第13-2話 仮初の…
コンコンコン
応接室にノックの音が響く。そして教員らしき壮年の女性と生徒だと思われる女学生が一人入ってきた。
「ごきげんよう。あなたがソルティア・ノースさんですね」
ノースという姓は今回使う偽名だ。
「はい、そうです。初めまして、ソルティア・ノースです」
「私はこれからあなたの担任になるロッチェ・サンダーソンです。ソルティアさん、急な編入ということですがわからないことがあれば同じクラスで同室のモナ・ボルテンさんに聞いてください」
ロッチェ先生はそう言うと隣に座っている女学生を紹介した。クリーム色でハーフアップにした髪を持つ女学生で人懐っこそうな笑顔をソルティアに向けている。
「はじめまして、ソルティアさん。同室のモナ・ボルテンです。突然のことでびっくりしたけど会えてとても嬉しいわ。よろしくね」
今のところ、お高くとまった貴族令嬢という感じはなく安心した。ソルティアは軽く会釈をする。
「歴史あるストリリン女学校は社交界にでても恥ずかしくない教養とマナーそして振る舞いを学ぶ場です。卒業した暁には誰もが憧れる淑女になっていることでしょう。1年間という短い期間ですが慎ましく時には強かにがんばってください」
「………」
確実に来る場所を間違えたようだ。
ガードン軍の連中を呪ってやろう。
白けた目をロッチェ先生に向けて話を右から左へ受け流しつつ生返事をする。
「……はあ」
ピクッ
ロッチェ先生の右眉が大きく動くのがはっきりと見えた。
「ソルティアさん、あなたはすでに我が校の生徒です。上流階級に身を置くつもりならば振る舞いには重々気をつけなさい。野蛮で粗悪な人間に染まってはいけません。あなたはまだ染まり切ってはいない。まだ間に合います。よく学んでくださいね」
あなたは何かに染まってしまっていますね、という言葉が喉元まで上がってきたが気合で押しとどめた。
それからはモナが寮の部屋まで案内をしてくれた。なんとなく予想はしていたが自分の考えが甘かったと思い知らされる。
寮の部屋は予想の遥か上を行く豪華さだった。
まず寮の共用スペースである談話室には天井からシャンデリアが吊るされており、どの家具も高級品だと一目でわかる。とっても使いたくない。
肝心の部屋も同じようなもので、バスルーム、トイレは完全完備。ダイニングにキッチン、大きなクローゼットとなぜか化粧専用の部屋まである。寝室にはベッドが2つと机が2つある。寮のはずなのに部屋が合計で3つ。さすがはお嬢様学校だ。
ざっと寮内の説明をしてもらったところでモナがソルティアを部屋のバスルームに案内する。
「消灯が10時だから、あと1時間半しかないわ。ひとまずシャワーを先に済ませてしまいましょう。詳しい説明はベッドに入ってからするわ」
モナはそう言うと寝室へ入っていった。
消灯時間10時
コツコツコツ……
見回りの寮母の足音がソルティアとモナの部屋の前を通り過ぎていく。
「……行ったわね。ソルティアさん、寝心地はどう?」
「問題ありません」
ソルティアの返答を聞いてモナは控えめにふふふっと笑う。
「まずはここでの基本的な決まりを教えておくわね。とても単純だからすぐに慣れると思うわ」
そう言うとモナはいくつかの決まりを教えてくれた。
まず1つ、起床は5時。身支度を済ませたら必要なものを持って沐浴へ行く。沐浴で体を清めたら軽食をとって午前の授業が始まる。午後はダンスや作法の授業が多いらしい。
普段の振る舞いは控えめに淑女らしくしていれば特に目を付けられることはないそうだが、淑女らしくとは何だろうと本気でソルティアは考えた。
「それと、気を付けていた方がいいのは実家の位が高い令嬢たちかしら」
ソルティアとしても目立つ行動は避けないといけないため、面倒な貴族たちの情報を把握しておく必要がある。有り難くモナの話に耳を傾ける。
「同じクラスに1人、公爵令嬢がいるの。お友達を連れているからすぐにわかると思うわ。根はいい子だと思うのだけどねぇ…。少し、わがままなのよ」
“お友達”と言う辺りモナというこの女学生は優しいのだろう。
自分ならはっきりと”取り巻き”と言う。
公爵令嬢ということは、社交界にでればトップ集団の中心になる存在だ。一応頭の片隅に入れておこうとソルティアは思った。
「ちなみに、モナさんのお父様は?」
同室のモナのことも把握しておいた方がいいと思い、ソルティアは質問をする。
「大きな牧場しかない領地を持つボルテン伯爵よ」
「………」
初対面なのにフレンドリーに接してくるからお金持ちの商家のお嬢様か貴族であっても男爵程度だと思っていたのに、思いの外地位が高くて驚いた。
しかも、ボルテン伯爵といえば国内の農業を一手に担う主要貴族のはずだ。現領主であるモナの父親は、領地の管理や経営も上手く、地位は公爵ほど高くはないが経済力は公爵家にも届くと言われている。
それを”大きな農場しかない”という辺り、モナはなかなか良い性格をしているようだ。
「私のような平民から見れば、貴族というだけで十分すごいと思いますけど……」
苦笑しつつソルティアはモナのカミングアウトに返す。
「私は確かに貴族だけど、すごいのはお父様やお母さま、領地の皆よ。だからそんな風に思わないで。これからは気軽に接しましょう?せっかく同室なのだしね」
モナは応接室で見せた人懐っこい顔をソルティアに向ける。
思っていた貴族とは違い、モナはとても好感の持てる女学生のようだ。今のところこちらの正体に気付いている素振りもない。
まずは明日、タイミングを見つけて図書室へ行ってみようとソルティアは考えている。女学生たちが謎の眠りにつく件の“呪いの本”とやらが、魔法使いによって書かれたものならば同じ魔法使いであるソルティアが回収するのが一番だ。