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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ 西の王国テルーナ編 ~
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第20-1話 癒しの時、月光浴


「ソルティア、おはよう。調子はどう?」


 時刻は午前10時過ぎ。

 滅多に薬師室に来ないユリィがわざわざソルティアの様子を見にやって来た。


「昨日はすみません。あまり眠れてはいませんが今は落ち着いています」


 心と体のバランスを取るためにラベンダーのシングルハーブティーを飲みながらソルティアは答える。部屋の中はラベンダーの優しい香りが広がっていた。ユリィはかけていた眼鏡をとって白衣のポケットに入れつつ、手に持っていた1通の手紙を差し出してきた。


「はい、ソルティア宛に手紙が来てた。それと、今日は外出許可を取っておいたから転移魔法陣なんて使わずに好きに出歩きなさい」


 そう言うとユリィはさっさと部屋から出ていった。外出許可は彼女なりの気遣いなのだろう。通常であれば魔法使いが出歩くときは隊員の同伴が必要らしいが、今回はもしかすると夢の書調査の報酬なのかもしれない。渡された手紙を見ると差出人はエメルの知り合いで香水店の店主でもあるセレスタからだった。


「私の手紙はちゃんと届いたのか、良かった」


 セレスタからの手紙にはなぜかエメルの仕事先について書かれていた。結びには”興味があれば行ってみてね”とある。特に興味はないんだけどな、と思いつつ場所を確認して絶句した。


「王立研究所っ!?」


 それからは無言で必要な物を適当に鞄に放り込んで、あまり顔色の良くないままガードン軍本部を出たのだった。



◇◇◇



 目の前には真っ白の巨大な塔がそびえ立つ。霧の濃い日なんかにはおそらく上の方は見えなくなるだろう。それほど高い塔だ。ひとまず入り口らしいところを見つけて入るが、人の気配がない。塔自体には多くの人間の気配があるため、いるにはいるのだろうが姿は見えない。入り口から入ってすぐの空間には真っ白な壁に紐が垂れ下がった呼び鈴らしきものが無数にある。圧巻だ、まさに非現実的な空間のよう。良く見ると紐には番号が書かれた小さな札がついていた。


「ああ、なるほど……?」


 セレスタの手紙にエメルの仕事先として49という番号が書いてあった。はじめは部屋の番号か何かだと思っていたが、どうやら合っていたようだ。おそらくこの呼び鈴は各部屋に来客を伝えるもの。どのような仕組みかはわからないがひとまずソルティアは49と書かれた札がぶら下がっている呼び鈴の紐をひく。


 リリリン


 思いのほか繊細な音が響いた。



 待つこと数秒、この空間に声が響き渡る。


「誰だ」


 硬い声。無機質な声。突き刺さるような声。

 予想していた声色とは全く違うものにソルティアは驚く。

 部屋番号を間違えたか……?そんな気さえしてくる。


「あ……の、エメルさんではないですか? 私、ソルティアです。すみませ――」


「はっ!?」


 ドタドタッ

 ドササササーッ


 エメルの素っ頓狂な声とともに何か物が崩れ落ちる音が聞こえた。慌てているような様子も伝わってくる。そしてすぐに音が消えてしんっと静まり返った。


「……」


 ソルティアはなんとなく申し訳ない気持ちになってきた。きっとエメルの仕事先を教えることはセレスタの独断だったのだ。王立研究所と分かって思わず押し掛けてしまったがきっと迷惑だろう。


 そんなことを思って2、3分突っ立っていると何もないと思っていた壁の一部が扉のように左右に開いた。そこから上下黒色の服装に白衣を着たエメルらしき兎頭の人物がこちらに向かって走ってくる。


「どうしてここが……君、顔色があまり良くないね」


 すぐ目の前までやってきたエメルはソルティアの顔を見るなり、あまり体調が優れないのを見抜いた。


「えっ、ええ、まあ大丈夫で――」


「おいで」


 ソルティアの返事を最後まで聞かずにエメルはくるりと体の向きを変え、扉の方へ歩いていく。あまりに早い対応にソルティアは困惑しつつ言われた通りについていった。



 案内された部屋はエメル専用の研究室だった。寝泊りできるスペースもある。部屋に入ると、まず目に飛び込んでくるのは天井近くまである棚に大量に置かれた鉱物。その中にはいくつかソルティアでも知っているポピュラーな宝石もあった。エメルに促されソファに座るとふわりとひざ掛けをかけられた。エメルは雪崩を起こしている本たちの整理をし始める。


「突然来てしまってすみません。セレスタさんに教えてもらって好奇心に勝てず……」


 ソルティアは視線を足元に落とす。


「ああ、なるほど。別に謝る必要はないよ。少し驚いただけだから」


 本を整理する手を止めずにエメルは先ほどの慌てていた様子を微塵も感じさせない落ち着きようで答える。申し訳ない気持ちを若干引きずりつつ素直な気持ちを口にした。


「驚きました、王立研究所で研究をなさっていたんですね。鉱物……についてですか?」


「ん? ああ、そうだよ。実際に色々なところに行って探したりもするんだ。ここにあるもので欲しいものがあったらどれでも持って行っていいよ」


「え」


 さすがにだめだろう。ここにある鉱物は研究材料で研究に必要なもののはずだ。それに売れば相当な金額になるものもある。この男は何を考えているんだろうと改めてソルティアはこちらに近づいてくる変態兎頭の男を見つめる。


「さ、こっちを向いて」


 なぜかソルティアの隣に座ってきて顔を覗いてくる。


「ガードン軍で住み込みの薬師の仕事をしていると手紙にあったけど……はあ、だいぶこき使われてるんじゃないかい?」


 ストリリン女学校に行く前、エメル宛の手紙をセレスタに預けていたのでソルティアの現状をエメルは知っている。もちろん特殊部隊専属ということは省いてあるが。

 確かにガードン軍で半強制的に夢の書調査に駆り出されはしたが、それほど大変な仕事でもなかった。今体調があまり良くないのは完全に精神的なものによる。


「そんなことはありません。体調が悪いのは自分自身に問題があるからです。お気遣いなく」


 エメルの言葉をきっぱりと否定する。そこには自分の現状に対しての苛つきも少し含まれており、言ってすぐに失敗したなと思った。だがエメルは特にソルティアの態度を気にすることなく会話を進める。


「そっか……。そうだな、それじゃあ気分転換にでも出かけようか。うん、それがいい」


「は?」


「あるものを森の泉に取りに行こうと思っていたんだ。今日は丁度満月だからね。森の香りに包まれて澄んだ星空を見ていればきっと心も晴れるよ」


 ソルティアが返事をする前にどんどん勝手に話が進んでいく。久しぶりにエメルに会ったが、出会った時と変わらずマイペースだ。いや、むしろ会話が噛み合わない。王立研究所とはどんなところか気になってわざわざ訪ねてきたのに、これではただ単純にエメルに会いに来たみたいになってしまった。


 この状況に釈然としないまま二人は森に行くことが決定したのだった。


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