第13-1話 仮初の…
最近、テルーナ王国内の貴族間である事件が起こっている。それにより国王が問題解決を軍に命令したのだ。内容は、貴族の令嬢たちが次々と昏睡状態に陥っているというものだ。原因として考えられているのは”呪いの本”
その本を読んだ者のうち何人かが眠ったまま起きない。
はじめは一般兵隊が調査をしていたが難航を極める。なぜなら、その本があるのはテルーナ王国屈指のお嬢様学校である、ストリリン女学校の図書室だからだ。しかも、歴史ある女学校だけに校則が厳しく融通が利かない。事件の調査という名目であっても図書室にある本を外部へ持ち出すことができないのだ。そのうえ校内は基本的に男性立ち入り禁止のため、男性隊員の多い軍の介入が難しい状況だ。
そこで、ソルティアの話を聞いたプラトンたちはある可能性を見出した。
「嬢ちゃんがストリリン女学校の生徒になってその本の実態を調べてくれ」
いや、待て。待て待て待て!
おかしい。なぜ学生側なんだ。
「私ではなく、隊員の誰かが教員側で潜入すればいいだけではないですか」
トスが首を横に振りながら答える。
「あそこの教員採用は驚くほど確認項目が多く、採用までにとても時間がかかるんです。その間に被害者が増えてしまう可能性があるんですよ」
受け入れ生徒もそれぐらい慎重に選べよ。
金さえ持っていればいいのか。
ソルティアは思わず心の中で悪態をつく。
「それに、5日後にオルセイン帝国のオルセイン学院との交流勉強会というものがあり、女学校への人の出入りが多くなります。そんな時期にソルティアさんが編入してもあまり目立つことはないはずです」
なおさら嫌だ。
ストリリン女学校もオルセイン学院の生徒もとても優秀だと聞く。そして何より面倒なのは、富裕層の令嬢や子息たちが在籍しているというところだ。そういった輩は自尊心が高く扱いが非常に面倒くさい。自分の性格上、何事もなく終われる自信が全くないのだ。
「うひぁ~、ストリリン女学校って確か全寮せモゴゴッ」
ソルティアにとって恐ろしい情報をポロっと漏らしそうになったネルの口をビアンナが笑顔で押さえた。
「あの」
「よし、これで取引成立だな。というわけで嬢ちゃん頼むな」
「あの」
「じゃ、明日から編入できるように手続きはしてあるから必要最低限のものだけ持って今日中に向かってくれ」
「………トイ003」
ソルティアは全寮制という最悪の環境の見返りに、一般市民にはなかなか出回らない新薬のトイ003を要求した。
(そっちが強引な手を使うならこっちも黙ってない)
拳をプルプルさせながらプラトンを睨む。そんな姿を見てビアンナが、あら可愛いと言ったことはソルティアの耳には届いていなかった。プラトンは一瞬間を開けて苦笑いをしつつ答える。
「……りょーかい。許可をとっておく」
その後、部屋に行く途中でトスから”設定”を聞かされる。ソルティアは最近商売に成功して豪商の仲間入りした親を持つお嬢様という身分になるそうだ。所謂、成金である。さすがにすぐには貴族の身分を偽装できないらしい。ただでさえ貴族間の繋がりは密だ。どこでどう偽装だとばれるかわからない。
その点、成金であれば富裕層に知り合いがいなくても特に怪しまれないだろうし、振る舞いやマナーに問題があっても少々馬鹿にされる程度だ。そして年齢的に編入するのは最高学年の3回生になる。
「またしばらく薬の調合はお預けか。……干からびそう」
薬草不足で。
うな垂れながら調剤室の整理をして、衣類や暇つぶし用の本を数冊カバンに入れる。
そこでふと気づく。
森の家での同居人変態馬頭ことエメルに何も伝えていないことに。
「セレスタさんに手紙を預けておこうかな」
香水店セレスタのセレストとセレスタはエメルの知り合いだ。二人に手紙を預けておけばエメルに渡してくれるだろう。そう思い、ソルティアはトスに暇な時でいいので手紙を届けてくれないかと頼んだ。
トスはソルティアを女の園という悪魔的で蹴落とし合いの地獄に送ることに対して罪悪感があるのか、快く引き受けてくれた。
簡単な荷造りが終わってガードン軍本部を出ると、目の前に高級な馬車が止まっていた。ソルティアは付き人に擬態したフェナンド隊員に促され乗り込む。
「女学院に入ってからの連絡手段はこれだ。使い方はわかるな?」
フェナンドはソルティアが座るとすぐに連絡用に加工された魔晶石を渡してきた。魔晶石は魔力が結晶化したもので様々なものに多用できるが、そのうちの1つに連絡用魔晶石というものがある。魔晶石に魔力を込めると対となる魔晶石を持った相手と意思疎通が可能になる。
「わかります。繋がる先はどなたですか」
「基本的にはプラトン中隊長だが、連絡がとれない場合は自動的にビアンナさんにいくようになっている」
「わかりました」
実は、魔晶石を連絡用の媒体として使うのは人間だけだ。人間は魔晶石がもともと持つ魔力を利用して連絡を取り合う。しかし、魔法使いは媒体自体に魔力がなくても自身の魔力を使用すればよい。よって魔法使いが使用するとすれば濁りのない澄んだ水面や月の光をたっぷりと含んだ花、条件付きではあるが透明度の高いガラス片や曇りのない鏡などもある。
それから1時間ほどしてストリリン女学校に着いた。
ストリリン女学校は首都の中心部から東に外れた場所にあり、校内が外から見えないようにたくさんの樹木で覆われている。馬車では門の中へ入ることはできないらしい。ソルティアは門の前で馬車から降り、応接室まで徒歩で行く。
歴史ある女学校ということで、茶色の木造校舎がいくつか並んでいる。レンガ造りの建物が奥の方にちらっと見えたが、おそらく寮だろう。そのまま勘で応接室までたどり着き教員が来るまで大人しく待つことにした。