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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ 西の王国テルーナ編 ~
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第17-1話 ピンヒールは踊る


 乗馬の授業が終わり、女学生たちによる嫉妬の炎に焼き殺される前にソルティアは寮の自室へ戻ってきていた。王太子リディノアとオルセイン帝国宰相の息子イルシットと森から現れたソルティアは今とても注目を浴びている。そのため、夢の書を回収しに図書室へ行くことはできない。どこに誰の目があるかわからないのだ。


「ソルティアさん、大変だったわね」


 同室のモナはソルティアの状況をどことなく面白がるようにくすくすと笑っている。


「……ええ、とても」


 疲れているせいもあって素直に返事をした。苦手な乗馬、苦手な人間たちの視線、疲れない理由がない。モナはお疲れ様と労いの言葉を投げかけたあと、クローゼットをあけて何やらドレスを物色し始めた。


「何をしているんですか?」


「明日の交流パーティーのドレスを選んでいるのよ。ソルティアさんはどんなドレスにするのかしら? せっかくだから色が被らない方がいいわよね」


(交流パーティー……?)


 ソルティアの反応が鈍かったせいかモナは振り返って目を瞬かせる。


「あら……? 聞いていないかしら? 明日の夜は交流パーティーがあるのよ。お近づきになりたい生徒同士の絶好のアピール場だから皆さんとても気合いを入れているみたい」


 記憶を辿るが一向に交流パーティーについての記憶に行きつかない。

 おそらく、ロッチェ先生の話を聞き流していたせいだろう。


「ドレス持ってません……」


 ソルティアがどうしようか悩んでいると、それに気づいたモナが自分ので良ければ貸すと提案してくれた。


「……ありがとうございます。助かります」


 ソルティアはなるべく落ち着いたものを選ぼうかと思っていたが、なぜかモナが張り切ってソルティア本人には選ばせずあれこれとソルティアにドレスを当て始めた。


「髪の毛の色が藍色だから、同系色で合わせるのもおとなっぽくていいかしら? それとも淡い黄色で可愛い系にしようかしら?」


「えっ、あの」


 口を挟む余地なし。

 完全に着せ替え人形と化すソルティア。


 それからドレスが決定するまでおよそ1時間かかった。


(もうドレスなんて着ない……!!)




 交流パーティー当日。

 女学生たちはどの授業もパーティーが楽しみなのかどことなくそわそわしていた。


 結局、ソルティアは淡い青紫色の膝丈のフレアドレスとなった。

 胸から上と両腕にはレースがあしらわれており、ウエストの部分には真珠が散りばめられている。髪の毛はカチューシャのように編み込まれたあと高い位置でポニーテールにしてもらった。耳の部分には少し後毛がある。


 また、会場に入る際全ての人間にカトレアの花が配られた。女性は髪飾りとして、男性は胸ポケットに入れてパーティーの間は常に身につけなければいらない決まりらしい。昔からの伝統のようだ。そしてソルティアはそのとき初めてストリリン女学校のシンボルがカトレアの花であることを知った。


 管弦楽団の奏でる優美な音を楽しんでいると取り巻きを連れたイレーヌロットがやってきた。なにやら不穏な空気が漂っている。


「ごきげんよう、ソルティアさん。乗馬の授業では上流階級の礼儀をご存知ないでしょうに何事もなくて良かったですわ。リディノア様はとてもお心が広くて寛大な方ですからきっとわたくしに免じて大事にしなかったのでしょう。大丈夫ですわよ、安心なさって」

 

 イレーヌロットはソルティアの顔を見るや否や一気に言いたいことをはきだした。

 しかし、貴族特有の言葉の裏に隠された本当の意味をソルティアは理解しきれずにいた。


(何に対して安心しろと……?)


 つまりイレーヌロットが言いたいのは、ソルティアはリディノアの前で当然無礼を働いただろうが心の広いリディノアが自分の学友だということに配慮して目を瞑ってくれたのでびくびくする必要はないよ、私に感謝しなさいという意味だ。


「さすがイレーヌロットさまですわ! 王太子殿下のことをよくご存知ですのね!」


「イレーヌロットさまでなければ王太子殿下のお名前を呼ぶことなどできませんわ!」


 イレーヌロットは取り巻きの言葉がさも当たり前かのようにふさふさの扇で上品に口元を隠してほほほと笑ってリディノアのもとへ戻っていった。


「なんだったの……」


 ソルティアはイレーヌロットの言動を理解できないままその後ろ姿を見送ったのだった。



 それから、女学生たちが楽しそうにオルセイン学院の男子生徒たちとダンスを踊る中、ソルティアはそっとテラスへ逃げてきた。ドレスを着たのはそれっぽく見せるためだけでもともと誰かと踊る気はない。

 暇つぶしにモナと話していようかと思っていたが、モナは仮にも伯爵令嬢。ダンスの申し込みが後を絶たない状況だったため、おしゃべりは諦めひとりテラスへと退散してきたのだ。


 ひんやりとする空気を胸いっぱいに吸い込み星空をぼうっと眺めていると、ふと視界に光り輝くものが映った。


「あれは……、カトレア?」


 このパーティー会場の隣は中庭で、それを挟んだ直線上に図書室のある大理石でできた建物がある。そして今、その周りに咲いているカトレアの花が月に照らされたわけではなく、白がかったピンク色の強い光を放っている。



「きゃあああああああッ!」



 カトレアの花が光り輝いているのを確認したのとほぼ同じタイミングで会場内から悲鳴が上がった。



「まさかっ!」


 ソルティアはすぐさま会場内へ戻る。

 足元でピンヒールが鳴る。


 会場内では多くの人間が床に倒れていた。

 数人をのぞき込んでみると皆気を失っているようだが、どうも様子がおかしい。


「……うなされている?」


 カトレアの花が反応していることから、なんらかの理由で夢の書の魔法がこの状況を引き起こしていると考えられるがただ夢を見ているわけではなさそうだ。

 ソルティアが歩き回っている今もどんどん人間が気を失っていく。


「いったいどうなっている!? ソルティア嬢、無事か!?」


 そこへ奇跡的に動けている王太子リディノアとイルシットが駆け寄ってきた。

 なぜこの二人に魔法が効いていないのかは謎だ。

 二人をよく見ると、パーティーには似つかわしくない剣を腰にぶら下げていた。


「イルシットさんは殿下の護衛の役割でもあるのですか……?」


 ソルティアのつい口を衝いて出てしまった疑問にイルシットはしかめっ面をして答える。


「そんなわけないだろう。倒れていた警備の兵士が持っていたものを借りた」


(なるほど、この状況で瞬時に身を守るための判断ができるところはさすがだ)


 ソルティアは二人に感心する。


「そんなことより、これはどう見ても異常事態だ。他の教員を呼びに行かないと!」


 リディノアがこの状況を冷静に判断して解決策を述べるが、残念ながらそれはむりな提案だった。なぜなら、このストリリン女学校にいる全ての人間が今、このパーティー会場にいるからだ。交流パーティーは学校全体を見ても一大イベントらしく、3回生の女学生と他の教員たちもすべてパーティーに参加している。1回生と2回生の女学生たちはこのタイミングで外部学習ということで他国へ勉強に行っているため寮にも誰もいない。


「それは……」


 その話をソルティアから聞いたリディノアとイルシットは厳しい顔をした。


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