第18-1話 疑念
連絡用魔晶石を使ってガードン軍へ連絡をとるソルティアを見て王太子リディノアと北の帝国オルセイン宰相の息子イルシットは驚愕していた。
「君は……」
目の前の少女は今、何と言った?
魔法使い?結界?
(本当に……本当にいたんだっ!魔法使いは!)
歴史を学んでいると魔法使いが関係する様々な出来事がでてくるが、リディノアは本当に魔法というもの、そして魔法使いという存在がいるのか半信半疑であった。だが、今目の前に魔法を知るソルティアがいる。自分がずっと知りたいと思っていた世界が広がっている。多くの人が気を失っているこの状況を分かっていながら、リディノアの心は歓喜に満ちていた。
彼女を、ソルティアという少女を、
―――逃してはいけない。
ソルティアは連絡が終わったのか、連絡用魔晶石を片手にくるりと振り返る。
「殿下、イルシットさん。詳しいことはお話しできませんが、ガードン軍がこちらへ向かっているようですので倒れている人たちは隊員の方々に任せましょう。私は他にやらないといけないことがあるんですが……、うーん。どうしましょうか……」
リディノアの心境など1mmも知らないソルティアはこれからどうしようかと悩む。まずは結界を破壊しなければいけないが、リディノアとイルシットの前で堂々と魔法を使うのはできれば避けたいところだ。しかし、ナンバー11という魔法使いがこの女学校に入り込んでいる以上、二人を放置しておくわけにもいくまい。仮にもリディノアはこの国の王太子だ。少しでも傷を負わせてしまえばソルティアに平穏など一生訪れないだろう。
覚悟を決めたソルティアはリディノアとイルシットを連れて結界を破壊するためにテラスへ出る。呆気に取られているリディノアとイルシットは剣を鞘から抜くのさえ忘れていた。
「お前は一体何なんだ。ガードン軍の隊員なのか……?」
「違います。あんな人間たちと一緒にされては不愉快です」
イルシットの疑問にソルティアは即否定した。
「私みたいな存在とは出会わないのが一番ですよ。……不幸しか呼ばない」
「不幸……?」
イルシットはソルティアの発言と灰色の瞳が銀色に変わり始めたことに眉を寄せる。すると、ソルティアはおもむろに右手を斜め上に向けてあげた。それを二人がじっと見ていると手のひらから水色と白色が混ざったような色の空気を纏った巨大な細長くて鋭い氷塊が出現する。
「「なっ!?」」
ソルティアは二人の驚きをよそに無言で結界めがけて魔法でできた氷塊を打ち放つ。
ガンッ
魔力の揺れでしか存在を確認できていなかった結界が普通の人間にも目視できる状態で現れた。そしてソルティアの魔法攻撃によりひびが入り、一気に崩壊する。
(これが、魔法!?)
リディノアは魔法を使うソルティアに絶句する。
これであとは魔狩りがなんとかするだろうと思い一息つこうとしたその時、ソルティアはパーティー会場の中から魔法の急接近を感じ取りほぼ反射でリディノアとイルシットの前へ出た。
「このっ!」
水でできた槍を風を操ってはじき返す。よく見ると黒色に近い紫色をしていることから、ただの水ではなく毒が含まれていると予想できる。
「きゃははっ!」
フードを被った謎の魔法使いがこちらに向かって突っ込んできたため、ソルティアは咄嗟にリディノアとイルシットの周りに結界を張った。この魔法使いがプラトンの言っていたナンバー11だとすると、魔狩りにまんまと捕まる程度の実力しか持っていないと油断していたが相手の動きが思っていたよりも早いことに一瞬驚く。
魔法を使用するために少し距離を取ろうと後ろへ下がり、テラスの手すりに立つ。そこでソルティアは相手が夢の書を持っていることに気づいた。そして、自分の頭に髪飾りとしてカトレアの花が刺さっていることに。
「ちっ!」
それに気づいたのと同時にソルティアの体が傾きテラスから真っ逆さまに落下する。
「ソルティア嬢ッ―――!」
遠くの方でリディノアの声が聞こえた。
夢の書の魔法によってソルティアの意識が暗闇に引きずり込まれそうになる。
「こっ……のっ!!」
夢の書の魔法をはじき返すために、なんとか普段押さえている魔力を解放させるべく常に身に着けているイヤリング型の魔封じに触れようとするがうまく手が動かない。地面に叩きつけられる衝撃を覚悟して、ぎゅっと目を瞑ったその時、
―――誰かがソルティアの体を抱いた。
「え……」
視界には右側に赤い縦線が2本入った白いお面が映る。特殊部隊員のアリサーだ。結界を破壊したことで無事に女学校内へ入ってこられたようだ。アリサーはソルティアの手をそっと握り、イヤリングに触れさせる。その意図に気づいたソルティアは意識が遠のいていく中なんとか魔力を解放させた。
一気に視界が開けていく。同時に魔力が溢れ出す。アリサーに抱きかかえられたまま、ソルティアは慌てて魔力を抑えようとした。
「っ離れてください。魔力中毒を起こしますよ」
「平気」
アリサーはそう言ってソルティアを抱いたままテラスへ戻った。一連の出来事を見ていたナンバー11は特殊部隊員の登場に若干の焦りを見せて逃走を図る。それを見たアリサーはソルティアをテラスへ放り投げ、ナンバー11との距離を詰める。
「うわっ!?」
急に放り投げられたソルティアは態勢を崩すがなんとか持ちこたえた。そこへ、リディノアとイルシットが駆け寄る。
「ソルティア嬢! 大丈夫か!?」
「えっええ、大丈夫です。それに魔狩……じゃなくて、特殊部隊員が来たので安心していいですよ。そろそろ他の隊員たちも到着するでしょう」
魔力を完全に抑え切ったソルティアはナンバー11から目を離さずにリディノアたちに状況説明をした。一応、安全のためにまだ二人の結界は解かない。
「ゼオ様の崇高なるお考えのために!これだけはっ」
そう叫んでナンバー11は魔法陣が書かれた紙を取り出しありったけの魔力を込めて魔法を発動させた。
転移魔法陣。
しかし、転移させたのは夢の書一冊のみ。
(あの質じゃ人を転移させるには不十分だ……)
ナンバー11が持っている紙はただの紙ではなく、簡易的に魔法陣を持ち歩くのに適した素材で作られたものだ。どうやら造りが荒いらしく魔力を多く消費しても本一冊が限度のようだった。もともとそのつもりだったのかはわからないが。
その後はすぐにアリサーに捕らえられ強力な魔封じを首と手足にはめられる。
「きゃははっ!もう十分集まったわ!あれだけ人の記憶があればきっと!」
ナンバー11の最後の言葉にソルティア、アリサーは疑問を抱いたままこの件は幕を閉じたのだった。