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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ 西の王国テルーナ編 ~
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第16-2話 勉強交流会とアロマキャンドル


 他の生徒から大注目を浴びながらソルティアは王太子リディノアを背に乗馬をしていた。

 リディノアは注目されることに慣れているのか涼しい顔だ。


「そうか、ソルティア嬢は女学校にきてまだ日が浅いのか」


「そうです。ですから、このストリリン女学校についてご質問があるのならば今すぐ別の女学生と交代するべきかと。……今すぐに」

 

 なるべく目立ちたくないソルティアは必死にペア交代アピールをする。

 もはや遅すぎるのだが……

 

「おや、なんだかこの俺とペアなのが嫌みたいな言い方だなぁ」


 ソルティアはしれっとしたまま否定をするが、心の中では激しく同意していた。


 周りの様子を伺おうとそっと覗き見ると、なぜかイルシットは1人で乗馬をしておりイレーヌロットは優雅にティータイムに入っている。つまり、イルシットとイレーヌロットはペアになって決裂したということ。大方、イルシットが歩み寄りをしなかったのだろう。


「ソルティア嬢、失礼を承知で聞くんだがもしや乗馬が苦手か?体に力が入り過ぎのように感じるが」


 ぎくっ

 呑気に周りの観察をしていたソルティアは肩を大きく揺らした。


「まっ、まさか。ははは、殿下とご一緒なので緊張しているだけですよ。ははは」


 バレバレなから笑いに何かを察したようでリディノアはふっと笑う。

 そこへイルシットが馬に乗ったまま近寄ってきた。


「ノア、つまらんから勝負でもしよう。あの大きな銀杏の木までだ」


 乗馬の授業はストリリン女学校内ではなく、ユール山の麓に広がる草原で行われている。草原といってもすぐ近くにはユール山へ繋がる森が広がっており、イルシットが指定した銀杏の木もその森の中にあるものだ。また、ユール山とは中立地帯にあたる大山脈に連なるすでに開拓された山のことでソルティアが住んでいた不可侵の森とは首都ガランドを挟んで逆方向に位置する。


 イルシットの提案にリディノアはにやっと笑って了解の意を伝えた。

 馬の腹を勢いよく蹴ることで。


「うわっ!?」


 いきなりの急発進にソルティアの体はぐわんと大きく揺れるが、それをリディノアが器用に左手で支えた。文句を言う余裕もなくぎゅっと瞳を閉じていると、


「目を開けてごらん」


 リディノアの手に支えられていても馬の走る振動を感じつつ言われた通りにそっと目を開けた。



「あ……」



 世界は一面紅葉色。

 木々の間から日光の優しい暖かさを感じながら爽やかな風が頬を撫でていく。

 所々黄金色もちらつくがおそらく銀杏だろう。


 それからそう時間がかからないうちにイルシットが指した大きな銀杏の木まで辿り着いた。二人の勝負はイルシットの勝ちだ。


「そんなもの抱えているからだ」


(そんなものって……)


 好きで乗馬なんてしてるわけじゃない!と声を大にして言いたいが、イルシットのような人間に言ったところで軽くあしらわれるのは目に見えている。


「シット、ソルティア嬢だ。というかお前、もうすぐティータイムだからって逃げてきたんだろ」


 これはあくまで”勉強交流会”。

 交流も目的としているためおしゃべりの機会を設けようとティータイムがもうすぐ始まる頃合いだった。つまり、イルシットは女学生との交流が面倒でリディノアを巻き込んでここまで逃げて来たということ。


「ふん……ああ、あそこの川で馬を休ませよう」


 そう言って馬を近くの小川へ引いていった。

 ソルティアは馬に乗ったまま、リディノアは一旦馬から降りて引く。




 それからソルティアは休んでいるように言われ、イルシットとリディノアは狩りをしてくると森の中へ消えていった。最初は紳士リディノアが一緒に残ると言っていたのだがそれでは気を遣うと思ったソルティアがやんわりと断った。



「冷たくて気持ちいい……」


 靴を脱いでちゃぽちゃぽと足を川に入れて緩やかな水の流れを楽しんでいると、手に兎を2羽持ったイルシットとリディノアが戻ってきた。王太子と宰相の息子という上流階級のトップに君臨する人間たちなのに自給自足をしようとする姿になぜか笑いがこみ上げてきた。


 そんな様子に目ざとく気づいたイルシットが眉を寄せる。


「なんだ」


「いえ、食べるためにお二人が兎をとる姿というのはなかなか衝撃的な画だなと思いまして。見たところ、血抜きもしっかりできているようですね」


 常に自給自足の生活を送っていたソルティアはもはやその手のプロだ。


「おや、ソルティア嬢は狩りができるのかい?」


 血抜きの確認ができることに驚いたリディノアは優雅に歩み寄ってきた。


「ええ、殿下。私は貴族ではなく田舎育ちの平民ですよ? そのくらいできます」


 それを聞いたリディノアとイルシットは首を傾げた。

 リディノアには乗馬の際、自分が平民だと言っていたはずなので疑問に思うところはないはずだが……、とソルティアは二人の行動にクエスチョンマークを浮かべる。


「それさ、本当かい? いや、疑うつもりはないんだが……。ソルティア嬢、自分で気づいていないのかわからないけどちょっとした動きとか歩き方とかとても綺麗なんだ。そーいうのって体に染みついているものだから一朝一夕ではできないことだよ」


「えっ」


 ソルティアの動きが一瞬止まる。


 昔がどうであれ今は立派な平民だ。むしろ森で一人暮らしをする変人に分類される。(ソルティア本人は変人だと気づいていないが)

 ソルティアは無理やり話しを変えた。


「あっ、そんなことより兎! 兎の調理は私がします! お二人は火を起こしてください」


 王太子と宰相の息子をこんな風にこき使える度胸があるのは平民でおそらくソルティアだけだろう。急に話を変えられた二人は素直にうなずいて火を起こす準備を始めた。


 それを横目にソルティアは兎と一緒に焼くためそこら辺に生えていたタイムを何本かとる。一見、雑草に思えるかもしれないがタイムの特徴は細長い茎に小さな葉が等間隔で生えているところで、成長すると枝が密生する。低木のようになるため、気づかれずに踏みつぶされることが多い。


「ソルティア嬢、その草はなんだ?」


 リディノアが不思議そうにタイムを見つめる。


「タイムというハーブです。肉の臭み消しになって香りづけに適しているんです。兎の肉と一緒に焼こうかと思いまして」


「へえ、すごいな。薬草の心得があるのか」


 するとソルティアはタイムとは別の葉を数枚ちぎって見せた。


「これはエゴマというハーブです。シソと間違えやすいですが、エゴマはシソよりも若干厚みがあり少し乾燥したような手触りがします。肉を包む添え菜にして一緒に食べると美味しいんですよ。シソもあれば比較できるんですがここには見当たらないようで……」


 そこまで言って気づいた。

 リディノアとイルシットがポカンとこちらを見ていることに。



「……ごほん。では、焼きましょうか」


 3人は適当な石を見つけ、腰かける。

 イルシットの最初の刺々しい態度が今では少し和らいでいることにソルティアは気づいていなかった。


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