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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ 西の王国テルーナ編 ~
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第20-2話 癒しの時、月光浴


 森に出かけるまで少し時間があったためエメルの研究室で暇つぶしをすることとなった。ソルティアは当初の目的通り、王立研究所について聞く。


「薬について研究しているところはあるんですか? 私はてっきり研究内容で大まかに区切られていると思ったのですが……」


 ここに来るまで見たのは完全なる個室の連続。中に入ってみると複数人いる研究室ということもあるだろうが雰囲気的になんとなく違うような気がした。分野ごとにまとまりがあるわけではなさそうだ。


「ああ、王立研究所っていうのは個人戦なんだ。だから個人単位でなら薬の研究をしている人がいるよ。以前発表された新薬もその人が開発したものさ」


 個人で研究をしていくつも新薬の開発をするのはすごいことだ。その人間はとても優秀なんだろう。できればその人の研究も覗いてみたいなと思い、図々しくもエメルに頼んでみると、


「だめ。絶対に」


 という答えが返ってきた。はっきりと拒否されるとは思っていなかったため少々驚く。


「君の頼みは何でも叶えてあげたいところなんだけど、あいつはだめ。俺、あいつ嫌いなんだ」


 まだ”知り合い”という関係であるはずのエメルがなぜそんなにも自分に甘いのか。そして一人称が”僕”から”俺”に変わっていることに本人は気づいているのだろうか。


「そう、ですか……」


 なんとく、ただ、なんとなくだがこれ以上エメルに干渉してはいけない気がしたので話題を変えるべく、目の前に差し出されたカップを持って香りが嗅いだ。


「あれっ、これ、カモミールティーですね」


 リンゴに似た甘いフルーティーな香りが漂う。甘酸っぱくもすっきりとした味わいで、気持ちを穏やかにする鎮静作用もあるため心の不調に効果的だ。ソルティアの隣に座りなおしたエメルもカモミールティーを一口飲む。


「昔からね、好きなんだ。カモミールティー」


「……」


 もう一口飲もうとしたソルティアの動きが止まる。



「……そうだ、これをあげるよ」


 エメルは白衣のポケットから銀色のチェーンに深い緑色をした六角形の天然石がついたネックレスを渡してきた。よく見ると縦に線のような模様が入っている。

 これはマラカイトという魔除けとヒーリング効果のある天然石らしい。何気なしにひょいと渡してきたが、買うと高いのではないだろうか。何をしたでもないのに貰うわけにはいかない。そう思ってエメルにやんわりと断ったのだが、いらなければ捨てていいと言われて渋々受け取った。この天然石に罪はない。



 それから二人は森の泉へ行くために王立研究所を出た。季節は秋も中盤。夜でなくても夕方から段々と森は冷える。行く途中で見つけた手ごろなフード付きのコートを購入して羽織った。空を見上げれば月や星がうっすらと輝き始めたのが確認できる。


「泉で何を取りたいんですか?」


 ソルティアは歩きながら横にいるエメルに問いかけた。“森の泉であるものを取りたい”そう言っていたが、はっきりと何をとりたいのか聞いていなかったのだ。


月光石(げっこうせき)だよ」


 月光石。

 何千年もの間、ゆっくりとじっくりと月の光、星の輝き、森の香り、水の清らかさを浴びた石のことらしい。実際に目にしたことがあるのは世界でみても数人しかいない。大きさもまちまちで目撃された場所もバラバラ。唯一共通していることは森の泉の中、そして満月の夜。だが誰一人泉の中から取り出すことはできなかったそうだ。


(嘘くさい……)



 そうこうしているうちに目的の泉まで辿り着いた。辺りはすっかり暗くなり夜空には光り輝く月と星のベールがかかっている。しんっと静まり返っていて若干からっとした冷たい空気が頬をさす。泉を見ると、月明かりに照らされて水面がきらきらと揺れていた。まさに美しいもの好きの森の妖精フィーリルたちが喜びそうな場所だ。


 月光石にはあまり興味のないソルティアは適当な石を見つけて腰かけた。泉の周りをちょこまかと動き回っては覗き込むエメルの後ろ姿をぼうっと見つめる。兎頭が揺れるたびにシュールだなと白い目を向けそうになるがなんとか堪えた。それを認めてしまえば他人から見た兎頭の隣を歩く自分はどう映っているのか考えただけでも頭が痛くなるからだ。


 少しして見つからなかったのかトボトボと若干残念そうにしたエメルがこちらへやってきた。いつの間にか細長い枝を手に持って地面をバシバシと叩いている。


「今回も見つからなかった。……でもまあ、月光浴にはなるから良いんだけどね」


「月光浴ですか……」


 月光浴は、月の光を浴びることでストレスや疲れ、イライラなど負の感情を洗い流してくれる効果がある。特に満月のときは浄化作用が強くなると言われている。リラックスできるため美容にも良いのだ。 

 ソルティアは目を閉じて深呼吸をする。耳を澄ませば泉の水が揺れる音、虫の音、草花の擦れ合う音、様々な森の音が聞こえてくる。


「月光石を手に入れたらどんな研究をするんですか?」


 興味本位で目を瞑ったままエメルに質問した。


「月光石の神秘的な力でやりたいことがあるんだよ」


 エメルは淀みのないそれでいてしっかりと力強さのある声色で答える。


「へえ。……案外、ロマンチストなんですね」


 エメルがふっと笑った気配がした。

 兎頭のせいでどんな表情をしているのかはわからないが。


 そこでふと、師匠に教えてもらった歌を思い出して口ずさむ。 




“ 草よ 花よ

 愛し子の涙を

 糧に大きく育て


 風よ 鳥よ

 愛し子の声を

 空高く舞い伝えて


 隠された月の欠片は

 震える貴方の心に


 隠された星の煌めき

 嘆く貴方の瞳に ”




「綺麗だね」


「……ありがとうございます」


 ソルティアは目を開けてそっと呟いたのだった。


※カモミールティー:キク科食物アレルギーの方は使用を避けてください。


※マラカイト:古くから魔除けのお守りとして用いられているパワーストーンです。

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