第14-1話 夢の書
ソルティアは”呪いの本”の仕組みについて2つほど見当をつけている。
1つ目。
本を傷つけようとしたり、見れないページを無理に読もうとした場合、本自体が防衛をしようと読み手を攻撃するという仕組みだ。
件の本をまだ見ていないので詳しくはわからないが、その本にとって”悪”または“害”と判断される行為、人物に反応して何らかの現象が起きていると推測することができる。
もちろん、これはその本の著者が魔法使いであるということが前提だ。以前ソルティアも本ではなく紙に、魔法に関する記載をした際指定した者以外が読もうとしたときには燃えて無くなるという仕掛けをしたことがある。
2つ目。
1つ目の推測とは真逆で、その本に隠された内容を読める条件が揃ってしまい読み手が”幻術”という形で本の内容を見ているという可能性だ。
これは強力な魔法によるものか、著者の魔法使いの技術が高くなければそう簡単にはできないことだが、可能性としてはゼロではない。
そんなことをぼーっと考えていたら、ソルティアが今いるクラスの女学生たちがざわつく。何事かと教壇に立つロッチェ先生の話に耳を傾けた。
「静粛に。オルセイン学院との勉強交流会が早まったからといってやることは変わりません。明後日から3日間、有意義な時間をぜひ過ごしてください。クラス代表はお昼のあと、私のところまで来るように。では、午前の授業を終わりにします」
ロッチェ先生はそう言うと、スタスタと無駄な動きを一切せずに教室から出ていく。その間、生徒たちはロッチェ先生が見えなくなるまで礼をし続けた。ソルティアは退屈な時間から解放されたおかげか、ぐっと背伸びをしてモナと一緒に食堂へ向かおうと歩き出したとき、背後から呼び止められた。
「ソルティアさん、わたくしたちとぜひお昼をご一緒しませんこと?イレーヌロット様が許可されましたわ」
「は?」
思わず気の抜けた返事をしてしまった。誰だお前、と言わなかっただけ褒めてほしいところだが相手は少々気を悪くしたようで、大げさに驚く素振りをする。
「まあ!まあまあまあ、トルッセン公爵家のご令嬢であるイレーヌロット様をご存じないの?」
「仕方ないわ、確かソルティアさんは田舎から出てきた少しお金のある商家の出なのでしょう?世情に疎いのね、お可哀そうに」
「そうでしたわね。ごめんなさいね、ソルティアさん。わたくしたちが色々と教えて差し上げるわ。さあ、食堂へ行きましょう」
名前もわからない令嬢2人がソルティアを囲むように、小馬鹿にした物言いでおしゃべりを始めた。
「……」
よくもまあ初対面の相手にこれだけ失礼なことを言えるものだ。彼女たちにはこんな形でしか自分を満たせないのかとソルティアは可哀そうなものを見る目で目の前の令嬢たちを捉える。
それから、ソルティアは半場連行されるかのようにイレーヌロットの取り巻きだと思われる令嬢2人に食堂へ連れていかれた。唯一の救いは、モナの同席も許可されたことだ。
「はじめまして、ソルティアさん。わたくし、イレーヌロット・トルッセンですわ。何か困ったことがあればこのわたくしに言ってくださってよろしいのよ?」
“まあ!お優しいこと”やら、”さすがイレーヌロット様ですわ!”など、取り巻きの令嬢たちが褒めたたえる。
イレーヌロットの髪の毛は強めのカールをした見事なブロンドだ。ソルティアの日を浴びていない白さとは違い、健康的で女性らしさのある色白の肌を持っているため、男性から特に好まれそうな容姿だなとソルティアは観察をする。
「……ありがとうございます。あの、お腹空いているので食べますね」
そう言うとソルティアはまるでイレーヌロットが眼中にないかのように食事に集中し始めた。それに呆気にとられる令嬢たち。
トルッセン公爵と言えば、テルーナ王国内で知らない者はいない大貴族である。何代か前はトルッセン公爵家から王妃を輩出したこともあり、王家とは外戚にあたる。現当主やその息子たち、つまりイレーヌロットの兄たちは政の要職に就いているらしく、一番力を持っている貴族といっても過言ではない。
もちろん、ソルティアもトルッセン公爵家のことは一般教養として知ってはいたが、特に媚を売る必要はないと判断した。所詮、目の前にいるのは人間の娘だ。魔法使いであるソルティアには人間同士の身分など関係ない。
しかし、そんなソルティアの心情など目の前の令嬢たちが分かるはずもなく、イレーヌロットへのお膳立てを全くしないどころが興味なしという姿勢を示したソルティアに対して、この場の空気が一気に悪くなりかける。
そこで、空気を変えるべくモナが別の話を振った。
「そういえば、勉強交流会ではリディノア王太子様もオルセイン学院の生徒として参加なさるとか。イレーヌロットさんは確か、王太子様とお話しされたことがあるのでしょう?」
「えっ、ええ。久しくお会いしていませんでしたから、お話しできるのを楽しみにしていますの」
「まあ、さすがですわ。イレーヌロット様でなければ恐れ多くも王太子様とお話なんてできませんわ!」
「王太子妃の候補にもあがっているとか!さすがですわ!」
それを聞いたイレーヌロットは否定も肯定もせず、ただふふっと笑うだけ。取り巻きたちの賞賛または胡麻すりはまだまだ続く。
「乗馬の合同授業ではイレーヌロット様とリディノア王太子様がペアに決まりですわね!」
「まあ!それならば、最終日のパーティーではやはりお二人がダンスのパートナーですわ!お似合いです!」
ソルティアはそんな会話を右から左へ受け流しつつ、もくもくと食事を進めていく。さすがは金持ち学校なだけはある。どの料理も逸品だ。しかし、そこで気になる発言を取り巻きの一人がした。
「それにしても、スアーさんは残念ね。せっかくの勉強交流会に参加できないなんて……」
誰のことだろう?とソルティアが首をかしげていると、隣に座っていたモナがこそっと教えてくれた。
「……お友達のことよ」
なるほど、取り巻きか。
一体取り巻きは何人いるのだろう……
「仕方ないわ、急に倒れてしまったのだもの。実家に戻られて休養中だと聞いたわ」
「でも、わたくし妙な話をスアーさんの同室の方から聞きましたの。普段、あまり行かない図書室で倒れていたんですって。確か別の学年の方も同じような状況で見つかったでしょう?なんだか怖いわ」
「まあ、そうなの?不気味ですわね。当分は図書室に近づかないようにしましょう?」
「ええ、そうですわね」
スアーという女学生は恐らく件の本の被害者だろう。彼女たちの話から、“呪いの本”については広く噂されているわけではないようだ。
やはりひとまず授業後にでも図書室へ行ってみようとソルティアは決めた。そこでふと、取り巻きの一人がソルティアが完食した皿を見て驚く。
「まあ!ソルティアさんよくそんな量を食べましたね!すごいですわ。ですが、それは少しはしたなくてよ?いくら空腹だからといっても、気を付けないと」
「成人男性と同等ぐらいの量ですわよそれ!殿方から敬遠されてしまいますわよ?」
……いつより少ないです。という言葉は心の中だけにとどめておく。