第11-1話 向き不向き
ガードン軍一般兵隊にはいくつかの部隊があり、それぞれ隊長と中隊長がいる。一方、特殊部隊は隊員の中で階級が特に区別されていない。唯一区別されているのが隊長という役割だけだ。
そのためなのかはわからないが、特殊部隊員は一癖も二癖もある者たちの集団で、協調性の欠片もない。しかし、個々の戦闘能力は確かで一般兵隊からは戦闘においては信頼されている。
実状を知っている一般第2兵隊の面々、特にプラトンやトスから見れば珍獣の集まりだが…。
会議室で一悶着あった(ソルティアが一方的にしかけた)が、魔封じはソルティア自身がつけているものだけで良いという方向でプラトンがなんとかその場を収めた。それからはユリィの医師としての判断でソルティアは食堂へと連行された。少なくとも丸2日、何も摂取していない状態だ。
ユリィは有無を言わさずソルティアを引っ張る。そしてなぜがその場にいた隊員たちも昼食をとると言って食堂へついてきたのだった。
お昼の時間を過ぎているためか、食堂にはほとんど人がいなかった。ユリィはごく自然な流れでトスとアリサーをパシリにして、自分とソルティアの分を持ってこさせる。
ソルティアの前にはなぜか3人前はあると思われる食事の入ったトレーが置かれた。
「アリサー隊員、それは嫌がらせか何かか。それともお前なりのコミュニケーションの一環なのか」
プラトンは呆れた目でアリサーに問う。
「いいんじゃない、よく食べてもっと肉をつけるべきよ」
ユリィはそう言いながら前に座っているトスの皿に、嫌いな野菜を放り込んでいく。フォークでガードするというトスのささやかな抵抗はユリィの華麗な箸捌きの前では無意味であった。
「……適量ですから、問題ないです。頂きます」
3人前の食事がもの凄いスピードで消えていく。それを見ていたネル隊員は、あの細い体の一体どこにあんな量が入っていくのだろうと普段はほとんどお飾り状態の頭を使って考えていた。
「あ、そうだ。私は当分ここで暮らすことになるんでしょうか」
家には大切な研究資料や作りかけの薬もある。そこまで気にはならないが、どうせならエメルにも一言伝えておくべきだろう。そう思ってソルティアはプラトンに質問した。
「悪いがそうなるな。ユリィの提案で調剤室、研究室、寝室が繋がった構造の部屋を用意させてあるからそこを使ってくれ。案内はあとでネル隊員にさせる。家から持ってきたいものがあれば後日、隊員を伴って家に行ってもらうことになる」
研究環境においては至れり尽くせりだが、1人での外出は認められないらしい。まるで軟禁状態だ。
「嬢ちゃんは特殊部隊専門薬師ってことだから一応、特殊部隊員の顔も見てもらっとくか。俺は特殊部隊じゃないんでな、隊員たちがいる訓練室まではこいつ等についていけばいいだろう」
プラトンはアリサー隊員とネル隊員、フェナンド隊員を指さした。そこで初めてフェナンド隊員が口を開く。
「特殊部隊員は基本、魔法使いに良い印象を持っていない。何かあっても自己責任だ」
淡々とした説明にプラトンは密かにため息をつくが何も言わない。もとよりソルティア自身も魔狩りに対しての印象はどん底なのでフェナンド隊員の言葉に特別反応したりはしない。
それに、わざわざ注意喚起してきたところを見るとフェナンド隊員はそれ程ソルティアに嫌悪感を抱いているわけではなさそうだ。
そうして一般第2兵隊のプラトンとトス、そしてユリィとは食堂で別れ特殊部隊の面々と訓練室へ向かった。
特殊部隊は一般兵隊と違い、個人単位で仕事をこなす。そして仕事の内容的に街中ではなく遠出をするので一度要請や依頼があると2、3日は戻ってこない。そのため、本部にいるのは常に10人前後しかいない。
今日も今日とて訓練室には10人ほどの隊員しかいなかった。
「あれっ、あそこにいるのユニアス隊員じゃないですかぁ?もう傷は大丈夫なんでしょうかぁ。おーい!ユニアス隊員~」
ネルが訓練室の隅で他の隊員の訓練を見ているユニアスを見つけて声をかけた。ユニアスはソルティアを見て驚く。それに気づいた他の隊員たちも手を止めてこちらに注目した。
「お?なんだなんだ、その可愛い嬢ちゃんは」
「うおっ、新しい隊員か?華が増えていいな!」
男性隊員がぞろぞろとソルティアのもとへ集まってくる。パッと見たところ、どの隊員も20代ぐらいで年齢層が若い気がする。
「違いますよぅ、新しい専属薬師のソルティア・カーサスさんです!」
なぜか胸を張ってネル隊員がソルティアを紹介した。他の隊員はそれを聞き、なるほどと口々に言う。
誰がどう見てもソルティアのような細い体が戦闘をするとは思えなかったようだ。
「……魔法使いですよ、その娘」
和やかな雰囲気になりかけたところで、アリサー隊員がわざわざ他の隊員に伝える。それにより場の雰囲気ががらっと変わる。もちろん、不穏な方へ。
「薬師如きがなぜいるのかと思えばまさか魔法使いだとは。なんだ、必死になってポイント稼ぎに来たのか?来る場所間違えてるぞ、害虫」
釣り目の男がいきなりそんなことを言い出した。
威勢の良いことだ。好きでこんな場所に来るわけないだろう、ばかなのかこの男。ひとまず紹介をしてくれたネル隊員に免じて害虫呼ばわりには目を瞑ろう。
「はっ、特殊部隊員だらけで腰でも抜かしたか。ああ、良いことを思いついた。お前らは魔封じをつけていたらろくに戦えないよな。そんな状態で何かあったときのために優しいこの俺がその小奇麗な顔を守る術を教えてやる」
「おい、バンデル隊員」
ユニアス隊員がバンデルの肩をつかんで窘める。
「魔法使いを捕まえ損ねて怪我までした奴がでしゃばるな」
バンデルはユニアスの腕を払いのけて言い放つ。ネルはそれを見て、あちゃー、と小さく声を漏らした。
実はバンデル隊員はエリート中のエリートだ。親が軍の上層部にいるため、子供のころから英才教育をされてきてとてもプライドが高い。ただ、魔法使いとの戦闘経験はあるが戦闘に不慣れな魔法使いしか相手にしたことがない。そもそも魔法使いが減った今の時代では魔法使いと出会うことも少なく、一度も戦闘をしたことがない隊員もいるほどだ。
よって、魔法使いとの戦闘経験がありさらには拘束経験のあるバンデル隊員は、少々他の隊員を見下して優越感を感じている節がある。
「……別に結構です」
よく吠えるこの男の名前はバンデルというらしい。そんな安い挑発に乗るほど愚かではない。だが、フェナンド隊員は何があっても自己責任と言っていた。つまりこの状況も自分で収めないといけないわけだ。
(面倒だ、とても面倒だ……)
ソルティアのうんざりとした顔が読み取れたのか、バンデルは先ほどより苛ついている。
「施しだよ施し。上の者が下の者を気に掛けてるんだからつべこべ言わず有難く思えよ。隠れて暮らす害虫の分際で意見なんてするな」
……誰が上で誰が下だって?
ソルティアの心がすーっと冷えていく。
前言撤回。
この良く吠える犬に本当の魔法使いってものを教えてあげよう。