第17-2話 ピンヒールは踊る
ソルティアがストリリン女学校での交流パーティーに参加していた頃、ガードン軍内は騒然としていた。
「ナンバー11が脱走したッ! 首都から出る前になんとしても捕まえろ!」
「一切痕跡がないだと!? 魔封じは機能してなかったのかッ!?」
ガードン軍特殊部隊ができて以来、初めての魔法使いの脱走。
“悪”と判断され収容された魔法使いはナンバーが与えられ魔封じにより拘束される。ここでいうナンバーとは単純に番号の意味合いで強さなどの優劣をつけるものではない。
魔法が一切使えないレベルまで魔力を抑え込んでいるため、常に監視の目が行き届いている収容所では脱走など不可能であった……今日までは。
多くの隊員たちが慌ただしく動き回る中、プラトンは状況確認をしていた。
「どーなってやがる! ナンバー11は香水店トールで調香師をやってたやつで間違いないな!?」
「はい、プラトン中隊長。ゼオと名乗る魔法使いとの関係が疑われており、特殊な魔力を持っていたため研究班の解析待ちでした」
プラトンの問いかけにトスは冷静に返す。
ナンバー11を与えられた魔法使いは首都ガランドを混乱に陥れるために、人間にとっては毒となる魔力を混入させた香水を広めていた。そして、珍しいことにナンバー11の魔力には人の感情を高ぶらせる特性があったのだ。
「特殊部隊員の状況は?」
トスがプラトンに首都ガランドとその周辺について書かれた地図を見せながら説明をする。
「はい。アリサー隊員、ビアンナ隊員はすでに各々動いているようです。ネル隊員、フェナンド隊員、バンデル隊員は首都にある3つの外門へ向かっています。研究班が新しく開発した魔力探知鳥も計20羽放って捜索を始めたそうです」
「ああ、あのふざけた名前の鳥か。本当に魔法使いの魔力なんて追えんのか?」
「もちろんっすよー! めっちゃ頑張って作ったんすからねっ! ぴよっちゃんず!」
プラトンとトスの間にいきなり研究員マレスが割り込んできた。
魔力探知鳥とは特定の魔力を記憶させその魔力の持ち主つまり魔法使いを探し出すことができる発明品だ。研究班と収容された魔法使いである協力者によって発明された。
「名前がまじでふざけてやがる……」
「ちょっとプラトン中隊長さんー!馬鹿にしないでくださいっす!ついさっきぴよっちゃんずに反応があったんすからねっ!」
マレスはえっへん!と胸を張る。
「それを早く言えっ!」
プラトンが机を強く叩いた。
ナンバー11の魔力を追い始めて20分ほどで魔力探知鳥に反応があったのだ。どこら辺に反応があったのかマレスに聞くと、
「首都東に位置するストリリン女学校っす!ただ、確認できたのは女学校内に入るまでで入ってからは見失ったっす!おそらく、女学校全体に何かしらの結界が張られているみたいっす!」
「なに?ストリリン女学校?」
ストリリン女学校には今、”夢の書”という魔法による呪いの本があり調査および回収のためにソルティアが潜入しているところだ。偶然にしては出来すぎているなとプラトンは思った。それを聞いていたユニアス隊員がナンバー11の今後の行動について考えを述べる。
「女学校内に仲間がいるのか、可能性としては低いですが転移魔法陣でもあるのか。魔法陣で転移されてしまうと追うのは厳しいです。どちらにせよ、ナンバー11単独の逃走ではないと思われます」
「魔法使いがナンバー11だけじゃないことも考慮して最低でも特殊部隊員3人はほしいところだな」
「はい、それにナンバー11の戦闘能力は決して低くはありません。周りに人が大勢いることも考えると戦闘中に器用に立ち回れる隊員がいいかと」
ナンバー11が逃げ込んだのはストリリン女学校という人間が多く集まる場所。おそらく今回はその中で戦闘が起こるため周りへの被害を最小限にしなければいけない。そして何より、ストリリン女学校は特殊で軍の介入すら難しい。今回は緊急事態のためストリリン女学校の許可を取る前に隊員を派遣するが、貴族の子息や令嬢たちに何かあっては一大事だ。
また、今回のような人目に付く魔法使いとの戦闘はテルーナ王国内ではほぼ初めてのため、魔法使いという存在に慣れていない人間がどのような行動を起こすか検討がつかない。
「ユニアス隊員、今ストリリン女学校に近い隊員が誰か確認しろ。トスは住民に家から出るなと注意喚起する指示を一般第3兵隊へ出せ。もちろん魔法使いに関することは伏せろよ」
「「了解です」」
一般第3兵隊は首都内の秩序を守る役割を担う隊だ。首都内で何かあった場合、表立って行動をするため住民たちからの信頼が厚い。いつもなら一般第3兵隊の隊長が的確な指示を出すのだが、生憎ここ数日体調を崩していていないため代わりにプラトンが指示を出すことになっている。
するとここでプラトンの連絡用魔晶石に反応があった。
⦅……プラトンさん! 聞こえますか!⦆
⦅お? 嬢ちゃんか、どうした?⦆
ソルティアからの突然の連絡にまさかもうナンバー11と遭遇したのだろうかとプラトンは疑問に思う。
⦅緊急事態です。原因は不明ですが夢の書の魔法が作用し女学校内にいるほぼ全ての人間が気を失いました。意識があるのは私を含め3名だけです⦆
⦅なんだとっ!? よりによってこんな時に……⦆
⦅……何かありました?⦆
プラトンはかいつまんでナンバー11という魔法使いが脱走してストリリン女学校へ逃げ込んだことをソルティアに説明した。それを聞いたソルティアはため息をつく。
⦅面倒ではありますが……、丁度良いかもしれません⦆
⦅なんでだ?⦆
⦅多くの人間たちにその脱走魔法使いとの戦闘を見られずに済むからです。ナンバー11?でしたっけ、その魔法使いを確保できるまで面倒なのでここの人間たちには寝ててもらいましょうか。すぐ死ぬわけでもなさそうですし⦆
⦅……は!?⦆
プラトンは唖然とする。
国民の安全確保が第一のガードン軍ではまず絶対にない発想だ。これ以上被害が出ないように何かしらの対策を講じなければいけないところだが、ソルティアは逆にこれを利用すればいいと言う。
どうするか悩んでいると、ユニアス隊員からの報告が入った。
「プラトンさん、確認取れました。女学校に一番近いのはアリサー隊員で間もなく到着するようです。他には東門に向かったネル隊員が近いので女学校に向かうよう伝えました」
「そうか、3人行かせたいところだったが向こうには嬢ちゃんもいるしなんとかなりそうだな」
プラトンはソルティアからの報告を受けて、一般第2兵隊員を10名ストリリン女学校に向かわせた。しかし、プラトンは気づいていなかった。ソルティアと行動を共にしている人間がこの国の王太子リディノアであるということに。
⦅嬢ちゃん、ひとまず隊員を10名そっちに向かわせたから倒れた人たちは隊員が到着次第、対応してくれ。それと、女学校全体に結界が張られているらしいが今すぐ壊すことは可能か? 今そっちに特殊部隊員が向かっているから入れないと困るんだ⦆
プラトンがそう言うと、少しの間をあけてソルティアから返事が返ってきた。
⦅……ああ、ほんとですね。気づきませんでした。壊すだけなら容易にできます。それと、魔狩りが誰か一応教えてください⦆
⦅アリサー隊員とネル隊員だ。アリサーの方はもう間もなく着くようだから、結界の方をよろしく頼むな⦆
⦅……わかりました⦆
アリサーと聞いてソルティアが少し嫌そうにしたことにプラトンは気づかなかった。