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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ 西の王国テルーナ編 ~
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第21-1話 聡い人


 久しぶりに香水店セレスタへ香油を納めに行った帰り道、物語を語る吟遊詩人の周りに多くの人が集まっているのを見かけた。同伴していたネル隊員が面白がってソルティアを引っ張っていく。


「ちょっ、ネル隊員! 仕事中なのではっ」


「いいんですいいんですぅ~! どんなお話なんでしょうかぁ~?」


 人込みをかき分け吟遊詩人が見える位置まで移動した。帽子を深くかぶっていて顔は見えないがよく通る綺麗な声をした男性のようだ。すでに物語は始まっている。




 男は嘆いた。

 “なんということだ! 昨日まで元気だった私の妻がこんなにも呆気なく逝ってしまうとは!”

 

 男の妻は流行り病で亡くなってしまった。

 “うぅ、きっとあの呪われた血が引き起こした悪夢に違いない! 殺してやる! 殺してやる!”

 

 血の涙を流す男に見ず知らずの色のない男が甘美で残酷な囁きを残した。

 “力を与えてやろう。忌々しいあの血を絶やすのだ。さすれば奇跡の花が咲く。奇跡の葉が落ちる。奇跡の雫が滴る。お前の妻も奇跡の中に眠っている”

 

 それを聞いた男は殺した。絶やした。呪われた血を。

 “はははは! やった! やってやったぞ! さあ! 奇跡はいつ私の妻を蘇らせてくれるのか!”

 

 虚ろな瞳で色のない男に問う。

 “足りない。まだ足りない。赤くて熱い芳醇な血が”

 

 そして妻を亡くした男は闇へ溶けていった。




「むむむ、どういう意味なんでしょう~?」


 語りが終わり、ネル隊員は物語の結末がよくわからずにいた。これは簡単に言えば悲劇であり喜劇だ。妻を亡くした悲しみを関係のないものへ復讐という形で紛らわせた男。そして最後には自身も騙されて殺された。それにこの物語の奇跡とは恐らく魔力樹のこと。つまり、魔法使いにまんまと騙されて自身の魂を取られてしまった哀れで愚かな人間の話。


(呪われた血、か……)


 集まっていた人たちがはけていく中、ソルティアがぼうっと突っ立っていたために吟遊詩人の男に声をかけられた。


「藍色の髪を持つ美しいお嬢さん」


「……えっ、あ、はい。私のことですか?」


「そう、あなたはどっちかな?」


「……どっちとは?」


 主語のない質問にソルティアは首をかしげる。


「清らかな血か、呪われた穢れた血か。あなたはどっちかな?」


「っ……」


 ソルティアは戦慄した。

 目の前にいるこの人間は気づいているのだ、こちらが魔法使いだということに。


(まさかこんなところで会うなんて。油断した。この人間、聡い人だっ)



 “聡い人”、または”狭間人”

 魔法使いを勘で見抜いてしまう人間のことだ。魔法使いよりも希少な存在で、認識されにくく人間の中では区別されていない。魔法使いと人間の関係が良好だった昔はお互い寄り添って友好関係にあったが、今では魔法使いを炙り出すために存在していると言っても過言ではない。



 心臓がバクバクとなっているのが自分でもよくわかる。この聡い人はどっちなのか。魔法使いに寛容な聡い人なのか、それとも魔法使いを殺そうとする聡い人なのか。


「何のお話をされてるんですぅ~?」


 目をぱちくりさせたネルだけが状況を把握できていなかった。ソルティアはそんなネルの手を引きここから去ろうとする。


「私もよくわかりません。さ、戻りましょう」


 吟遊詩人の男に背を向けてソルティアとネルは歩き出す。しかし、後ろで数人の悲鳴やざわつきが聞こえた。危ない!という声もソルティアの耳に届く。



「――――この悪魔があぁぁぁぁッ!!」



 懐から銀色のナイフを取り出した男がいきなりソルティアめがけてそのナイフをふるった。


「っ……!」


 ネルを突き飛ばしてソルティアは振り向きながらわざと腕を斬られるように避ける動きを遅くした。ここで完全に避け切って男を押さえても悪目立ちするだけだ。それなら被害者ぶっていた方が何かと都合が良い。というか実際に被害者なのだが。


 男がこちらのことを魔法使いだの何だのと喚いたところでいきなりナイフを振り回すような人間の言葉にあまり説得力はないだろう。あとはネルがガードン軍の隊員として連行してしまえばいいのだ。



 斬られたとき、ソルティアは時間稼ぎのために男に足をかけたため男はよろめいた。それを確認してソルティアは斬られた腕を押さえてその場に座り込む。その隙にネルが男の腕を蹴りってナイフを弾き落とした。男の動きは全てが素人そのもの。仮にも特殊部隊員であるネルが軽い身のこなしで無事、男を取り合さえた。


「もうっ、驚かせないでください~! びっくりしたじゃないですかぁ~!」


 よくわからないがなぜかネルが取り押さえている男に不満を言っている途中で騒ぎを聞きつけたガードン軍一般第3兵隊の隊員が駆けつけた。


「何事ですかっ……って、あれ? 特殊部隊のネル隊員では?」


 駆けつけた一般第3兵隊の2人のうち1人がすぐにネルに気が付いた。


「はい~、こんにちは。この変人さんをさっさと連行してください~! いきなり襲ってきたんですよぉ~! 許せませんっ! 怪我人がいますが私が対応するのでここの収拾よろしくですぅ~」


「「了解です!」」


 ネルの隊員らしい対応に少々驚く。プラトンたちといると少し抜けているイメージがあったのだが、今はしっかりと他の隊員に指示を出せている。しかも、一般第3兵隊の隊員がネルに尊敬のまなざしを送っているのは気のせいだろうか。


「あの、ネル隊員。あの隊員たちがなぜかネル隊員のことをすごく敬っているように感じるのは気のせいでしょうか……」


 失礼を承知でソルティアは聞いた。


「ほえ?……あー、よくわかりませんが特殊部隊員ってだけで距離を置かれることがあるんですぅ~! なぜでしょうねぇ~?」


「へえ……」


 なるほど、なんとなくわかった。ネル隊員に尊敬のまなざしを送っているというより”特殊部隊員”が憧れの存在なのかもしれない。個人での戦闘力や魔力耐性が高く、選ばれた存在。そんな認識なのだろう。



 その後すぐにナイフをふるった吟遊詩人の男は連行され、ソルティアはネルとガードン軍本部へ戻った。



(頭の悪い人間だな。魔法使いを殺したいならもっとやりようはあっただろうに)


 ソルティアは冷めた目で連行される男の背をちらりと見て思った。


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