。ソルティアはそれを冷めた目で見る。
「イライラしているだけで別にふざけてはいませんよ。……そこの金髪ボブさん。“感覚”なんて人間の中でも異なるものでしょう。個々の性格の違いが顕著に現れるだけですよ。他人に影響されにくいだけです。私たちは人間みたいにひ弱ではないので群れる必要がないのでね」
「なっ」
金髪ボブの女性訓練員は自分の発言に返答があると思っていなかったのか顔を赤くした。
「”魔法使いを狩りつくす”? できるものならやってみなさい。……まあ、あなたみたいな弱い人間は一瞬であの世いきでしょうけどね。」
「なんッ……ですって……!?」
涙を流して家族の話をしていた女性訓練員は憎しみのこもった目でソルティアを睨む。他の隊員も殺気立っている。
ネル隊員やユニアス隊員はハラハラしつつも事の成り行きを見守っているが、アリサー隊員だけは静かに食事を進めていた。