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The last witch ~魔法使いたちの秘密~  作者: 海森 真珠
~ 西の王国テルーナ編 ~
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第2-1話 奇妙な関係



 初対面の相手にどちらさま、と尋ねるのは至って普通のことだと思う。


 だが!

 人の家を訪ねてきてその家の主にどちらさまはおかしいのではないだろうか。

 それとも私が間違っているのか?人間の取り扱い説明書がほしい。


 私のコミュニケーション能力がないわけではないと思いたい。

 この人間が可笑しいのだ絶対!



 街での2年間は何だったんだろうとソルティアは項垂れる。


「こ、この家に住んでいる者です」


 努めて冷静に振る舞うつもりが吃ってしまった。

 目の前の(恐らく声的に)男はコテリと首をかしげた。


「ミルさんにお孫さんとかいたのか……」


 この変態さん、何か勘違いしているようだ。


 ひとまず家の中へ入ってもらおう。

 扉を開けっぱなしにしていると冷たい雨が入ってきてしまう。


 私に何か危害を加える素振りを見せたら適当にやられておこう。だが、家の中をめちゃくちゃにしようものなら容赦はしない。丸焦げにしてやる。ここには大切な研究資料があるのだ。命に変えてでも守る。



 ソルティアは物騒なことを考えつつ変態と命名した人間の男を客間に通した。

 ハーブティーを馬…ではなく男の前にコトリとおいて話を始める。


「先ほどつぶやかれていたミルさんという方は、ミルキリー・ローランスさんのことでしょうか」


 ミルキリー・ローランスさんとは、この家の元主。つまり師匠の研究仲間だ。

 しかし、彼女は魔法使いではなく普通の人間。数少ない魔法使いに理解のある人間だ。もはや絶滅危惧種並に珍しいと思う。


 変態馬頭は静かにこくりとうなずいた。


 もともと口数が少ない方なのか、それともこちらの出方を窺っているのか、表情が読み取れないのでなんとも言えない。


「えーっと…、まず私はミルキリーさんの血縁者ではありません。私の養父がミルキリーさんと親しくしていたんです」


 全てを話していないだけで嘘はついていない。

 初対面の相手にはまず自分から自身のことを話す。そうすることで相手の警戒心を和らげることができるのだ。これも街で磨いた対人スキルのうちの1つである。

 

 ソルティアは目の前の男がミルキリーさんと知り合いだと判断し、ソルティアの素性を明かした方が良いと考えた。ここで変に警戒すると怪しまれるので、少し警戒心の足りないごく普通の17歳少女を演じることに決めたのだ。



 そもそも、森に入ってすぐの浅い区域とはいえここは西域最大の不可侵の森林に連なる場所。そんなところで少女が一人暮らし、そして突然目の前に現れた馬頭の男に対して驚きはしたものの叫び声の1つもあげない。そんな人間が普通の括りに入るわけがない。


 しかし、そんなことにソルティア自身気づいていなかった。



「私の名前はソルティア・カーサスです。あなたは?この雨で迷われたのでしょうか」


 変態馬頭に丁寧に丁寧に話しかける。しかし先ほどからこちらが話しかけていても、へえ、とかうなずくだけしか反応がない。


 一体何だというのだ。体調でも悪いのか?


 そろそろ強力な眠り薬でも盛って朝まで眠ってもらおうか、などと会って10分程で危険な思考回路になり始めたソルティア。


 そこでようやく、目の前の男が話し始めた。


「僕の知らない間にミルさんにお孫さんでもできたのかと驚いたよ、違うんだね」


 まさか、先ほどから反応が薄かったのは今の今まで驚きから抜け出せていなかっただけではあるまいな。だとしたら、この男マイペースすぎる。


「僕は今日、この家に住むために来たんだよ。ミルさん本人からこの家を勧められてね」


「……は?」


 寝耳に水とはまさにこういうことをいうのだろう。

 私は確かに師匠からミルキリーさんの許可は貰っていると聞いた。


 ……が、師匠は何と言ってミルキリーさんから許可をもらったのか不安になってきた。




『ティア~、良い知らせと悪い知らせどちらが聞きたいか~い』


『どちらもくだらなそうなので結構です』


『悪い知らせっていうのはね~、今日の夕食用の肉を狩り損ねましたごめんね。因みにこの町唯一の食堂にはまさかまさかの警察たちがお食事中。しかも魔狩りのド畜生たちとの情報でっす。あいつら善良な魔法使いに対しても』


『仕方ありませんね。師匠、そこで大人しくしててください。あなたの肉で我慢します』


『待って待ってティア、その炎消して危ないよ!良い知らせ、良い知らせを言うから!』


『ちっ…はい、どうぞ』


『ふぅ…。ミルキリーから連絡がきてね、あの家に誰も住まなくなったら使ってもいいってさ。さすがミルキリー、太っ腹だなあ』


『え』


『あ、それとエメ?の世話もよろしくだって。あの灰色の大型犬のことだね。ふっさふさで可愛かったなあ~』




 そこまで思い出してソルティアは両手で顔を覆う。

 ある可能性に思い至ってしまった。

 師匠の言葉を鵜呑みにした自分を呪いつつ、男に尋ねる。


「もしかして、エメ…さん、でしょうか」


 馬の顔が揺れる。


「あれ、僕のこと知ってるの?そう、エメは愛称だよ。名前はエメル。ミルさんから君のことは特に聞いてないけど、まあいいや。きっと言いそびれてたんだね。これからよろしく」


「……よろしく?」


 聞き捨てならない。

 エメルと名乗ったこの変態馬頭、なぜかこれから私とともにこの家で暮らすつもりでいるらしい。しかもちょっと対応早すぎないか、淡白な性格なのだろうか。


 魔法使いである私が人間と暮らすなんて真っ平ごめんだ。ありえない。

 何のために街での便利な暮らしを捨てて森へやってきたというのか。


 しかし、そんなソルティアの気持ちとは裏腹にエメルは淡々と話を進める。


 エメルはミルキリーの研究助手をやっていたそうだ。それならばもしかして、魔法使いに理解のある絶滅危惧種級の人間という可能性もある。だが、こちらから聞くことなどできないので一旦保留にしておく。この男の詳しい事情など興味はない。


 人間の方がこちらを魔法使いだと認識しないで一緒に住むということが問題だ。

時限爆弾を抱えて暮らすのと同じだとソルティアは思った。


 しかし、エメルは言う。


「僕は仕事であまりこの家にはいないと思うよ。だから僕のことは気負わず好きに生活してくれていい」


 ソルティアの持っているハーブティーのカップがわずかに揺れた。

 そしてエメルは畳みかけるように、


「そうだな、時間があれば首都で人気のお菓子や食べ物なんかも買ってくるよ。この森じゃどうあがいても手に入れられないようなね」


 ね、だから僕のことは食べ物を運んでくる馬だとでも思ってくれていいから。と変態馬頭エメルは首を少し斜めに倒して言い放つ。


(うまいこといったつもりかこの変態馬頭め)



 結局、ソルティアはエメルとの共同生活を承諾した。

 断じて首都で人気の食べ物たちにつられたわけではない。

 エメルがあまり家にいないという理由に妥協したからだ。



 こうして魔法使いソルティアと人間の変態馬頭エメルとの奇妙な共同生活が始まった。


 お互いの年齢や家族構成、どんな仕事をしているのかやなぜ馬頭なのか、森でひとり暮らしをしている理由など、普通ならば真っ先に聞きあうことなのに、それを聞かずに会話を終えた二人は自分たちが少々ズレているどころか、変人という部類に入ることに気付いてはいない。




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