第22話 新たな役割
「ひゃぁ~! なんだか不思議な感じですけどよくお似合いですぅ~」
特殊部隊のネル隊員がソルティアの姿を見てはしゃぐ。
「ありえない……最悪……」
ソルティアは特殊部隊専属の薬師として普段白衣を着て過ごしている。だが、今は特殊部隊の制服と同じものを着ていた。なぜこんなことになったのかというと、一般第2兵隊中隊長のプラトンがあることを頼んできたのが発端だ。
「いやー、すまんな。特殊部隊訓練員の訓練相手として協力してもらうことになっちまって。恨むなら特殊部隊のクソ隊長を恨んでくれ。俺は反対したんだぞ」
プラトンは苦笑いでソルティアに謝罪を述べる。
“特殊部隊訓練員”
特殊部隊員は3年間の一般訓練のあと、2年間の特別訓練が必要だ。魔物や魔法使いについての知識を学んだり、専門の訓練を行う。そしてその特別訓練の最後の半年は研修期間として部隊に仮配属され、現役の隊員たちと任務をこなし実戦経験を積むことになっている。
例年通りであれば不可侵の森や未開拓の山脈で魔物相手に実践が行われるのだが、今年からは大きく内容が変更された。
「なぜ私たち魔法使いを殺せる人間の訓練に協力しなければいけないんです? 私、一応これでも自殺願望はありませんよ?」
目を瞑って深呼吸をしながら頭痛のする頭を押さえる。
「まあ、そう言わずになんとか頼む。ほら、未開拓の山脈に興味があると言ってただろ? 不可侵の森での訓練のあとに山脈に行くことになってるから。きっと嬢ちゃんの興味が惹かれるものもあるだろう」
新種の薬草。
以前から未開拓の山脈には興味があった。師匠との旅で少し足を踏み入れたことはあるがその時はそれほど薬草に詳しくはなかったのだ。そのため貴重な薬草を見落としていた可能性が大いにある。もう一度行って思う存分研究をしたいと口にしたことがある。
プラトンはその話を持ち出して説得を試みた。ソルティアは盛大にため息をついて渋々首を縦に振る。なんだかんだ押しには弱いのだ。
「それにしてもなぜ魔狩りと同じ制服を着なければいけないんです?」
「訓練員たちに刺激を与えないためだそうだ。俺は逆に区別するために何かしら目印になるものでもつけておいた方が良いんじゃないかと言ったんだがな、却下された」
「そうですか……」
以前フェナンド隊員が特殊部隊員は魔法使いに良い印象を持っていないと言っていたことを思い出してソルティアは訓練員とどう接すればいいか頭を悩ませる。
「まあ、気楽に考えてくれ」
その後、訓練員の研修期間についての大まかな話を聞いた。
今年の訓練員は14名、例年より少し多いそうだ。ゼオとの一件やビアンナが参加した山脈調査で戦力増強が必要との判断で例年より多い採用となったそうだがこの辺の事情はソルティアには知らされていない。
まず1か月間は不可侵の森での訓練。寝泊りは近くに専用基地があるらしくそこでするそうだ。ちなみに今回は専属医師としてユリィも同行する。
森での訓練のあとは未開拓の山脈での最終訓練が行われ、その後は実際に現役隊員たちとともに任務にあたることになっているらしい。
ソルティアが協力するのは不可侵の森と未開拓の山脈での訓練となる。
「よし、さっそくなんだが訓練員たちを訓練内容の説明のため会議室に集めているんだ。紹介も兼ねて一緒に来てくれ」
「……はい」
思っていたよりも早い対面に少々驚く。
会議室内に入ると訓練員と思われる人間がすでに4組に分かれてまとまって座っていた。途中から入ってきたプラトンとソルティアに注目が集まる。
「一般第2のプラトン中隊長だ」
「一緒にいる隊員は誰?」
「見たことないな」
こそこそとソルティアについての疑問が飛び交う。プラトンは訓練員たちの正面に位置する机の前に立ちソルティアを紹介した。
「こちらはソルティア・カーサス。今回お前たちの訓練に特別に協力してくれることになった。問題は起こすなと言いたいところだが、特殊部隊員は毎年頭のおかしい奴らしかいないから無理だろう。問題を起こしてもいいが責任は自分たちでとれよ」
(魔法使いということはまだ明かさないのか)
プラトンの紹介にソルティアは特に反応せずざっと訓練員を見渡す。このような場合は普通、頭を下げるのだろうが魔狩り相手に頭など下げられるものか。そんな気持ちで会議室内を見まわしていると、ユニアス隊員、アリサー隊員、ネル隊員、フェナンド隊員といういつもの面子を見つけた。
「指導側で訓練に参加するのですか?」
プラトンが説明をしている間にソルティアはユニアス隊員のもとへやってきた。
「うん、そうだよ。今回は、その……災難だったね。ここの特殊部隊長はちょっと変わった人なんだ」
ユニアスの肩まである青紫色の髪が揺れる。ソルティアはそれに苦笑いで返した。そんな二人の姿を女性訓練員数名がじっと見ていたことにソルティアは気づいていない。
プラトンの説明が一通り終わり、明日の出発に備えて今日は早めの解散となった。
部屋に戻り明日のために作りかけの薬を整理していると来客があった。
「ちーーっす! はじめましてソルティアさんー!」
「は」
白衣を着た茶髪で小柄な男性が元気良くソルティアの名前を呼んだ。
「研究班の研究員マレス・コルッテっす! 以後お見知りおきを~!」
ニコニコとした顔をこちらに向けたマレスは白衣のポケットに手を入れ内側からパタパタとして遊んでいる。
「……薬師のソルティア・カーサスです。ご用件は?」
めんどくさそうな人物の登場にソルティアはうんざりする。ガードン軍の研究班といえば様々な魔法に関する道具を解析、開発するところだ。多少興味はあるが所詮人間の作った人間のための発明品。魔法使いにとってはあまり意味のない物。
「血を貰いに来たっす! 髪の毛とセットで!」
「ばかなの?」
ソルティアはハッとしてすぐに自分の口を押えた。思わず反射で出た言葉にマレスは笑う。
「はははっ! 思ってたよりソルティアさん可愛いっすね! そんなソルティアさんの血と髪の毛貰っていいっすか?」
いや、だからばかなの?
今度こそ心の中でつぶやく。
ソルティアはもともと魔力との親和性が高い。そのため魔力量も魔力の質も高いのだ。それらは血液や髪の毛、爪といった体に現れる。つまり、高濃度の魔力が含まれたソルティアの血は人間にとって猛毒。そんなものをほいほい他人に渡すほどソルティアもばかではない。
「研究に使いたいんっすよ~! ユリィさんには許可もらったっすよ? そのまま体に取り入れると死ぬから気をつけろと念も押されたんで取り扱いには十分注意するっす!」
自信満々に胸を張る姿を見て、きっと血液の提供云々はユリィの独断だということを知らないんだろうなとソルティアは哀れな目を向ける。
「そんな話知りません」
ぴしゃりとマレスの言い分をはねのける。するとマレスは目の前で騒ぎ始めた。
「ええぇぇぇぇ! そんなぁぁぁぁ! 少しー! 少しでいいんっすー! おーねーがーいーっすーーーー!」
(ええー……。うるさいうるさい、頭おかしいだろこの人間)
あまりのうるささにソルティアは妥協案を提案した。
「そっ、それじゃあ、1か月後ならいいですよ。今すぐには無理です。こっちの都合も考えてください」
それにきょとんとするマレス。なぜ1か月後なのかと考えているのだろう。
「特殊部隊訓練員の訓練に参加するので明日から1か月は不可侵の森へ行くんです」
それに納得したマレスはにやりと笑って妥協案を受け入れた。ソルティアはマレスの様子を訝しみながらも部屋から追い出したのだった。