第12-2話 格と価値の違い
ガードン軍本部で生活をすることになったソルティアは夜遅くまで薬の調合をしていた。数日調合ができていなかったので時間も忘れて集中していたのだ。凝り固まった体をほぐしていく。
(家の温室にある薬草だけでもこっちに移したいなぁ)
鮮度に重きを置くソルティアはそこまで薬草などを保管しているわけではないが、乾燥させた薬草や作りかけで貴重な薬などを家に置いてきたままだ。取りに帰るとしても隊員の同伴が必須らしい。だが、家の場所をあまり知られたくないので他の方法がないか考えている際中だ。
「……バレたらそのときはそのときで」
ソルティアはニヤリと笑って研究室の壁に人ひとり分の大きさの魔法陣を魔力で描き始めた。
“転移魔法陣”
空間系魔法の応用で、転移魔法を魔法陣にしたものだ。移動距離が半径10kmの短距離転移魔法陣であれば、恐らくガードン軍も協力者から情報を得ているだろう。しかし魔法陣の知識自体、知らない魔法使いの方が多い。そのため魔法陣を描ける魔法使いは重宝されるのだ。
ソルティアは長距離転移魔法陣を何も見ずに完成させると、自分の家に繋げる。そして、一応ソルティア以外は使用できないように指定しておく。
「ささっと取りに行ってきますか」
そう呟いてソルティアは魔法陣の中へ入っていったのだった。
次の日のお昼過ぎ、仮眠から目が覚めたソルティアは会議室に呼ばれた。そこには特殊部隊員のビアンナ、ネル、フェナンド、そして一般第2兵隊のプラトン、トスが揃っていた。
「朝方、研究班のイカレ野郎がなぜか俺のとこに乗り込んできたんだ。”この本部内で未確認の魔力反応があった”ってな」
プラトンはソルティアを見るや否や話し始めた。この本部内には魔力を感知する何かしらの仕組みがあるらしい。こんな話をソルティアにしてくるということは、おそらく未確認の魔力がソルティアであると思われているのだろう。
……思い当たる節があるな、とソルティアは転移魔法陣のことを思い浮かべた。
「これは確認なんだが、嬢ちゃん。昨日の夜から今日の朝方にかけて、魔法を使ったか?」
質問ではなく確認ということに苦笑いをしつつ肯定する。
「はい。家に取りに帰りたいものがあって転移魔法陣を使用しました」
「……トロックで結界を張ったときにも魔法陣が見えたが、まさか本当に魔法陣の知識があるのかっ!?」
プラトンだけではなく、ネル隊員やフェナンド隊員も目を見開いて驚いている。
「えっ、ええ」
プラトンの驚きように若干引き気味でうなずく。
そんなに驚くことだろうか。魔法陣の知識を持つ魔法使いは少ないだけでいないわけではない。ましてやガードン軍が確保した魔法使いの中には1人や2人、魔法陣を描くことができる者もいるだろう。
しかしこの疑問はプラトンの言葉ですぐに解決され……、ない。
むしろ謎は深まることとなる。
「軍で確保したどの魔法使いも魔法陣の知識は持ち合わせていなかったんだ。魔法使いの間で魔法陣は”失われた力”って呼ばれてるらしいけど、まさか知らないのか?」
「は?」
今度はソルティアが驚かされた。
「失われた力……?」
初耳すぎる。
魔法陣魔法は物心つく前から使用できていた記憶があるし、師匠と旅をする中で学んでいったものでもある。なにより、師匠も使えていたし師匠の知り合いだという魔法使いも使っていたのを見たことがあるのだ。
ソルティアとプラトンはお互い首をかしげる。そんな様子を見てトスが説明し始めた。
「軍の記録に残っている魔法使いによる最後の魔法陣魔法使用は150年前です。30年前の黒雨の悪夢や蒼炎の悪夢といった大規模魔法が使用されたと推測される事件でさえ、魔法陣は確認されていません」
ソルティアは絶句した。
何気なく使用していた魔法陣魔法が150年前から姿を消していたとは……。
魔法陣魔法の利点は2つある。
1つは、魔力量が足りず使用できない大規模魔法を発動することができること。つまり逆に言えば、大規模魔法を使用するときでなければ魔法陣はあまり使われない。
もう1つは供給源となる魔力さえあれば魔法使いでなくても魔法を発動させることができるということだ。
「150年前からということは、確かに今生きている魔法使いは誰かから語り継がれていない限り魔法陣魔法についてはわかりませんね……」
「あのぉ~、質問なんですけどぉ。その魔法陣は本とかで記録として残していないんですかぁ?」
ここでネル隊員がそっと質問をした。人間や軍がどこまで把握しているか知らないがその質問に面倒くささを感じつつ答える。
「禁忌なんです。魔法に関することをそのまま何かに記録するのは」
それだけではない。魔法陣はとても複雑で、古代の魔法使いが使っていた古代文字を使用している。そのため古代文字を読めなければ魔法陣を描くことは不可能だ。
しかし、ソルティアはこのことには触れない。古代文字が読めるとわかればより一層面倒ごとに巻き込まれそうだからだ。
「”そのまま”が禁忌なら、”そのまま”じゃなければいいのかしらん?」
薄桃色の髪をしたビアンナ隊員が含みを持たせた聞き方をしてくる。
すでに何か知っているような口ぶりだ。
「……ええ、そうです。例えば暗号とか」
そう、魔法使いが書いた書物はすべて著者による暗号化が行われている。魔力を流さなければ重要な部分が読めない仕組みや特定の場所と時間で読まないと隠された文字が見えないなど。単純に文字を入れ替えるだけのものもある。
「なるほどな」
プラトンはうんうんと首を縦に振りながらトスに目配せをする。それを見たソルティアは唐突に寒気がした。
(嫌な予感がする……)
「ソルティアさん、1つ取引をしましょう」
トスは真面目腐った顔で提案をしてきた。瞳に若干の哀れみの色が滲んでいるのは気のせいだろうか。視界の端ではビアンナがにこにこしている。
「……お断りします」
やっぱり気のせいじゃない気がするので先手必勝で拒否の姿勢をとる。しかし、誰の入れ知恵かわからないがトスはソルティアの好奇心のツボを全力で押しに来た。
「ソルティアさん専用の温室にご興味ありませんか?」
「……」
「どうです?」
「……」
沈黙を肯定ととったのか、トスは取引の内容を説明し始めたのだった。