第19話 芽生える独占欲それは危険を孕む
テルーナ王宮にある無駄に豪華な客室にオルセイン帝国宰相の息子イルシットは泊まっていた。
「ノア、0時をまわっているぞ。王宮内だとはいってもこんな夜更けに共もつけずにくるなんてどうした」
王太子のくせに何考えてるんだ? あ? という目でイルシットは客室へいきなり押しかけてきたリディノアを見る。1時間ほど前に客室へ通されて、お互いゆっくり休もうと言って別れたにもかかわらずこうしてまたやってきた友を訝しむ。
「なかなか寝付けなくてね。あんなもの見たんだよ? なあ、シット。あれは……ソルティア嬢は、”魔法”を使っていたんだよな?」
少し蜂蜜を入れたホットミルクを飲みながらイルシットは答え辛そうに口を開く。
「恐らくそうだろうな。俺はオルセインの人間だから一応黙っていたがこの際だからいいか。……ノア、お前が魔法に興味があるのはなんとなく気づいていたが、”魔法使い”はだめだ。関わるな」
ピクッとリディノアが反応する。
「なぜだい? 危険だから? ソルティア嬢は俺たちを守ってくれた。魔法というものは確かに人を殺せるだけの大きな力だが、それを使う者に依存するのだろう? だから、”魔法使い”というだけで忌避するのはどうかと思う」
それを聞いてイルシットはため息をつきながら手に持っていたカップを机の上にそっと置いた。
「それ、オルセインに戻ったら絶対口に出すなよ? テルーナの王太子だろうが何だろうがきっと周りから白い目で見られるぞ。ノアは学院外にあまり出ないから知らないんだろう、魔法使いの扱いを」
「魔法使いの、扱い……?」
北の帝国オルセイン建国に魔法使いが大いに貢献していたことは多くの人間が知っていた。そのため昔から魔法使いに対して寛容で、多くの魔法使いたちがオルセインに集まっていて一時は魔法大国などと揶揄されたこともある。
しかし、魔法使いに対して信頼を置いていただけに彼らの悪行が目立ち始めた頃には人間による差別運動が行われるようになった。そしてその後の、魔法使いを始祖に持つリーデル家皆殺し事件や蒼炎の悪夢といった大規模な事件が決定打となりオルセイン帝国の人々は完全に魔法使い排除に動き出した。
そしてそれは今も現在進行形で行われている。魔法使いを見つけたら問答無用で拘束、即処刑だ。民衆の中には魔法使いを炙り出して警察に突き出すことに使命感を抱いている者も多い。もちろん、魔法使いを匿ったり庇ったりする人間も同じように捕まる。
イルシットが心配しているのはここだ。
テルーナ王国内では魔法使いに対してのイメージが希薄で、むしろ存在すらあやふやだがオルセイン帝国内では憎悪の対象。魔法使いの存在を知っているのにそれを周りに言わないだけでも罪だ。よって、ソルティアの存在を黙秘しているこの状況はオルセインであればイルシットも危険な立場になる。
「知らなかった……。テルーナとオルセインではそんなに意識の差があるのか」
イルシットの話を聞き、リディノアは茫然とつぶやく。
「あの女が何のために正体を隠して女学校にいたのかは知らないが、もうこれ以上関わるな。あれは不運な事故だ、そう思え。きっとお互いそれが最善だろ」
「……」
それでも諦めきれないのか、リディノアは何も答えない。
「はあ……。ノア、まさかとは思うがあの女に恋愛感情なんてもの抱いてないよな?」
こめかみを押さえて違っていてくれと切に願いながらイルシットは問いかける。思ってもみないところから質問を投げかけられてリディノアは大きく目を見開いた。
「なるほど……。そうか! そうなのかもしれない!」
「はっ!?」
テルーナ王国は近いうちに滅ぶなと本気で考えるイルシット。
「ノア、落ち着け。落ち着いてよく考えろ。どう考えても無理だろう。あの女は貴族でもないし、おそらく商家の出というのも嘘だ。何より魔法使いだっ!」
金色の髪の毛が部屋の明かりに灯されてより一層輝いている。リディノアは立ち上がって意気揚々と話し始めた。
「大丈夫さシット。何も正妃じゃなくてもいいのさ。側室でいい。正妃には然るべきところの令嬢を迎えよう。そのあとにソルティア嬢を側室として迎え入れればいいんだ。それに魔法使いは子を成しにくい体だと聞いた。だからソルティ嬢との子は望まない。ただ彼女が手に入ればそれでいいんだ」
つまり、寵妃というやつか。まさに王族らしい考え方だ。でも仮に迎え入れたとしてソルティア嬢が後宮でどんな扱いを受けるかなど明白だ。それにそもそもソルティア嬢は側室になどならない気がする。
そんなことをイルシットがリディノアへ伝えると、
「ソルティア嬢の心はこれからさっ!」
というなんとも能天気な答えが返ってきた。
「お前なぁ……」
さすがにそろそろ休みたくなってきたイルシットがリディノアを部屋から追い出そうとすると、そーいえば!と急に手をたたいてこちらを振り向いた。
「なんであの時、俺たちは倒れずに済んだんだろう?」
“あの時”とは、ストリリン女学校のパーティー会場でソルティアとリディノア、イルシットの3人以外の人間が倒れたときのことだ。原因は夢の書の魔法であった。イルシットはああ、とつぶやいて首元からネックレスを取り出して見せた。そこには茶色と黒色が混ざったような少し透き通った宝石がぶら下がっている。
「それは……、水晶か?」
こくりとうなずく。
「先々代、つまり爺さんが旅人にもらった魔除けの水晶だ。スモーキークォーツという水晶で、破邪の効果が高いらしい」
毎晩悪夢にうなされていたイルシットの祖父が偶然出会った旅人にもらったそのネックレスを身に着けて寝たらそれ以降、悪夢を見なくなったそうだ。それからテナーイェル家のお守りとして受け継がれているらしい。イルシットの祖父がパワーストーンや占いなどに興味があったことも幸いしている。
「つけていないと爺さんがうるさいから仕方なくつけていたが、もしかしたらこれのおかげだったのかもしれない。まがい物じゃなかったんだなこれ……」
イルシットはスモーキークォーツのネックレスをまじまじと見つめる。
「へえ、すごいな。そんなこともあるのか。なら、なんで俺は大丈夫だったんだろう? シットみたいなお守りなんて持っていないんだが……」
扉の前でぶつぶつと考え込んでいると、イルシットにぺいっと部屋の外へ投げ出された。
「いいから、戻れ。寝かせろ!」
バタンッ
おやすみの一言もなく無慈悲に客室の扉が閉められたのだった。
※スモーキークォーツは実際に存在する、魔除け効果のあるパワーストーンです。