第16-1話 勉強交流会とアロマキャンドル
頭の中で何かが弾けた。
「いっ……!」
ソルティアは唐突に目を覚ます。頭の中がぐちゃぐちゃで混乱しているがなんとか状況を把握しようと周りを見渡す。
机が2つ、隣にはもう一つ同じ造りのベッド。
どうやらここは寮の自室らしい。
今寝ているベッドは自分のものだ。
頭痛のする頭を手で押さえながら落ち着いてゆっくりと考える。
“夢の書”の仕組みを確認するためにカギとなるカトレアの花を持って魔力を流したあと、魔法によって夢の中にいたのだろうと推測できる。
おそらく全く新しい夢を見せる魔法ではなく、過去を見せるもののようだ。
それも、幸せなときの。
ソルティアは無性に泣きたくなった。
紅い瞳、さらさらの黒髪、優しい手、自分のことをルティと呼ぶ甘い声色。
「ははっ、笑える。こんな気持ちになる資格なんてないのにっ……」
掛け布団をくしゃっと握る。
深呼吸をしようと顔をあげると、机の上になにやらメモ書きがあることに気づいた。
ベッドから降りて少しひんやりする床を制服と同じえんじ色の靴下のまま、そのメモを手に取る。
“気分はどうかしら? カトレアの花壇の中で倒れていたのよ。通りがかった生徒が気づいてくれたの。隣の部屋に医師を滞在させているから目が覚めたら呼んでね。 モナ”
モナの配慮に感謝しつつ、医師を隣の部屋に滞在させていることには深く突っ込まず言われた通りに行動をした。
医師の話によると、なぜ倒れたのかはっきりとした理由はわからないがおそらく急な環境の変化にストレスが溜まっていたらしい。まあ、見当違いにもほどがあるが変に疑われるよりはましか、とソルティアは聞き流した。
今は図書館に行った日からすでに2日が過ぎているようだ。午後4時過ぎなのでそろそろ生徒たちも寮に戻ってくる頃だろう。倒れて1日眠り続けたときはさすがに心配になってソルティアの実家(偽)に連絡をとったが、よく眠る子なんで大丈夫。の一点張りだったらしい。
誰がそんなこと言ったのか絶対に突き止めてやろう…!と強く拳を握るソルティア。
ひとまず医師に礼を言って部屋に戻る。
モナが帰ってくる前に一度、ガードン軍のプラトンに連絡をとっておこうと連絡用に渡された魔晶石に触れた。
⦅プラトンさん、聞こえますか?⦆
⦅……おっ、嬢ちゃんか。聞こえてるぞ⦆
ソルティアは夢の書について説明をする。
夢の書を探し出すこと自体はそう難しくないこと。
カトレアという花がカギとなって過去の夢を見させること。
夢を見させたあと、本は自然とその者の前から消えてしまうこと。
一通り聞き終えたプラトンは素朴な質問をする。
⦅なんで嬢ちゃんは眠りから覚められたんだ?⦆
ソルティアは、ああとつぶやく。
⦅夢の書の著者よりも魔力が強いからかと。夢を見ている途中で私の魔力が勝手に夢の書の魔法に干渉して魔法を妨げたんだと思います。だからすぐに目が覚めた。2日も眠っていたのは私の体に原因があるので気にしないでください。大したことではないですから⦆
⦅……そうか、了解した。それじゃあその本を回収次第、また連絡してくれ。あとはこっちで適当に理由を作って迎えに行く⦆
⦅了解しました⦆
プラトンへの報告を終え、ソルティアはふうと息をつく。
あの夢のせいか、まだ気持ちがふわふわと落ち着かない。
「こんなときは……」
そう言ってソルティアはカバンの中を漁る。
「あった」
手には白色の手のひら大のアロマキャンドルが一つ。
甘さのあるオリエンタルな香りのサンダルウッドと、相性の良いフローラルな香りがするローズの精油をブレンドしている。
サンダルウッドには鎮静作用があり、強い緊張や興奮を和らげる効果があるため心を深く落ち着かせたいときにおすすめだ。ただ、催淫作用があるので使い方には注意しなければいけない。女性の場合では妊娠初期の使用は避ける必要がある。
ソルティアはモナがまだ部屋に戻ってきていないことをいいことに、魔法を使ってアロマキャンドルに火を灯す。机に突っ伏しながらサンダルウッドとローズの香りをぼうっと楽しんでいると、玄関の扉が開く音がした。
「あら! 良かった目が覚めたのね」
えんじ色の制服を着たモナが驚きながらソルティアに近づく。
「ご心配おかけしました。メモもありがとう、とても助かりました」
ソルティアは素直にお礼を述べる。
それに対してモナは気にしないでと、とても大人な対応をした。
「いきなりで申し訳ないのだけれど、明日は授業に出られそうかしら?オルセイン学院の生徒との勉強交流会よ。明日は一日乗馬の授業だとロッチェ先生がおっしゃられていたわ」
(忘れてた…!)
明日は授業を適当に受けてから夢の書を回収して夜にでもガードン軍本部に戻るつもりだったのだ。だが、おそらく単独行動は目立ってしまうだろう。図書室に行くタイミングもなかなかなさそうだ。
「……大丈夫です。出られます」
ソルティアはしぶしぶうなずく。
すると、モナはロッチェ先生に報告してくると言って部屋を出ていったのだった。
次の日の午後、オルセイン学院の生徒たちとの乗馬の授業が始まった。
彼らは午前にストリリン女学校に着きそのまま校内を案内されていたらしい。
乗馬用の服装に身を包んだ貴公子たちにストリリン女学校の女学生たちはくぎ付けだ。
この中から将来の夫を見つけようと考えているものも少なくないらしい。
そんな様子を興味なしの姿勢で見ていたソルティアのすぐそばで何やら生徒たちが集まっていた。耳を澄ませなくても会話が聞こえてくる。
「殿下、お久しゅうございます。イレーヌロットでございますわ。お会いできてとても嬉しいですわ」
金髪碧眼でスタイルの良い男子生徒が人懐っこい笑顔をイレーヌロットに向ける。
「ん? やあ!久しぶりだな、イレーヌロット。元気そうで何よりだ」
会話の内容から、おそらく金髪碧眼のあの男子生徒がこの国の王太子リディノアだろう。
イレーヌロットはリディノアの横にいる深緑で長髪の男子生徒にも声をかけた。
「あら…?そちらの方は?」
「人に名を聞く前にまず自分から名乗れ」
周りがざわつく。
イレーヌロットのことを知らなくても王太子と和やかに話していた姿から身分の高い令嬢だということは一目瞭然だ。それなのに失礼な態度をとったあの男子生徒は誰なのか。
思ってもみなかった態度にイレーヌロットはたじろぐ。
「こらこら、いつも言ってるだろシット。初対面の相手にはもっと優しくしろって。イレーヌロット、気を悪くしたなら謝るよ。こいつはイルシット・テナーイェル、オルセイン帝国宰相の息子なんだ」
「い、いえ、大丈夫ですわ。イルシットさん、わたくしはイレーヌロット・トルッセンですわ。父はテルーナ王国の公爵で財務を取り締まっておりますの。どうぞよろしくお願い致しますわ」
イレーヌロットはリディノアの手前、不快感を露わにするわけにはいかずぐっと耐えて丁寧に挨拶をした。それに対してイルシットはちらっと視線を投げるだけで答えない。
(意思疎通不可能者だ…。幼児からやり直せ)
ソルティアはなんとなく心の中で悪態をつく。
その後、ロッチェ先生の指示のもと乗馬をするペア決めが行われた。
毎年好きな者同士で適当に組ませていたらしいが去年トラブルが発生したことにより、今年から平等にくじ引きで決めることとなったらしい。
「13番……」
ソルティアが引き当てた数字は13。
相手は誰だろうとキョロキョロしていると肩を叩かれた。
「君が13番? よろしく」
そこには人懐っこい笑顔を向ける金髪碧眼の王太子リディノアがいた。
(誰か嘘だと言って……)
※サンダルウッド:白檀とも言われ、お香の原料や寺院での薫香として使用されます。