第12-1話 格と価値の違い
ソルティアは普段抑えている魔力を開放させる。それにより、纏う雰囲気が変わったことに隊員たちは気づいただろう。風の魔法を応用してバンデルの動きの5倍ほどの速さで近づくと、その勢いを利用してバンデルを真横に吹き飛ばす。
「かはッ!」
バンデルはその速さに反応できず壁に派手に打ち付けられた。そしてすぐに魔法によって作り出された鋭い氷が襲う。
「うわあああッ」
「この程度の速さに反応できないなんて情けない。……私が今何に怒っているかわかる?あなたの安い挑発にのったわけじゃないのよ」
ソルティアはゆったりとした足取りで壁に近づく。
「……ぁ?」
バンデルは体中傷だらけだが、致命傷となるものは負っていなかった。
「人間が考える上下関係の意識が大っ嫌い。なぜ魔法使いが管理される側で人間が管理する側なの?そもそも”管理”という考え自体意味がわからない」
いつの間にかソルティアは右手に氷の剣を持っていた。
「……これが本当の殺り合いよ」
「ひっ……!」
恐らく今、バンデルの目にはソルティアが悪魔か何かに見えているだろう。バンデルの情けない声と共に氷の剣を振り上げる。
―――が、ソルティアの首に真っ黒の剣があてがわれた。
ソルティアは動きを止め、訓練室内がしんと静まり返る。
「……これ、3回目ね」
無表情に剣の主、アリサー隊員へと顔を向ける。
「訓練の邪魔」
アリサーはそれだけ言うと何事もなかったかのように剣を下ろし、あまりの恐怖に気絶しているバンデルの首根っこを掴み引きずって訓練室を出て行った。残された隊員たちはなんとも言えない空気となる。
そこでネル隊員がはっとした顔をしてソルティアを呼んだ。
「そーでしたっ!私、ソルティアさんを部屋に案内しないといけないんだった!ソルティアさん、行きましょう!お疲れでしょう?」
(この人、自由だなぁ)
ネルのマイペースさにソルティアは苦笑しつつうなずく。
「ああ、そうだ。ユニアス隊員、この後お時間あります?」
ソルティアがネルと訓練室を出ていく際、ユニアスへ声をかけた。
「え?う、うん。あるよ」
「では、一緒に来てください」
ユニアスは頭にクエスチョンマークを浮かべながら言われるがままソルティアについていったのだった。
ネルに案内された部屋はプラトンが言っていたように、調剤室、研究室、寝室が部屋の中の扉で繋がった造りになっていた。別のところに温室もあるそうだがそこは研究班が利用しているらしい。そのため、あとで一度見に行ってみて使えそうなら使用許可をもらう必要がある。
「ユリィさん、運ばせるだけ運ばせて整理は全くしてないね、これ……」
部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは薬草や薬品、調合に必要な道具類などが入った箱が乱雑に置かれている光景だった。それを見てユニアスは苦笑いをして呟く。ちなみに、ネルは部屋まで案内をしたら仕事があると言って戻っていった。
「問題ありません。部屋の整理を手作業でするとはユリィさん思っていないでしょうから。すぐ片付けるのでそこに座っていてください」
ユニアスはそれを聞いてなるほど、と思った。魔法を使えるソルティアやユリィは人間のようにわざわざ手作業でする必要はないのだ。ソルティアは魔法であっという間に薬草や道具を整理していく。机のすぐそばに小さな袋をぶら下げるのが気になりユニアスは質問した。
「それは何?」
「香り袋ですよ。ハーブを入れてあります」
「へえ。何か効果とかあるの?」
ソルティアは少し言いずらそうに視線を逸らして答える。
「心を落ち着かせる効能があるローリンというハーブを入れてます。……さっきはその……、少し、興奮してしまったので。………私が」
ユニアスは一瞬ぽかんとして、クスリと笑った。
(落ち着いているように見えたけど、違ったんだ)
バンデル隊員がやったことを同じ隊員として申し訳なく思う反面、年相応に恥ずかしがったりするのだなと可愛らしい一面を見れて嬉しく思うユニアス。ソルティアは咳払いをするとそそくさと薬草を手に取りすり鉢ですったり、熱湯の中にいれて煮詰めたりといった作業をし始めた。
さすがは薬師。とても手際が良い。
「ユニアス隊員、傷口開いてますよね。血の香りがします。」
「……気づいてたんだ」
傷が開いたことを周りに気付かれないように振る舞っていたつもりだが、ソルティアには気づかれていたらしい。
「魔法攻撃でできた傷なら僕は魔力耐性が高いからすぐに治ってくれるんだけど、純粋な物理攻撃でできた傷は治りが遅いんだ」
トイシュンの花畑でゼオと闘った際、ユニアスの魔力耐性が高いことに気づいたゼオは攻撃魔法の余波で作り出した純粋な衝撃波でユニアスに傷を負わせたのだ。
「これ、皮膚の再生を促してくれる塗り薬と新陳代謝を活性化するハーブティーです。傷口はユリィさんのところに行って縫ってもらってください。その後塗り薬を塗って、寝る前にでもハーブティーは飲んでください。一番の薬は睡眠ですから、しっかり寝てくださいね」
「ありがとう。……それと、言いそびれてたんだけどトロックでは剣を向けてごめん」
ソルティアはきょとんとしてから、ああと声をあげた。
「それはすでにプラトンさんから謝罪済みですから気にしないでください。というか、私そんなこともう忘れてましたよ。記憶力良いんですね、ユニアス隊員」
記憶力云々の話ではない気が…、と思うユニアス。
「ああ、そうだ。最後に1つ、聞いておきたいんですけど良いですか?」
今度は何だろうと思いつつ、うなずく。
「アリサー隊員ってどんな人間ですか?」
ソルティアはすでにアリサーに剣を3回も突き付けられている。1回目のトイシュンの花畑では全く気配がしなかった。魔封じを外した状態でなら気配を捉えられるかもしれないが、だとしても危険な香りがするのだ。
それに、先ほど首に剣をあてがうときソルティアと同等の速さで動いていた。それでもまだ余裕がありそうだったため、かなりの手練れだと推測できる。
「ああ、彼はちょっと変わった人かなぁ……。口数は多くない方だし、周りにあまり関心を示さないんだ。でも、特殊部隊の中で一番戦闘力が高いと断言できるよ。隊長が戦っているところは見たことがないから隊長抜きで考えてだけどね」
やっぱりとソルティアは思った。
しかし、”ちょっと”変わった人というのは少々優しすぎる言い方ではないだろうか。どう見てもあのお面がついた顔はおかしい。変態認定されていいはずだ。
ユニアスは続ける。
「それと、北の帝国オルセインからの派遣隊員だよ。僕もなんだけどね。同じ訓練学校の出なんだ。アリサーは入学から卒業まで常に主席だったよ。……言い方は悪いかもしれないけど、正直化け物じみてたよ」
「……そう、ですか」
それからユニアスは薬の礼を言って部屋を出て行った。ソルティアは僅かに震える手を隠してユニアスを見送ったのだった。